災厄は舞い降りた
ある時、災厄が舞い降りた。
唐突に、空の割れ目から獰猛な響きを湛えながら。
それは縦横無尽に駆け回り、ただ全てを破壊する、悪魔の化身だった。
それから災厄は、季節が巡る度に一度、大小を問わずに大地を破壊した。そこに何の目的があるのか、誰も知る由はない。
啼けば空を割き、羽ばたけば大地が抉れ、爪弾けば肉が破裂する。
理不尽、その一言が正しい。災厄は誰にも止められない絶対的な力を有していた。
そうして何度目かのある季節、世界は災厄に滅ぼされた──かに思えた。
世界に救いが現れた。
絶対的な強者だった災厄を、鎮める者が現われたのだ。
深紅の髪に緋色の目をした者達は、何処からともなく現れては、災厄を鎮めて見せた。
世界は歓喜した。もう災厄に蹂躙されることはない。人々は、深紅の髪に緋色の目をした者達を、『緋色の巫女』として称えた。
世界が災厄を忘れ平和を取り戻そうとしていた頃、またそれは現れた。
災厄は一つではなかったのだ。
あの時とは比べ物にならない大きさ、禍々しさだ。
世界へ訪れる終焉の兆し。災厄はただ地へと咆哮する。
だが以前と違うのは『緋色の巫女』がいること。
世界は求める、この災厄を鎮めることを。
『緋色の巫女』らはそれに応える。
燃えるような髪を靡かせながら、災厄に立ち向かう。だがあまりの強大な力の前に、1人また1人と散っていく。
人々の想い虚しく絶望は留まるところを知らない。
災厄の元から異形の者達が溢れ出したのだ。
大小様々な凶悪な顔をした悪魔。地に出来た黒い澱みの中から這い出てくる魔の者。
『緋色の巫女』達もその数に圧倒され、次第に死者を増やしていく。
そうして世界はまた蹂躙されていく。
世界は為す術無く、それを受け入れるしかなかった。
このままでは待っているのは破滅のみ。
そう考えた一人の『緋色の巫女』が、災厄に対してある一つの提案をした。
『私の命をあげる。不満を全てぶつけてくれて構わない。だからその代わり、世界は、人々は助けて』
それは災厄からしたらつまらない提案であったかもしれない。
目的こそ分からないがこの世界を破壊するかのように現れた存在、納得するとは思えない。
しかし、それが逆に気に入ったようだ。災厄は空気を何度も揺らすような咆哮をしてみせた。
それは嗤い。災厄は目の前の『緋色の巫女』に対して、嗤っていたのだ。
不気味でしょうがなかった。感情等というまるで生物と同じ機能が備わっているとは到底思えなかったからだ。
そうして災厄はこう口を開いた。
『よかろう。ならばこうしよう。我と子を成せ。貴様らの力には興味がある、新たな世界を共に創ろう』
『緋色の巫女』は困惑した。
喋った。かなり高等な知能を備えている。ただ破壊の限りを尽くしていた訳ではなかったというのか。
そして意味も分からなかった。理解の範疇を超えていた。
『緋色の巫女』は悩んだ。
だが相手の提案を呑めばそれでこの悲劇は終わる。それで、それだけで世界は救われるのだ。
『緋色の巫女』は決意を固める。
それは命を擲つことと全く変わらないが、それでもいい。
『本当に、それで破壊を止めると約束して。今後一切、世界に、人々に害を為さないと誓いなさい』
語気を強めることで、迷いを払拭した。その約束無しには、命は投げだせない。
『あぁ、誓ってやっても良い。我はこの世界に退屈していたのだ。貴様らのように面白い存在がいるなら、この世界を破壊する理由は無い』
その言葉が深く突き刺さった。なら何故仲間たちを殺したのか、何故破壊を止めなかったのか。
そんな理不尽あってたまるか。怒りに包まれたが、今ここではそれを抑えるべきと我慢した。
そうして『緋色の巫女』は大きく首を縦に振る。
災厄は手を伸ばす。巫女はその手を取る。そして猛々しく咆哮すると、『災厄』は破壊を止め、世界は救われた。
そして巫女と一緒に、空へと災厄は消えて行く。
その後世界は正しく季節を巡らせた。
人々は『緋色の巫女』を讃えながら、また新たに平穏な世界を築いていく。
これが世界の新たな始まりであり、これから訪れる終わりの始まりでもあった。