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パニックラプソディ  作者: 葉月迷迷
8/13

一難去ってまた一難

「今日は本当にいろいろお世話になりました。それでは、これから営業に行ってきます!じゃあ、また!」

 そう言い深々と頭を下げて元気に走っていくワンピースの後ろ姿に、良太は再び苦笑いをしながら手を振るのであった。

「ふう…」

 溜息をつき、タバコを吸おうとしたら、

「彼女ずいぶん可愛くなったなあ、オイラ、惚れちまいそうだよお!」

「ああ、あんなに可愛い彼女をいじめていたお前の元カノは本当に酷い奴だと思うよ」

「…お前ら、何の用だ?」

 良太は今頃になって現れた二人の元親友たちを睨みつける。

「い、いやあ、良太、さっきは悪かったよお、だってオイラあんな怖そうなニイチャンに関わりたくないしさあ」

 阿部がそう言って笑ってごまかした。

「僕も基本的には暴力は嫌いだしな」

 石本がクールにコメントした。

「お前らふざけんなよっ!俺が一体どんだけひどい目にあったと思っているんだ!」

 すると阿部と石本がリハーサルでもしてきたかのように交互にしゃべりだす。

「二百万くらい請求されてよお…」

「そこに元カノとその彼氏が現れて」

「代わりにお金を払う約束を取り交わしてもらってよお…」

「元カノからは良太も君子さんも罵られて笑われて」

「彼氏に土下座させられて、蹴られてさあ…」

「それから二人でお茶飲んだあと店に買い物にいって…」

「昼食食べて現在に至るんだなあ…」

 良太は二人の胸ぐらをつかみながら怒鳴った。

「延々と人間観察してたのかよ!どこまでお前ら暇人なんだ!」

 胸ぐらを掴まれて苦しそうな顔をしながら阿部が言った。

「わ、悪かったよお!本当に謝るよお!だけどさあ、なんかお前らいい感じだったじゃねえかよお!うらやましかったよお!」

「そうそう、満面の笑顔が可愛い女じゃないか、よかったな良太」

 石本が苦しそうな表情もせずにクールに呟く。

「何がよかっただ!俺が絡まれたり馬鹿にされたり蹴られたりしたときも何一つ助けようとしないで陰で二人で隠れてモニタリングしていたくせに!」

「そ、それについては本当に謝る!で、でもその後のお前らについてはその…オ、オイラたちはお邪魔じゃないかなって思ったんだよ」

「だからそういう関係じゃないって言っているだろ!」

「良太落ち着け、あえて取ってつけたような言い方をするが、僕たちが良太と君子さんに一緒に付いていかなかったことは結果として良い方向に行ったと思う。彼女に必要なのはセールス時の第一印象も大事だが、何よりも心配な時にいつもそばにいてくれる男性だと思うんだ。良太、それがお前だ。この役、お前には適任だ」

 良太は怪訝そうな顔で石本を睨みつけるが、不思議と体が熱くなるのを感じる。

「て、適任…?何言ってんだ?」

 すると石本は普段のふざけたようなわざとらしいクールさではなく真剣な眼差しで、

「すごく自然だったような気がするんだよ、特にレストランでの会話はぎこちないようでボケとツッコミの役割が阿吽の呼吸に近いものがあり、餅つきの要領でペッタン混ぜ混ぜペッタン混ぜ混ぜが続いたような気がするんだ」

「そうそう!お前らいっそのこと付き合っちゃえばいいんじゃねえか?」

 阿部が便乗するように東北訛りでコメントする。

 良太は彼らが自分らを見捨てたばかりか、その後の様子を観察していたことにかなりの怒りを感じていたが、お似合いカップルのような発言をされたことで不思議と徐々に怒りが沈んでいくのを感じた。

 たしかに田村君子は想定外なほど変化を遂げた。

 夜間に街灯に群がる蛾から、菜の花周辺を飛び回るモンシロチョウへと変身したかのようだった。

かさはらの指示によりメガネを外し、コンタクトにし、印象を変えるメイクとつけまつ毛をしてもらい、深緑色のOLスーツから軽やかな白いワンピースに着替え、ドラッグストアで千円均一で買えそうな地味な黒い靴から茶色いおしゃれなサンダルに履き替えた。

そして、自信を少し持ったのか、表情は、不合格になった浪人生から、親に合格の報告をしている新大学生へと大きく変化を遂げたのである。


夕方、アパートに着くやいなや万年床に飛び込み、大きく伸びをする。

それにしても疲れた。

想定外の連続だった。

田村君子の服選びをするというだけでこれほどまでいろいろな目に合うとは考えてもいなかったため、万年床に横たわるとすぐに眠気が襲って来た。

しかし、同時に先ほどの事件の屈辱が、良太の眠気を妨害し始めた。

チンピラの顔も頭に浮かんだものの印象は薄く、むしろ元カノと伊集院という男の嘲笑う顔や声の方が悶々と良太の脳裏を支配し始めた。


『ほ~お、言うねえ。僕のことを呼び捨てにする人間にひさしぶりに会ったよ。何だか君、心から感謝していないようだねえ、君が土下座する場合は、その後に僕のブーツに口づけしてもらおうかな?』

『りょうクンさあ、自分の立場ってものをよく考えてよお』


 二人の笑い声が部屋中にまで響きわたっているかのようだった。

「クソッ!」

 田村君子や阿部・石本達といる時はそれほど思い浮かばなかったことが、部屋で一人になった今になってメラメラと強烈な怒りが湧いてきて、近くにあった週刊誌を思わず壁に投げつける。

 音楽プレイヤーの電源をつけるとそのまま中に入っているCDを再生させ、ボリュームを大幅にひねる。

 部屋中にハードロックのノイズや重低音がゴンゴンと鳴り響く。

 もう一度あいつらのいやらしい邪悪な笑顔が、特に美奈子の顔が浮かんでくる。


『りょうクンさあ、自分の立場ってものをよく考えてよお』


「オメエに言われたかねえよ、クソ女あああ!」

冷蔵庫から缶ビールを取り出し、グビグビと飲み始める。

怒りとアルコールで体じゅうの血が駆け巡るのがわかる。

これだけ怒っている時でさえ、隣の部屋から苦情がこないだろうかといった細かいことを気にしている自分もいて、そんな小心者の自分にも苛立ち始める。

「ふざけけんなあああああ!」

 目覚まし時計を入口の扉に投げつける。

 目覚まし時計は一瞬ベルの音を出して床に落ちる。

 ハアハアと息をして、わずかに冷静になったところに、別れ際の田村君子のワンピース姿と満面の笑みがほのかに心を癒し始める。

「…………」

 テレビの上に伏せてある美奈子と良太のツーショット写真を見る。

 満面の笑みの美奈子がいる。

「この笑顔はなんだったんだよ…」

 写真立てを手に持ち、思いっきり床に叩きつけようとしたその時、携帯が鳴った。

 手に取ると「田村君子」からだった。

「おお、どうした?」

「うあああああああああああああああん!うああああああん!」

 いきなり田村君子の、転んだ幼稚園児のような鳴き声が鼓膜に突き刺さった。

「なんだなんだ、今度はどうしたってんだ!」

 良太が溜息をつく。

「ああああああああああん!良太さあああん!どうしよおおおお!」

「だから何が!」

「やっぱりワタクシってバカなんだわああ!バカバカ大馬鹿なんだわああ!」

「落ち着け!」

「うああああん!落ち着いていられるわけないでしょおお、こんな時にどうして落ち着けなんていうのおお!」

「じゃあ落ち着くな!泣け、わめけ!」

「うあああああああああん、うっ…うっ…うっ…」

 そこには先ほどの可憐なワンピースのお嬢さんの姿は欠片もなく感じた。

 また元の残念で痛々しい田村君子に戻ったかのようだった。

「うあああああん!どうして泣いている事情を聞いてくれないんですかあ!」

「さっき聞いただろうが!」

「ううう…ワタクシやっぱり馬鹿なんだわあああ大馬鹿なんだわああ」

「バカじゃないから、とにかくわけを言え!全然売れなかったのか?」

「う、売れました!未だかつてないほどに売れました!」

 田村君子は急に明るい声になる。

「よかったじゃねえか!」

「はい、よかったです!うううう…」

 急に嬉し涙に変わったかのように感じる。

「それで?」

「はい?」

「それでなんで泣いているんだ?嬉し涙か?」

「そうなんですう…って違いますよ!うああああああ!ワタクシ馬鹿なんだわああ」

「もういいから」

「実は、マスターキーを無くしたんです!」

「マスターキー?」

「今日は日曜日なので会社は休みなのですが、ワタクシが営業成績が悪いからどうしても日曜日も使って営業をしたいとお願いしたら主任が特別に大型冷蔵庫のマスターキーを貸してくれたんです。ちなみに工場出荷商品の全てが入っているのが大型冷蔵庫です。そのマスターキーのスペアは常に社長が持っているのですが、あいにく現在北海道に出張していて、火曜日まで帰ってこないんです。つまりワタクシがマスターキーを無くしたことにより、大型冷蔵庫には入れないので月、火と会社の営業マンが一切営業できなくなるどころか通常の配達業務すらもできなくなるということなんです」

「お前大馬鹿だろ!」

「うあああああああああん!」

 田村君子は両手で顔を塞ぎしゃがみこむ。

 良太は頭をかかえて再び溜息をついた。

 どこまでドジなんだこの女は…。

 俺が社長だったら絶対にゴメンだな、と良太は心の中で思った。


「なんでオイラたちまで…まあきみっちょ可愛いからいいけど…」

「僕はこれからピアノのレッスンがあるのだが…」

 だるそうに愚痴る阿部と白々しい嘘をつく石本に対し、良太は怒鳴る。

「うるせえ!お前ら今日俺たちを見捨てた罰だと思って付き合え!」

 田村君子は一度会社へ戻ってから良太のアパートへ再度向かっている。

 良太たちは田村君子が到着するのをアパートの外で待っているのであった。

 石本は田村君子の車に再度乗ることになるというだけで顔色が若干青ざめているようだった。

 阿部はコーラを飲んでゲップをする。

「それにしてもよお、彼女どんだけドジなんだよお。それでよくクビにならねえよなあ」

「スペアキーを貸した主任にも問題があるんじゃないのか?僕から言わせれば監督不行届だね」

 石本がアメリカ人みたく手のひらを見せるジェスチャーをする。

 良太はタバコをふかしながら、

「まあ、あまりにもバカだから今回ばかりは見るに見かねて鍵探しの手伝いをしてやるんだけどさ、もう金輪際あの女とはおさらばだね」

「良太、本当にそう思っているのかよお?」

「はあ?思っているさ」

「じゃあさあ、良太、オイラ彼女をデイトに誘ってもかまわねえかなあ?」

「へっ?」

 良太は思わず間抜けな声を出した。

 阿倍のその一言はわりと衝撃的であり、不意打ちをされた気分になった。

「いやあ、たしかにきみっちょってさあ、不器用で慌ただしくてしつこくてしょうもない女なんだけどさあ、彼女本当に可愛くなったしさあ、それに不器用なところとかオイラに似ているし…そ、それに」

「それに?」

 顔を逸らしながら阿部が呟く。

「オイラも小中学校といじめられていたんだよお…だから気持ちがわかるっちゅうの?」

「へえ、そりゃあ初耳だな」

「僕はむしろイジメをとめる側だったな」

 石本のホラ吹きコメントをスルーして阿部が続ける。

「彼女とだったらオイラうまくやれる気がしてきてよお、だからなんだその…」

 なぜか良太は得体の知れないモヤモヤした気持ちになった。

「お前ときみっちょはいっそのこと付き合ったほうがいいって言ったのを撤回させてもらいてえんだが、いいか?」

 良太はぎこちなく作り笑いをした後、

「い、いいかも何もねえだろ!あんなしつこいヨーグルト女、きっと耐えられねえぜ、悪いことは言わない、やめとけやめとけ!」

 阿倍のことを気遣ったような発言をしつつも、二人が一緒になることに対し、なぜか奇妙な不快感を感じる。

「いやあ、オイラ頑張るぜえ!彼女のことが気になるんだよお」

「へっ、お前もマニアックな趣味をもってやがるぜ!」

 良太は毒舌を吐きつつも、阿部がどの程度彼女に接近するのかが気になり、タバコの煙に溜息を付け加える。

 そこに不安定なスピードを出しながら、黒い排気ガスを吐いて、ゆっくりとアパート敷地内に例の車が入ってきた。

「お、お待たせしました」

 白いワンピースは買ったばかりなのになぜか必要以上にボロボロに見える。

 黒髪の女性がふらふらと近づいてくる様はホラー映画のワンシーンのようにも見える。

「う、うう、ううう…うわあああああああん!」

 成人女性とは思えない豪快な泣きっぷりに良太は興ざめする。

「き、きみっちょお、大丈夫だよ、オイラたち三人で探せばきっと見つかるよお」

「う、うううう…ワタクシたちを見捨てた分の償いだと思って探してください」

 田村君子のキツい一言に阿部は言葉に詰まった。



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