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パニックラプソディ  作者: 葉月迷迷
7/13

田村君子の人生

良太と田村君子は喫茶店にいた。

 十一時をちょっと過ぎたばかりの店内は六十代くらいのおじさんが一人、新聞を読んでいるだけで、あとは誰もいなかった。

 良太は改めて先ほど降りかかった想定外の災難について思い出す。

 あれほどの屈辱体験は未だしたことがなかった。

 田村君子の服を選んでやるなどと偉そうなことを言いつつ、チンピラに絡まれて脅され、その後に元カノの美奈子が今の金持ちの彼氏と幸せそうにやっている姿を見せ付けられるわ、その今彼には二百万という大金を工面してもらって、土下座と靴に口づけまでさせられるわ、蹴られて笑われるわと、思い出せば思い出すほど脳内の血管がぶちきれそうになっていた。

「本当にすいませんでした…。ワタクシが車をぶつけなければこんなことには…」

「別にアンタのことを怒っちゃいないよ。あんな奴ら人間じゃないな。漫画に出てくる悪役そのものだ。俺の元カノについてはさっきのですっかり覚めたよ。もう未練の欠片もない。あんな女こっちから願い下げだ、あんとき別れておいて本当に良かったよ」

 そう言いながらお冷に口をつける。

 水を飲み込むだけで喉元に違和感を感じた。

「それにしても、アンタ、やっぱりいじめられっ子だったのか」

「やっぱりって!まあ、この性格ですから、いじめられても仕方ないんだと思います。それよりも川上さんが堀川美奈子の元彼氏だったなんて本当に驚きました。あの時アパートにノートパソコンを取りに来た時はどっかで見たことあるなとは思ったんですがまさか、想定外でした…」

「俺の部屋で写真も見たっていうのに…」

「あの時は本当に全然気付かなかったんです。ワタクシ仕事中って頭の中がヨーグルトだけでいっぱいになりますから」

 ウェイトレスがコーヒーを二つ持ってきた。

 良太はブラックのまま一口飲んでいる間に、田村君子はテーブルの脇にある砂糖をスプーンで三~四杯くらいコーヒーに入れ、一緒に添えられたミルクもドバドバと入れた。

「アンタってさあ、本当に堀川美奈子の靴の中に大量にミミズを入れたの?」

 良太は好奇心からつい過去を知りたくなった。

 田村君子は言いづらそうに上目つかいになりつつ応える。

「……はい。あんまりにも悔しいことをされたので……」

「どんなこと?」

「さっき美奈子も言ったと思うので、隠さずに言いますが、ワタクシ、ある日、美奈子軍団にトイレに行くことを強制的に止められ続けたんです。『きもこが一日トイレにいかないとどうなるか実験してみようよ』って美奈子が言って…」

「くっだらねえことするなあ…」

 良太がコーヒーに息を吹きかける。

「たまたまその日は学校に着いてから急にお腹の調子が悪くなっていて、そのことをちょっとクラスメートにしゃべったらすぐに美奈子の耳に入って…それで、休み時間も一切トイレに行かせてもらえなくて…。我慢の限界は三時間目の英語の時間に来たの。身動きも取れないくらい体を震わせていて、『保健室に行かせてください』って先生に言ったら、美奈子が『アタシ心配なので付き添います』って行ってきて…廊下で歩きながら…アイツは『トイレなんか行かせないからね』って。そして結局校門を一周して、教室に戻されて…そして椅子に座ったら、お尻に何かが刺さったの。あまりの痛さに飛び上がった。後からわかったんだけど、椅子には画鋲が五個くらい置かれていた。でももう時はすでに遅しで、びっくりした拍子にワタクシは…その…だ、大便を…も、漏らしてしまい…」

 田村君子は言いながら顔を真っ赤にし、そして泣き出してしまった。

 人気のない喫茶店に田村君子の嗚咽がコダマする。

「ひでえ…!ひどすぎる…人間のやることじゃないな!なんで俺あんな奴のこと好きだったんだろう…?」

「教室中、悪臭が漂って、『クセエクセエ!』って言われて、ワタクシの噂は学年中に広がって…、あまりの屈辱に本気で死のうと思った。実際屋上にも行った。でも死ぬくらいなら何か復讐がしたいと思った。だからワタクシでも出来そうな復讐を考えたんです。美奈子はミミズが大の苦手だったことを知っていたから、釣具店に行っていろんな種類のミミズを大量に購入して、それを美奈子の上履きに押し込んで、逃げないようにラップでぐるぐるとくるんだ。そしてその復讐自体は大成功したんです。美奈子は腰を抜かして発狂したように声にならない声を出して…ワタクシは下駄箱の隅でそれを見ていて心の中で悪魔のように高笑いしていた。でもその犯人がワタクシであるということはいとも簡単にバレました。先生が釣具店に問合せをして発覚したのです。ワタクシは先生から厳重注意を受け、それ以来学校に行けなくなりました」

 良太はあまりに過酷な運命に同情せずにはいられなかった。

「まあ、過去は変えられないけど…でもそもそもなんでそこまでいじめられるようになったんだ?」

「そ、それはワタクシが不器用で、空気が読めなくて、融通がきかなくて、臨機応変に動くことが苦手で、人と話すのも苦手で、それでいて正義感だけは強くて自分に厳しい分ほかの人にも厳しくしてしまうところがあって…要するにウザかったんだと思います。いじめのきっかけは恐らく…一時期学級委員をしたことがあるんですが、ワタクシがあまりにもうるさかったために、それがみんなにとって癪に触ったんだと思います」

 田村君子がコーヒーをグビグビと飲んだ。

 そしてゲホッとむせ返った。

 しばらくゲホゲホしていたが、再び話しだした。

「机に腰掛けている生徒がいると注意するし、黒板に落書きをする生徒がいても注意するし、クラスにゲーム機を持ってきたら先生に告げ口するし、それでいてどこか優等生ぶっているところが態度に現れていたのかもしれません。こういうタイプって一番ムカつくタイプだと思うんですよ、今考えると…だから…ワタクシも悪いんです…」

「たしかにわからんでもないな…けれども本来イジメってのは百パーセントいじめる側が悪いと思うぜ」

「そうでしょうけども当時のクラスに貴方もいたならば貴方だってワタクシのことをいじめていたのは間違いないと思います。それほどムカつくタイプの女子だったんですよ。…まあ、とにかくワタクシはそのイジメのトラウマから未だに立ち直ってません。今でも夢を見てうなされるんです。ちょっとしたきっかけでフラシュバックを起こすこともあります」

「フラッシュバックって何だ?」

 すると田村君子はいきなりテーブルを叩いた。

 コーヒーカップが音を立てる。

 良太は目を丸くして彼女を見た。

 田村君子はテーブルの上で拳を握りながら、歯をギシギシと鳴らしていた。

「そんな言葉も知らないんですか!貴方はきっと今まで何一つ辛い目にあったことがないんでしょうね!」

 いきなりキレだした田村君子に当惑する良太はとりあえずなだめてみる。

「ちょ、ちょっと待てよ、別にそんなに怒ること…」

 すると田村君子は「ハッ」として、今度は勢いよく頭を下げた。

「す、すみませんでしたっ!ワタクシ時々こういう風に一気に体中を血が駆け巡ることがあって…」

 勢いよく下げた髪の毛の一部がコーヒーの中に入っていた。

 この極端な性格に対し、良太は正直のところ深入りしたのは間違いだったかもしれないと今更ながら後悔をしているのであった。

「あの…」

 会話が途切れたあたりにふいに田村君子が言った。

「何?」

「ギター…もう、やらないんですか?」

 良太はなぜここでこんな質問が来たのかわからなかったが、心の中に過去の得体の知れない煮え切らないものが悶々と湧いてくるの感じ、それを追い払うようにきっぱり言った。

「ああ、もうやらないよ」

 田村君子は一瞬少し微笑むような顔をしたがまた硬い表情になった。

「や、やらないならワタクシに売ってくれませんか?」

「あんた、ギターやるの?」

「全然弾いたことがありません、でもあのまま部屋に置いておくと宝の持ち腐れじゃないですか」

「ま、まあそうだけど、でもいいんだよ、部屋のインテリアにもなるからさ」

「それってギターを三日坊主でやめた男子高校生の典型的な言い訳みたいですね」

「なんでお前はそんなことを知っているんだ?とにかく売ることはできないよ、飾りだ飾り」

「本当に飾りだけにしてしまうんですか?」

「ああ、弾いたってどうなるわけでもないからな」

「もう一度バンド組めばいいじゃないですか」

「いいよ、くだらねえ、お客はどうせ知り合いしかいないし、メンバーは女にモテればそれでいいだけの人間ばっかで…それにどんなに練習したところで、就職したら手のひら返したかのようにロック=いい年して恥ずかしいとかなってさ、そんで結局みんなやめていっちゃうんだからさ…」

「そう…じゃあ、川上さんって今は何を楽しみに生きているの?」

「え…?」

「バイト?」

「以前ドライブインの厨房のバイトやってたけど店長がムカついたから二ヶ月でやめた、それ以降バイトはしていない」

「そう…じゃあ、学校の勉強が楽しみで生きているの?」

「いや…別に今の大学、特別入りたいわけじゃなかったし…まああそこしか入る大学なかったから入っただけで…」

「何学科なんですか?」

 田村君子は自分の話から急に良太の話に切り替え、どんどんと質問してきた。

 それも、良太が答えたくない系統の質問ばかりであった。

「…社会文化学科」

「へえ…?それってどういう学科なんですか?そこでの勉強を通して社会人になったらどんな仕事に就きたいんですか?」

「お、俺のことはいいよ、それよりも…」

 すると田村君子はうるさい教室を叱りつける教師のような表情をし、

「よくありません!応えてください!」

 良太は妙な威圧感を感じた。

 何なんだこの女は?

 もう今日服を選んでやったらこの女と関わるのはやめよう。

 良太はそう思い始めていた。

「ま、まあ正直…幅が広すぎて何をする学科なのかわからないし、別に直接就職に役立つ知識が得られるわけでもない」

「何を勉強するのかわからないまま毎日を過ごしているんですか?それだと就職活動の時に結局自分は何がしたいのかって悩んで悩んでとりあえず親のすねをさらに囓ってフリーターかニートになる確率が高い人種じゃないですか」

「なんでお前に説教されなきゃいけねえんだよ!」

 すると興奮していた田村君子はハッとして、

「す、すみませんっ!また、余計なことを…これだからワタクシ、ウザ子とかキモ子とか呼ばれるんですよね、自分のことを棚に上げて説教してしまいすみませんでした!」

 また深々と頭を下げる。

「髪の毛コーヒーに入っているぞ…」

 大慌てでおしぼりで髪の毛を拭く田村君子を見て、良太は溜息をついた。

 髪の毛を拭き終わると田村君子は真面目な顔で言った。

「ロクに商品を売ることもできない自称仮免社会人のワタクシごときが、余計なお世話かもしれませんが、今の川上良太さんの生き方って良くないと思いますっ!っていうかものすごく青春時代を無駄にしていますっ!」

「だからあああ、お前に説教される筋合いはねえよ!」

 すると田村君子はまたもやハッとして、

「す、すみませんっ!またまた余計なことをっ…」

 良太は思わず田村君子のコーヒーをどかして髪の毛を回避させてやった。

 この女さっきから怒ったと思ったら謝ってきたりして極端な人間だなあと良太は思った。

「でも、そんなこと言ったら、ワタクシだって川上さんに服を選んでもらう筋合いなんてありませんっ!」

 良太は大いに眉間にしわを寄せた。

「はあ?今更何言ってんだよ!せっかく…」

 良太は言葉に詰まった。

 たしかに自分が今しようとしていることは、先程まで田村君子が吐き出してきた数々の余計なお世話発言に近いものがある。

「まあ、確かに俺もお前と同じで余計なお世話をしようとしているのは確かだよ。だけどな、何度も言うけど、今来ているその服にあんたの堅苦しい営業トークじゃあ、これからも売れやしねえって」

 田村君子は溜息をついてコーヒーを飲んだ。

「すみませんでした…ワタクシの服を選んでくれる人なんてどこにもいないのだから本来感謝しなければいけないのに…」

「まあ、俺もちょっと余計なお世話だったかなって反省もしているよ。俺がこんなこと言い出さなければさっきみたいな事件だって起こらなかっただろうしね。今日服を選んでやったらもうアンタに深く関わるのはやめるから」

「え?い、いや、別に良太さんは悪くありません。ワタクシの運転技術のなさが悪いんですから。そ、それにもう関わるのはやめるなんて、そんな切ないことは言わないでください。だってこうして知り合うことができたんじゃないですか」

 そう言うと田村君子はメガネの奥に涙をうっすらと浮かべた瞳で良太をじっとみつめるのであった。

 良太は改めて田村君子という地味な女の中の隠された美貌に一瞬胸が熱くなる。

「だって、せっかくもう少しで、激レアヨーグルトを買ってもらえそうなのに…」

「だから買わねえって言っているだろ!もうそれ言うのやめてくれ!」


 デパートの中に入るとすぐ左側にその店はあった。

『キュート@キュート』という名の店にはダンスユミュージックが流れていて、いきなり露出度の高そうな服をマネキンたちが着ているため、田村君子はなんとなく顔をこわばらせているように見える。

「あ、あの…こんな派手な服…」

「いや、こんなんばっかじゃねえから」

 すると甲高い元気な声と共に背の高い女性店員が現れた。

 長い髪を後ろで結び、白いワンピースを着ている。

 目も口も大きく、声は特徴のあるアニメ声である。

 首からぶら下げている名札には「かさはら」と書いてある。

「いらっしゃーい!って、あ、りょうクンじゃない?ひっさしぶりねえ、元気してた?って?あれえ?違う女の子連れてるう、あっもしかして言っちゃマズかった?大丈夫よ、二股だなんて言わないから!って言っちゃってたりして…ごめええん!」

 一方的にテンション高くマシンガントークするところは美奈子に似ている。

「違いますよ!二股でも何でもないし、だいたいこの人は別に僕の彼女じゃありませんってば!」

「そうだよねえ、美奈子がいるもんねえ」

「いえ、別れました」

「ええええ?別れたのおお?どうしてどうしてえ?」

「…あの、仕事してください」

「ああ、ごめんなさああい、また私の悪い癖がでて…」

 この元気な店員を前に田村君子はおどおどして良太の背後に隠れていた。

 美奈子と同じオーラを感じているのかもしれない。

 

「あなたねええ…!もったいないと思わないのお!」

「す、すいません」

 かさはらは店員の分際でお客である田村君子にお説教をしていた。

 彼女はカリスマ店員であり、お客にお説教するという形式はこの店の名物となっていて、新聞の取材が来たこともある。

「田村さん、あなたルックスはすごくいいのよ、なのにその地味な性格と引っ込み思案な雰囲気がかなり台無しにしているの。まあ性格は簡単には変わらないけど、ルックスは磨きようによっては美奈子よりもよくなると思うわ。いいえ、私がさせてあげる!いい?こうなったらあなたには服だけでなくて、メイクの仕方まで教えてあげるね!あとその田舎に赴任されたアラフォー女数学教師みたいなでかい黒縁メガネやめなさい、あとついでだからつけまつ毛もしてあげるう」

 良太はかさはらが地味な女の子を驚く程別人に変えていったという話を何度も聞いていたため、田村君子を改造しようと燃えているその姿を見て、成功したなと思った。


 約四十分後、メイクもして、いろいろな服を試して、最後の試着として、かさはらが着ているのと同じ白いワンピースを着て、田村君子は試着室から出てきた。

 その姿を見て、良太は目を見開いた。

 胸が圧迫されるような感覚と共に体中が火照る感覚が起こる。

「きゃあああ、かっわいいいわああ、田村さああん!やばいよコレ!ナンパされるよ!」

 良太もかさはらに同感だった。

「え、えへ…そ、そうですか?」

 そう言いながらもまんざらではなさそうにはにかむ田村君子。

 現在田村君子はメガネを外している。

メガネを外すと印象が変わる人は多いが、彼女の場合、美人になったというよりも一気に若返ったような印象を受けた。

 つけまつ毛とメイクも加わってか、田村君子の瞳が若干大きくなったような気がする。

 田村君子は恥ずかしそうに良太を見つめる。

 良太はそのしぐさにドキリとする。

「いいわよおお、じゃあ田村さん、そのままウインクしてごらんなさい!」

「え、そ、そんなこと…!」

「いいの!あなたもっと女を磨かなきゃ!」

「は、はい…」

 田村君子が良太に向かって不器用にウインクをしてみせた。

 その下手くそなウインクが良太にとってはむしろ逆に可愛く感じた。

「田村さああん!私に向かってウインクしてって言ったのよ、誰もりょうクンに向かってしろなんて言ってないわよ!」

「えっ!」

 田村君子はみるみるうちに頬が朱くなり、動揺する。

「可愛いわああ、あなたって本当に純粋なのねえ!からかうのも楽しいし、あはははは!」

 良太は苦笑いするだけであった。

 結果として白いワンピース、茶色でおしゃれなサンダル、程よい香りの香水、かさはらによる即興メイク、そしてメイクの仕方を書いたメモをもらい、「またいつでも来てねえ!」という元気な声に見送られながら二人はお店を後にした。

 田村君子は確実に可愛く変身していた。

 かといいもちろん性格まで変わるわけではなかった。

 良太は今までに比べ、彼女への接し方が少しぎこちなくなった。

今回の服選びをした後はもう関わるのをやめようと思っていたのだが、予想以上に可愛らしく変身した彼女を見て、その気持ちが少しだけ揺らぐこととなったのである。

 午後二時を過ぎたが、二人はまだ昼食を食べてなかったため、デパートの中のパスタ屋に入った。

 良太はイカ墨パスタ、田村君子はシーフードパスタを注文した。

阿部と石本が逃げてしまったためにもはや完全にデートと化してしまったことには良太も田村君子もどこかで意識してしまい、ぎこちなくなっていたがかろうじて会話は成り立っていた。

 お互いしばらく無言のままパスタを食べていた。

 何か話さないと…良太は焦っていたが、田村君子もそう思っているのではと思った。

「あ、あの…」

 田村君子が深刻な表情で良太に話しかけた。

「な、何…?」

 良太の受け答えは今までになく緊張していた。

「……イ、イカ墨パスタって、歯が黒くなりませんか?」

「ま、まあね。でもそこがいいところじゃないかな、結構やめられなくなるよ」

「じゃ、じゃあ…その…」

「何?」

「ちょ、ちょっとだけ、パスタ交換しない?黒いのもなんか興味出てきた…」

「いや、やめたほうがいいだろ。イカ墨パスタを交換する際お前がやりそうなことは想像がつくから…」

「何それ…?」

「フォークから滑らせて買ったばかりのその白いワンピースをいきなり汚してしまって『いやあああん!どうしてえええ?』っていうオチだよ」

「あああ、もお!ワタクシってそんなドジに見えるんですかあ!」

「見えるも何も、今日一日で俺の寿命が三年位縮まった感じがするぜ、もうトラブルを起こすのだけは勘弁してくれよ」

「起こしませんよお、あんなトラブル、ワタクシだって想定外でしたよお!さすがにあれ以上のトラブルを今日中に起こす程ワタクシはバカじゃありません!」

「その言葉、信じてもいいんだよな…?」

「いいんです!」

 二人の会話はぎこちなくも徐々に自然なものへと変化していった。

 

 パスタ屋を出て、田村君子は深々とお辞儀をした。

 時刻は午後三時を過ぎている。

「今日は本当にありがとうございました。服選びのこともそうですが、車をぶつけて怖い人に絡まれた件や、堀川美奈子たちにひどい目に合わせられたりした件とか、なんか本当に本当に申し訳ありませんでした!」

「いやいいよ。そんだけの誠意があるのであればもうヨーグルトの押し売りはしないでくれよな」

 良太が軽い気持ちで言ったら、

「いえ、それだけは撤回できません」

 良太は思わず我が耳を疑った。

「良太さんはワタクシの大切なクライエントですので!必ず契約をしていただきます!」

 そう言い、田村君子はニッコリと微笑んだ。

 可愛くもあり、また同時におぞましい笑顔でもあった。

「勘弁してくれよお…」

 良太は苦笑いした。

「あ、それから、あの…」

「何?」

「け、携帯の番号、メアド…交換しませんか?」

 田村君子はうつむきながら言っているが、耳まで朱いのでだいぶ照れているということがわかった。

 良太は田村君子が若干自分に気があるのではないかと思って、これまで感じたことがない体の火照りを感じた。

「…まあ、い、いいけど…、あ、ただし、ひとつだけ約束してくれ」

「は、はい?」

「営業に関する電話だけは絶対にしてこないでくれ」

「あっ!それは絶対にしません!ワ、ワタクシは…その…こ、今回、このような大きなお世話をしていただいたのだし…そ、それに…」

「…『大きなお世話』って、けなし言葉のような気がするんですが…」

「あ、す、すみませんっ!ワ、ワタクシこう見えてもしゃべるのがへ、下手でして!」

「どう見えてもしゃべるの下手だよ」

「あ、あの…こ、今回いろいろお世話になったばかりか、先程はワ、ワタクシの事故のせいであ、あんな屈辱を受けさせるハメにもなってしまいましたし、そ、その…け、携帯番号、メアドく、くらい交換してやらないと…ワ、ワタクシの誠意が…」

「『してやらないと』っていう箇所が微妙に上から目線に感じるのは僕だけでしょうか?」

「あ、す、すみませんっ!本当に言葉の整理ができなくて…、と、とにかく」

 良太は苦笑いして、

「いいよ、交換しようぜ。さっきの車の件だって、あれで一件落着だとは思うが、後でまたとやかく言ってこられたらって考えると、一応俺の携帯番号、メアドくらい知っておいた方がいいだろうからな」

「あ、ありがとうございますっ!そ、それでは今からメモと鉛筆を用意いたしますので少しお待ち…」

「…赤外線受信知らないの…?」

「な、なんですかそれ?」

「お互いの頭くっつけてやるやつ」

 すると田村君子は目を丸くして動揺する。

「ど、ど、どういうことですか?頭ってオデコのあたりですか?」

「お前バカだろ?」



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