ストーカーレベルの押し売り女
ピンポーン
呼び鈴が押されたことで良太はようやく今が朝の十時だということに気付いた。
良太はクッションを枕にうつ伏せで寝ており、石本はちゃっかりと良太の万年床で寝ており、阿部はなぜか下半身丸出しでクローゼットの中で仰向けに寝ていた。
相変わらずひどい有様に良太は二日酔いの頭を抑えつつ、ヨロヨロと立ち上がり、水を一杯飲み、自己嫌悪に陥る。
ピンポーン
二回目の呼び鈴がなった。
その後もしつこくしつこく呼び鈴がなることから、これは間違いなくまたあの病的押し売り女に違いないと思ったため、良太は完全無視をし始めた。
その後も呼び鈴は延々と鳴り続け、二十回程続いた。
これはもう押し売りを通り越してストーカーの領域に達しているのではないだろうかと思い、良太は寒気を覚える。
絶対に出るものか!
良太はその後も五分ほど鳴り続ける押し売りと思われる者に居留守を使い、その後とうとう呼び鈴の音は鳴らなくなった。
しつこい呼び鈴の音にすでに石本、阿部も起こされていた。
「それにしてもしつっこかったな…」
「ひでえな、あそこまでいくと一種の犯罪だな…早め警察に連絡したほうがいいんじゃねえか?」
良太は頭をかきながら言った。
「…最後の手段としてはそれも一応考えてみるよ」
完全にいなくなったと思った良太はそっと扉を開けてみた。
扉の外を四方八方眺めるが彼女らしき人間はいなかった。
良太はホッとして溜息をついた。
「完全にいなくなったよ、やっぱり営業にはシカトが最大の武器だな」
良太がそう言い胸をなでおろすと阿部が言った。
「ところでその女って可愛いのか?」
「顔自体は別に悪くはないかもな…ただ性格があまりにもしつこいっていうかウザイっていうか、クソ真面目すぎて歪んでいるっていうか。あとなんて言うんだろうな地味~で暗~い感じで、生徒会長、ガリ勉、部屋にこもってネットばかりしていそうなイメージかな?」
その後石本と阿部は顔を洗い、良太の沸かしたインスタントコーヒーを飲んだ。
「じゃあそろそろ僕らは帰るとするよ」
「おう」
「じゃあな、良太。女に振られたことなんかいい加減に忘れて、今日はせめて午後からのフランス語出ろよお、でないと単位がやばいぜえ」
「そうだな…ありがと」
悪友たちが良太の部屋を去った。
とたんに静かになった部屋にはアダルトDVDや缶ビールの空やワンカップの瓶の空などが散乱していてその光景が重々しく、陰鬱な気持ちを掻き立てる。
昨日までの悪友たちとのバカ騒ぎがとたんに自己嫌悪を引き起こす。
そして出るのは溜息ばかりだった。
誰もいなくなるとやはり美奈子の顔が目に浮かび、あんな最低な女に未だうつつをぬかしている自分にまた吐き気を催す。
美奈子は確かにワガママな女だった。
しかし魅力的な女だった。
いつも猫のように腕を絡めてきて言いたいことをズバズバと遠慮なく言い放ち、よく食べ、よく飲み、よく眠り、よく遊ぶ。
どんなにワガママな女でもやはり未練というのはそんなに簡単に消えるわけではなかった。
それが逆に非常に悔しかった。
良太は一時間ほど眠り、身支度を整えた後、とりあえず外に出た。
部屋の鍵を閉めようとして良太は絶句した。
扉にA3くらいの大きさの紙が貼られていて、そこにはマジックで長文が書かれていたのだった。
「背景 川上良太様
何度も何度も恐れ入ります。どうしても書かずにはいられなくてペンを取った次第です。ワタクシ株式会社天然フーズ・やすらぎヨーグルト部門、第四営業部、営業準社員、田村君子二十歳は能力のないセールスレディであります。すでに会社でもワタクシの能力のなさは知れ渡っていていつリストラになっても不思議ではありません。そこでワタクシはセールスに対する考え方を改めたのです。以前も言いましたが、どれだけ多くの人に売ったかではなく、この人には絶対にうちの商品が必要だという人だけをターゲットに絞り、そしてその人には何としてでも買っていただく努力を惜しまないという考え方に変えたのであります。つまり販売の量より、販売の質を重視しているのです。良太様、貴方と初めて会ったとき、貴方は青白く、希望のない顔をしていました。だからこそこのヨーグルトを買って欲しいと思っているのです。
ワタクシは押し売りかもしれません。もし鬱陶しかったら今度訪問した時に殴ってもかまいません。でもワタクシはあきらめません。ワタクシは決してストーカーではありません。ご理解ください。そして何卒新商品の『激レアヨーグルト』をお願いいたします。以上」
言葉を失った良太はとりあえずその紙を丁寧にはがし、何かの時の証拠にと部屋に入れておいた。
「完全にビョーキだな…」
良太は独り言を呟いて鍵を閉め、再度外に出た。
そして街を適当に走り回った。
そしてレンタルショップ、レコード屋、本屋、ゲーセンと適当にうろうろしていた。
大学は良太のアパートから十分のところにあったため、授業には充分間に合う。
大学の近くということでその周囲には若者が喜びそうな店がかなりある。
リサイクルショップに入ろうとした時、
「ありがとうございましたー!」
脇の民家から元気な若い女性が出てきたのを見た。
長く茶髪の髪、色白の肌の綺麗な女性はさわやかヨーグルトの営業用のカバンを持っている。
しかし田村君子のような深緑色の地味なOLファッションではなかった。
上はダボダボのキャラクターTシャツで、下はホットパンツであった。
良太は田村君子の服がさわやかヨーグルトの会社の制服なのだとばかり思っていたのだ。
「あ、あの…」
「はい?」
良太は思わずそのセールスレディに話しかけていた。
「つかぬことをお伺いしますが、うちにもさわやかヨーグルトの営業がくるのですが、営業マンって特に指定の制服とかないのですか?」
「え、ええ。自由ですよ。気ままで自由な雰囲気をアピールするためにと言われていますから。ちなみに営業に伺ったのはリクルートスーツみたいなのを着た若い女性でしょうか…?」
「あ、ああ、はい。田村君子さんって人が…」
その名前を出すとセールスレディは苦笑いして溜息を付き、
「あーあー、はいはいはい!あの子ねえ…、もしかしてなんか迷惑かけてないですか?」
「え、ええ。しつこくてしつこくてしょうがないんですが…」
「やっぱりねえ…わかりました。私からもキツく言っておきます。ごめんなさいねえ」
「あ、ああ、いや、いいんです。僕からキツく言っておきますので」
良太は従業員から怒られることで逆に田村君子が尚更燃えるのではないかと思い、叱ってもらうことについては断った。
しかし良太が断った理由はもう一つあった。
あのままでは田村君子は間違った営業を繰り返してしまう。
一度自分なりに「営業のあり方」を教えてやろうと思ったのである。
良太は高校の時アルバイトで牛乳の営業を一ヶ月だけしたことがあったのである。
そのため、その時のノウハウを知っていた。
売るコツを社長から教わっていたからである。
もちろん赤の他人の田村君子にここまでしてやる必要など全くないのであるが、彼女があまりにも不器用でどうしようもないので、偉そうではあるものの人間として放ってはおけないという気持ちにまでなってきたのである。
かといいもちろんお情けで「激レアヨーグルト」を買ったり、無料サンプルを受け取るようなことだけはしまいと思っていた。
それをすると「強引に押せば門は開かれる」という間違った学習をしてしまうと思っていたからである。