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パニックラプソディ  作者: 葉月迷迷
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良太とゆかいな仲間たち

「そりゃあひでえ目にあったなあ!」

 翌日の午後三時、大学のラウンジにて阿部が爆笑しながら紙コップのコーラを一口飲んだ。

「マジで笑い事じゃねえって!しつっこいのなんのって!あの営業以来ヨーグルトを食べる気がしなくなったよ。挙句の果てには警察まできたんだぜ!周囲にはわずかだけど野次馬まで出来やがってよお」

 営業にやってきた女性に対し婦女暴行を行ったという誤解はすぐに解けたものの良太はその日一日だけで一気に若さを吸い取られたような気分になった。

 しかも結局美奈子にノートパソコンまで回収されていったのである。

 良太と阿部の話しているところへ石本という背の高い男がやってきて話に加わった。

 石本も阿部同様良太の友人の一人だった。

 友人というよりも二人共悪友であった。

 この三人が集まると夜は大概「勉強会」とは名ばかりのアダルトDVDを見ながらの酒盛りがはじまり、そのまま朝が明けてしまうのである。

 石本がやってきたということは当然そんな流れになるんだろうなと良太は思った。

「面白そうな話だな。なんだ?女の話か?それだったら僕にも聞かせてくれないとな」

「女の話ってよりも女難の話だよ」

 石本の声掛けに良太は溜息をついて答えた。

 その後くだらない会話を一時間ほどダラダラとした後、石本の提案により、

「今日、神田教授の研究課題やっちまおうぜ」ということになった。

神田教授のやり方はグループを作らせて五つの研究課題を与え、そこから研究課題を選んでもらい、それぞれのグループに徹底的に調べてもらうというものだった。

 そしてその調査の条件としてはネットだけでは不可で必ず大学の図書館の本を二冊は利用するということであった。

 三人で夕方五時から良太のアパートに集まってネットを見たり本を読んだりして研究してみたのはいいが、テーブルの上のノートは一時間たっても一向に白紙のままである。

 そのうち石本がコーヒーを飲み始めた。

 良太がタバコを吸い始めた。

 阿部がテレビをつけ始めた。

 テレビには水着姿のご当地アイドルが出演していた。

 ビキニ姿の五人組は必要以上に悩殺ポーズを決め始めて安っぽい打ち込み音楽に合わせながら歌ったり踊ったりし始めた。

 三人は夕食時という微妙な時間帯に合わない突然のビキニ姿の映像に男子特有の欲望が脳内から分泌されるのを感じずにはいられなかった。

 しばし無言で彼女らを見ていたが、やがて阿部が言った。

「良太はこん中だったらどれが良い?オイラは一番右かな?」

「そうかあ?あんなのどこにでもいそうじゃねえか?一番左のコ超胸でかくないか?ああいうコがいいな」

「良太、僕もその子だな。でもなんか美奈子さんに似てるな」

「石本!オメエ、その話題はコイツの前じゃ禁句だって言っただろ!」

「あ、そうだったな、すまんすまん」

 棒読みで謝る石本に対し、良太は、

「頼むからそのクソ女の名前は二度と口にしないでくれ」

 半笑いでつぶやくのであった。

 そしてさらに三十分後、

「どうも能率があがらないと思わないかい?」

 石本がそんな一言を発したのを発端に、

「おうそうか!実はオイラもそう思ってたんだよなあ」

 阿部が東北訛りで応えた。

「…稲妻ラーメンにでも行くか?」

 良太が呟いた。

 これがいつもの三人のパターンだった。

 そもそも夕方五時から勉強をしたらすぐに腹が減るに決まっている。

 そうすると自ずと途中休憩をすることになるのである。

 わかっていつつ、彼らはいつでもこの時間を選ぶのである。

 その時点で既に勉強から逃げたいという思いがどこかにあるのであった。

 結局三人は石本の車で、ニンニクたっぷりの超こってり味噌ラーメンが自慢のチェーン店「稲妻ラーメン」に行くのであった。

 稲妻ラーメンは良太のアパートから車で十五分のところにある。

 彼らは特別このラーメン屋にこだわりがあるわけではなかった。

 このラーメン屋のすぐ近くに大量にアダルトDVDが揃っているレンタルショップ「ムービーキング」という店がある、要はそれが目的なのであった。

 ラーメンを食べ終わると必ずと言っていいほど石本が

「ついでだからムビキン寄るか?」と、略語で呟き、みんながそれに合意するといういつものシナリオが出来上がる。

 レンタル店「ムービーキング」ではCDもDVDもレンタルされていたが、その中でもアダルトDVDの品揃えは県内一であった。

 二階にあがると右も左も真ん中もおびただしいほどの量のアダルトDVDが置いてあり、あらゆるジャンルが揃っていた。

 そして彼らはそこで二時間近くもウロウロとしているのであった。

 彼らがムービーキングに行ってまともな映画を借りたことなど未だかつて無く、そのほとんどはアダルトDVDであった。

「よお、これ良くねえか?」

「うわあ、なんかすっげーなコレ」

「おいおい!こっちのこれ見てみろよ!」

「ゲッ!マジで!やばくねーかこれ?」

「これはどうだ?」

「うげっ!超きったねえ!体に塗ったくっているよ!っつーかこの女喰ってるじゃん!」

 こんな感じで彼らの史上最低の馬鹿げた夜はむなしく過ぎていくのであった。

 ちなみに三人には彼女はいなかった。

 過去には良太以外は一度たりとも女性と付き合ったことがなかった。

 良太以外は童貞であった。

 良太自身も美奈子と出会っていなかったら今でも童貞であったことは間違いない。

 なぜなら良太も別にモテるタイプではないし、童貞を捨てれたのはたまたま運がよかっただけであったからだ。

 しかし良太はその後、初体験の相手にあっさりと裏切られ、その傷は女性不信という深い傷となっていた。

 相手がどんな馬鹿女とはいえ、一度体験した女体の匂いと温もりとそれに伴う快楽と得も知れぬ愛おしさはなかなか忘れられるものではない。

 失恋以来阿部、石本とつるむことがかなり増えた。

 阿部も石本も良太にとってはしょうもなく馬鹿げた存在であると同時に、特に失恋後は虚しさを穴埋めするだけの価値のあるありがたい存在になっていた。

 大学生活がスタートしたばかりのころは想像以上に順調な出だしだったのが、今となっては親の金でとてつもなく愚かな日々を送っているだけの馬鹿息子と化していた。

 三人共一言で言うなら堕落した男子大学生であった。

 努力という言葉を嫌い、酒とアダルトDVD鑑賞という一種の現実逃避そのものだけが唯一の救いという何とも情けない男たちであった。

 そして今日も今日とてムービーキングで七本もアダルトDVDを借り、帰りにコンビニに寄り、ビールや日本酒やポテトチップスなどをたくさん買って良太のアパートに戻るのであった。

 電気スタンドの明かりだけがつけられ、薄暗い部屋の中、CDプレイヤーから流行りのポップスが小さい音で流されつつ、テレビ画面では縛り付けられた女子高生が三人もの男から言葉の暴力を受け、蝋で炙られ、唾を吐かれ、イチモツを頬にこすりつけられ、凌辱されるという背徳シーンが映し出され、隣の部屋に聞こえるくらい大きなアエギ声が鳴り響く。

 ちなみに良太の部屋は角部屋であり、もう片方の部屋の人間もほぼ毎日夜勤のようなので堂々と音を出すことができる。

「でも良太、オメエは確かにひでえ振られ方したけどよお、それでも彼女が一度もできねえオイラ達に比べたら天と地の差だぜ、まあ今は辛いだろうがなあ」

 阿部が缶ビールを飲みながら言った。

「おいおい、オイラ達って、僕は君と違って今は一人が好きだからあえて彼女なんて作ってないだけだぜ、誤解はよしてくれ」

 柿ピーを手に取りながら石本が言った。

「話がうますぎると思ったんだよな…大学に入ってあんなにすぐに彼女ができるなんて全く思ってなかったし、逆にあまりに早く出来すぎたから怖かったくらいなんだ。でも、俺の受けた傷はお前らにはわからねえだろ」

 テレビ画面は女子高生二人が互いに無理やりレズ行為をするよう強要されているシーンだった。

 そして残りの女子高生は大股をさらけ出されてそのままおしっこをするように要求されている。

「僕は愛っていうのはゲットするとかしないとかそういうものじゃなくてもっとごくごく自然に生まれるものだと思っているんだ」

「ケッ、よく言うぜえ、ロクに女に話しかけれねえ野郎が!オイラはいつだって自然にしているんだぜえ、でも自慢じゃないが生まれてこのかたモテたためしがねえ!」

 焼酎をグラスにドボドボと注ぎながらいう阿部に、

「僕は君のその東北訛りがモテない原因だと思うけどね」

 クールにウイスキーのロックを飲む石本。

「愛とか恋とか、はっきりいってオイラは未だに体験したことがねえ。だから良太、オメエは言ってしまえばオイラ達よりも一歩先を行っている人間なんだ。まあ同時に失恋の切なさも味わったんだろうけどな。でもいろんな意味で羨ましいぜ」

「まあ、僕から言わせれば愛は…」

「オメエの哲学などどうでもいいわ!でも、オイラ達って今が一番輝いているんだぜ!今恋愛をしないでいつするって言うんだ!あああ、良太が羨ましいぜ」

「羨ましい羨ましいってうるせえな!俺が美奈子にゴミみたいに捨てられた時のあの絶望がそんなに羨ましいのか!」

「オイラ達みたいなモテない奴らからすれば、オメエの失恋話すらも自慢話に聞こえるぜえ!このリア充が!」

「喧嘩売ってんのか!」

「まあまあ、落ち着きたまえ諸君、こうなったら今日は『愛』と『恋』についてちょっと語り合おうじゃないか」

 テレビ画面には柱に縛られた女子高生三人が全身チョコレートまみれにされ、ハゲオヤジ三人に体中をベロベロと舐められるシーンになっていた。

 その後も三人はいろいろと語り合っていたものの、その語りの内容など翌日には誰ひとり覚えていないというのが現状であった。

 こうして酒を浴びるほど飲み、カロリーの高そうな菓子を食べ、くだらない夜がまた過ぎていくのであった。




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