【企画競作】魔槍少女
「おにいちゃーん、これ、なーんだ?」
「・・・・・」
張り付くように机へと向けていた顔を、俺はぐりんと回した。
嬉しそうなこの声は、妹がまたなんか馬鹿な事を思いついたぞと知らせる猫撫で声だ。
振り返った俺の視界にまず映り込んだのは、セーラー服の短いスカートと、腕にくっつく不似合いな赤い箱。
妹の右腕にはプラ板工作で作った不細工な赤い物体がくっついていた。手甲の部分は半円で歪な四角い盾が付いている。ご丁寧に銀色のラッカーで紋章モドキを描き込んだのは確かにこの俺だ。日本の夏、中二の夏。
パイルバンカー、セットオン。腕の振りも大げさに、妹がポーズを決める。俺のベッドの上に立って。
ちょっと待て、妹よ。おにいちゃんの黒歴史をなぜお前が所持している。
「遊んで?」
可愛く小首をかしげても無駄だ、おにいちゃんは受験勉強に忙しいんだ、今年の夏は夏期講習の夏。
俺と入れ替わりに痛い時代を迎えた妹を無視して、参考書に視線を戻す。背後でごそごそと妹が動く気配がしたが、構ってられないのは本当だ。そんな余裕は俺にはない。
うん? 頭になんか乗っかった気が。・・・ソーセージの皮だった。うぜぇぇぇぇぇ。
「遊んでくれないと、魚肉ソーセージの命はないぞ!」
ないぞ、とか言いつつすでに食ってんじゃないか、うわー、それ俺の夜食なんですけど!
てか、もう子供は寝る時間だろ、さっさと寝ろよお前はよー。
調子に乗ると魔王に変化する妹は、今夜もやっぱり調子に乗って、俺の命の綱を食い荒らす。呆れる俺の抗議の視線をものともせずに、二本目の魚肉ソーセージに手を伸ばした。
小動物みたいに大きく口をあけて、はむっ、と半分くらいを一気に咥えて俺を睨む。
「ふぉの、ひょひふふぉーふぇぃひを・・・」げほげほふげ、
咽た。しゃがみ込んだ妹が必死に喉をさすっている。パンツ丸見えだぞ、コラ。
「おかーん! 頼子が馬鹿やってんだけど、どーにかしてくれー!」
階下から暢気な母の声が、はーい、と返る。いや、解かってるけどさ、貴女の返事は返事だけなの。
「おにーちゃんが遊んでくれないっ! おにーちゃんがイジワルするっ! 頼子のこと無視すんだったら、このカブトムシとクワガタをドッキングさせてやるからねっ!」
「ちょ、やめ! 馬鹿か、おまっ!」
思わず身を乗り出し、椅子に絡まって無様にコケた俺を無視して、妹はプラスチックの飼育ケースから、俺の一番大事にしているヘラクレスオオカブトを掴んで取り出した。
ぶーん、
俺のコレクションで遊ぶなー!
クワガタのケージにカブトを入れたらちょん切られるんだって、やめてくれー!
女のくせに妹は昆虫とか全然平気だから困るんだ。
ゴキブリだって、スリッパで叩き潰すんだ、俺のスリッパで。
学校じゃ美少女で通ってて、妖精だの天使だの言われてる妹の本性がコレだよ。
椅子と格闘する俺を尻目に、天然で無慈悲な妹は魚肉ソーセージをぶつ切りにして、ケージに放り込んで廻る。
20個はある俺のコレクションに漏れなく投入される謎のピンク肉。いや、あれはきっとチヂリウム。
「ねー、ねー、おにいちゃん。カブトムシって、魚肉ソーセージ好きかなー?」
悪魔。いや、魔王め。明日掃除に一日潰れることを予期しながら、俺は内心で妹を罵っていた。
「えいっ、」
ぷしん、とマヌケな音が背中あたりに響く。実際はぐんにゃりとしたフェルト布だが、最強の重金属であるミスリル製の透明な針が俺の背中を貫通したことになっているらしい。
今の今まで忘れられていたパイルバンカーが、のたうつ俺にトドメを刺した。