暴力少女と首輪
初めて暴力を振ったのはいつだったかな?
小学校で喧嘩した時だったかな?
それとも保育園で男の子を突き飛ばした時だった?
違う。
確か。
蟻の集団に襲われてる蝶々を助けようとした時だった。
蟻の集団に運ばれる蝶々。
それを見て助けなくちゃって思った。
蝶々に群がる蟻を全部指で潰した。
蝶々を狙ってくる蟻を踏み潰した。
蟻の列を辿って巣穴に水を注ぎ込んだ。
そうしたら蟻は蝶々を襲わなくなった。
蝶々はいつの間にかに居なくなっていた。
私が助けたから逃げてくれたんだと思った。
それからかもしれない。
蟻を殺し、蜘蛛を殺し、蜂を殺した。
それが達成感になった。
可哀想な蝶々はもう食べられない。
だって私が悪い虫を殺してあげたから。
だから保育園で友達がいじめられたから、いじめてた男の子を突き飛ばした。
小学校で友達を揶揄う男子が居たから顔面を殴った。
私の大事な友達。
私の可愛い蝶々。
ねえ、どうしてそんな顔をするの?
ねえ、どうして私を怒るの先生?
ねえ、どうして悲しそうな顔をするのパパ、ママ?
私は可哀想な子を助けてるのに。
私は悪い子を倒してるのに。
どうして誰も褒めてくれないの?
どうしてみんな、私から離れていくの……?
私は間違っていたの?
ママが言った。
暴力はダメだと。
周りの子と仲良くしてと。
周りの子と同じように過ごしてと。
もうママを泣かせたくなかった。
だから従った。
周りの女の子は蝶々が他の虫に食われそうでも助けない。
悲鳴をあげる。
可哀想だと憐れむ。
そうだ。
これが『普通』なんだ。
だから私も真似をしよう。
周りの子に合わせよう。
誰かが泣いてても無視しよう。
だってみんな、その子に干渉しないし。
誰も褒めてなんかくれない。
ただ遠くで憐れんでいれば良い。
関わらない方が……良い。
「や、やめなよ!」
震えている声。
だけどそれは私に響いた。
「愛菜、どうしたの?」
「声が、聞こえて」
どこだろう。
でも聞き間違いじゃない確信はあった。
「ちょ、愛菜!」
早足で廊下を進む。
心臓がドキドキする。
どうしてか向かわなくちゃいけない気がした。
耳を澄ませる。
だけど足は止めない。
どこ?
もう一度、声を聴かせて。
「うっ」
小さい声。
痛めつけられている声。
ああ。
待ってて。
そして女子トイレに辿り着く。
教室とは別棟の人気のない場所。
だけど今は騒がしかった。
足音を消して近づく。
「本当さ。イラつくんだよ。そういうの」
苛立たしげな声と水が跳ねる音。
何かが床に落ちる音。
「顔が良くてチヤホヤされてるから勇気出しちゃった? バカじゃないの?」
「ねえ、社会のルール教えてあげようよ〜」
ああ。
いつものいじめられてる子か。
正義とか規則とか言ってたけど。
結局、最後はハブられて、いじめのターゲットにされて。
やっぱり正しさとか要らないんだ。
周りに合わせないと。
助けに入った子もそうだ。
正義感で助けに行っても意味なんてない。
ただの自己満足だ。
どうせ新しいいじめのターゲットにされるだけだ。
なのにどうして私はーー
「ここに立ってるんだろう」
女子トイレで床に転がされている女子が二人。
水をかけられてびしょびしょ。
それを見下ろしていた女子が四人。
私を見てる。
「えっ。また誰か来たし」
「面倒くさ」
「ねえ、あっち行ってよ。それとも何? あんたもいじめはダメーって?」
「おい、なんか言えよ」
肩に触れられる。
その手を握る。
「あっ!?」
手首を捻り上げる。
「おま、離せよ!?」
お腹を蹴ってくる。
だけど弱くて痛くない。
「えいっ」
わざとらしく声を出して蹴った。
目の前の女子がお腹を押さえて蹲った。
びちゃびちゃと濡れた床が汚れていく。
あれ。
人ってこんなに弱いんだっけ?
「ひぃ!?」
「あ、あんた、何してんの?」
何って。
ちょっと蹴っただけだけど。
でもそうだ。
この感覚だ。
……悪いやつを倒すの楽しいっ!!
「や、やめ!?」
「ダメえええええええ!」
「っ?」
誰かが私にタックルしてきた。
でも弱くて倒れたりなんかしない。
それでも私は動けなくなった。
「それ以上は……ダメだよ」
「……え?」
状況を確認する。
私は左手でいじめっ子の胸ぐらを掴んでいた。
右手は拳を振り上げていた。
いじめっ子は私を見て震えている。
いじめられていた子も怯えている。
「もう良いの。助けてくれてありがとう。だから離してあげて」
私にタックルしてきた子が、そう言った。
どうして?
だって、あなたもいじめられてたよ?
「お願い、沢口さん」
「……うん」
ストンと何かが落ちた。
手を離す。
「あ、ああ」
やってしまった。
暴力を振ってしまった。
私は、悪い子だ。
「ありがとうっ」
「っ!?」
抱きしめられた。
強く、強く抱き締められた。
私より弱い子なのに。
振り解けない。
「怖く、ないんですか?」
「怖くないよ」
みんなが震え、怯えてたのに。
ハグをやめた、その女子だけは私をまっすぐ見て笑ってくれた。
「だって、私のヒーローだもん」
「……あ」
満たされていく。
そうだ。
たとえ暴力的だろうが、誰かを救ったなら、褒めて欲しかった。
もう離したくなくなった。
捕まえるようにぎゅーっと私も抱き締めた。
それからはもうどうでも良くなった。
暴力事件として先生に怒られたけど。
ママが泣いてたけど。
友達は離れていったけど。
もうどうでも良い。
だって今はーー
「愛菜ちゃん。一緒に帰ろ?」
「はい! 桜子先輩!」
この人が居る。
ううん。
この人だけが居れば良い。
あれからの数ヶ月。
桜子先輩は一人になった私にかまってくれる。
私が暴力的で、この狂ったような興奮を抱えてると吐き出しても肯定してくれた唯一の人。
この弱くて愛しい蝶々を守り続けよう。
害虫なんて近寄らせない。
触れさせない。
私だけの蝶々。
「愛菜ちゃん?」
「……え?」
「手が」
桜子先輩に言われて気付いた。
桜子先輩の手首を思いっきり握っていた。
「す、すみません! 痛かったですよね?」
危なかった。
桜子先輩を求めるあまり、無意識に私が害虫になるとことだった。
加減をしないとすぐに骨を折ってしまう。
そんなことをしたら嫌われてしまう!?
「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけど」
離れた手が私を掴む。
怖がるどころか笑いかけてくれる。
「もしかして手を握りたかったの? 甘えん坊さんなんだね」
「っ!」
その言葉で顔が一気に熱くなる。
私より、弱くて、私より小さいのに。
逆らえない。
身体を委ねてしまいたい。
「ん、愛菜ちゃん?」
ぎゅーっと桜子先輩を抱き締める。
ああ。
この蝶々を食べてしまいたい。
「っく」
桜子先輩の首筋に歯を立てた。
心が満たされていく。
蝶々を狙う害虫はこんなにも歓喜していたのか。
「はあ、はあ、はあ」
桜子先輩を解放する。
口元の涎を制服の袖で拭う。
桜子先輩の白い首筋に真っ赤な私の歯型。
私の証。
桜子先輩を見る。
泣いているかな。
怯えているかな。
なんにしろ。
今までの関係は続けられない。
「甘噛みしちゃうなんて。わんちゃんみたいだね」
笑っていた。
桜子先輩は涙目のくせに笑っていた。
思いっきり噛んだ。
痛くないわけはない。
だというのに。
私を安心させるために笑い続けていた。
ああ、ダメだ。
この人には暴力じゃ勝てない。
むしろどんどん深みに嵌ってしまう。
「桜子先輩」
「ん? なーに?」
「静かな場所に行きませんか? 私、穴場知ってるんですよ」
「静かな場所? 良いけど明日香ちゃんのところに行かないと。校門で待ってくれてると思うから」
明日香。
あの日助けたもう一人の先輩だ。
いつも正義とか規則とか言ってうるさい。
私の暴力を否定してくるから嫌い。
私が助けなかったら今もいじめられてたくせに。
「今日は二人っきりが良いです」
「二人っきり? 何か相談したいこと?」
「はい! 明日香先輩が居ると気まずくて」
「そっか。それなら分かった! あ、でも、私スマホ持ってないし。愛菜ちゃん明日香ちゃんの連絡先持ってるっけ?」
「え? ああ、持ってますよ。着いたら連絡しますよ」
持ってない。
だから適当に電話するフリをした。
「先に帰るそうです。じゃあ行きましょうか!」
桜子先輩の手を引いて下駄箱からUターン。
移動教室でしか使わない別棟に向かう。
その奥の奥。
この前見つけた誰も使ってない空き教室。
「さ! 入りましょ!」
「う、うん」
不安げな桜子先輩も可愛い〜。
「それで相談って何?」
「あ〜」
何も疑ってない桜子先輩。
ごめんなさい。
私は悪い子です。
「桜子先輩が欲しいな〜って。恋人居ませんよね?」
「えっ」
やっと状況を察したみたい。
でももう遅いですよ?
鍵も今閉めちゃいましたから。
「私、好きな男の子が居るからダメだよ?」
「っーーへ、へえ〜」
胸が抉られた。
痛い。
誰だそいつ。
殺してやる。
「どのクラスの人ですか?」
「ううん。この学校じゃないの。前に引っ越しちゃって。でもね、いつかまた会おうって約束してるの。だからーー」
「っ!?」
桜子先輩が微笑んだ。
おかしい。
私が追い詰めてるはずなのに。
どうしてそんなに余裕そうなの?
「でも気持ちは嬉しいよ? 私も愛菜ちゃんとは先輩後輩以上になりたいし」
「でも、恋人にはなってくれないんですよね?」
「なっても良いよ」
「……はい?」
それはキープってこと?
「でも番にはしてあげられない。ごめんね?」
「番って。番と恋人に何の違いが?」
「え〜簡単じゃん。恋人はお互いに恋するんでしょ? それで番は、ね〜」
桜子先輩が私を抱き締める。
「子作りするんだよ♡」
「っ!」
動けなくなってしまった。
甘い甘い劣情を誘う声。
あれ?
もしかして私は蝶々を食べる方じゃなくて、桜子先輩に毒を注がれて食べられる蝶々の方だったっけ?
「でも、愛菜ちゃんは子作りがしたいんだよね?」
手を引かれて、その手が桜子先輩の首筋を、私が噛んで真っ赤にした噛み跡に触れる。
「私を噛んだのも、この人気のないところに連れ込んだのも、それが目的でしょ?」
図星だ。
この人を手に入れたい欲求は抑えきれない。
「でも本物交尾は出来ないから、偽物交尾で我慢してね?」
空いてる手で桜子先輩は自分のスカートをたくし上げる。
白だ。
桜子先輩のイメージ通りの綺麗な白。
犯したい。
「おい!」
「っ!?」
突然大声と扉が叩かれる音。
外れかけていた箍が寸前で保つ。
「桜子いるのか!?」
チッ。
明日香が来た。
「ふふっ。番犬が来ちゃった」
桜子先輩の手が私の首に伸びる。
まるで首輪のように絞められる。
扉の音も、明日香のうるさい声も聞こえなくなる。
「ねえ、愛菜ちゃん」
桜子先輩の声だけが耳を支配する。
「私のものになって♡」
カチャリという幻聴。
それから私は桜子先輩の犬になった。




