第2話 盗賊との微妙な闘い 2/11
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「(いやいや、ここで諦めるでない)」
俺が諦めの言葉を口にすると、女性の声が聞こえてきた。
箱の外から聞こえてきたのではない。
直接脳内に語り掛けられているような感覚だ。
「……誰だ?」
「(妾じゃよ。ついさっきまで裸のお付き合いをしていた絶世の美女ソフィー様じゃ)」
夢の中の裸体の美女。
あれ、ただの夢じゃなかったのか。
随分とクオリティーが高いと思っていたけど。
「どうやって話しかけてきてるんだ?」
「(魂じゃからな。お主の魂に直接語り掛けておる感じ? お主も、そんな感じで話をすることが出来るんじゃないかの?)」
「(こんな感じか?)」
「(そうそう。やれば出来るではないか)」
「(それで、何か考えがあるのか?)」
「(うむ、任せるがよい。ネクよ。お主、魔王たる妾の魔力を使って魔法を行使するのじゃ。さすれば、箱の封印程度は破壊することが出来るじゃろう)」
あの白い空間で見た禍々しい魔力。
あれを使えば、確かに何とか出来るかもしれない。
「(成程。だけど、一つだけ確認させてくれ)」
「(何じゃ?)」
「(箱を破壊できるのは分かったけど、この密閉空間内でそんな魔法を使ったら、俺の体も危なくないか?)」
「(……考えておらんかった)」
「(アホなの、お前?)」
「(違うわ! この妾をアホ呼ばわりとか! 全魔族が敵に回るぞ!)」
「(そもそも、人間って時点で、俺は全魔族の敵ではあるはずだろ?)」
「(それはそうじゃが……。ほら、妾は魔王じゃろ? 最強の魔族である魔王であったからして、自らのダメージとか気にすることなく魔法を使うことが出来たのじゃ。まったく、これだから脆弱な人間というやつは)」
「(よし、分かった。出ていけ。今すぐ俺の体から出ていけ)」
「(出来るものなら追い出してみるがよい。その瞬間、お主は脱出の可能性を失うことになるがの)」
「(俺が死んだら、お前の魂も消滅するんだぞ! お前の魂、強力そうだから受け入れられるのはネクロマンサーの身体くらいだ! ちなみに、俺以外のアンダーウッド家の人間は他の魂の侵入を防ぐ防壁を完璧に敷いているだろうから、普通に弾かれるだろうな)」
「(く……)」
「(分かったら、頭を下げて『どうか私にネク様を助けさせてください』と言うがいい! ふははははははは!)」
俺は勝利の笑い声を上げていた。
頭の中で。
そんな俺に対し、ソフィーは冷ややかな声で告げる。
「(お主、人としてそれで良いのか?)」
「(何か問題でも?)」
「(いや、お主がいいのなら別に良いのじゃが……)」
「(それで、どうするんだ? 俺の気が変わらないうちに、頼んだ方がいいんじゃないか?)」
「(どうして助ける側が下手に出なければならんのじゃ! それに、脱出の手立ては無いじゃろ?)」
「(別に箱に攻撃をする必要はない。お前の魔力を使って、身体能力強化をすればいい)」
魔力による身体能力強化は、魔法使いなら誰でも出来る基礎技術だ。
体内の魔力循環速度を早くし、身体能力を上げる。
俺自身の微弱な魔力だとほとんど意味がなかった。
だが、今の俺にはソフィーの魔力があるはずだ。
あの魔力を使うことが出来れば、こんな箱くらい簡単に壊せる。
「(あー、それなんじゃがな……)」
「(ん?)」
「(あまりお勧めは出来ん。というか、止めておけ)」
「(何でだよ? さては、俺の計画があまりに完璧だから、それに嫉妬して適当なことを言ってやめさせようとしているんだろ?)」
「(そういうわけではないんじゃが……。一つ言っておくとじゃな、妾の魔力を使ってそれをやると、お主の体が大変なことになってしまう可能性があるのじゃ)」
「(具体的には?)」
「(知らん方がいいじゃろうな)」
ソフィーはどうしても言いたくないらしかった。
だが、このままではこの箱の中で死んでしまう可能性がある。
だったら――。
「(ソフィー。使うぞ)」
「(いや、ちょっと待て! いい方法を妾が考えてやるから! な?)」
「(いいや、使うね!)」
俺は右手を自分自身の心臓に当てる。
そして目をつぶり、自分の中にある異質な魂の存在を確認した。
それは、確かに異常なほどの魔力を持つ魂だった。
だが、死霊術の知識を持つ俺の身体に入っている以上、その魂が持つ魔力は俺が自由に使うことが出来る。
俺は、その魂に魔力を供出させ、その魔力を体内で循環させた。
これまでとは質の違う魔力。
しかも、扱ったことがない程の高出力。
俺の体内でその魔力が嵐のように暴れ始めた。
俺は、魔力の制御をしようとする。
その暴風に指向性を与え、体内で循環させるのだ。
だが――。
「くっ……この……っ!」
その魔力の奔流は、あまりに激しすぎた。
想定をはるかに超える量の魔力。
こんなものが自分の体の中にあるということが信じられないほどだ。
結果、俺は失敗した。
その想定外の強大さを制御することが出来なかった。
体内で暴走した魔力は制御不能となり、俺の身体を痛めつける。
「ぐぁああ……」
思わず、うめき声を出してしまった。
痛みが全身を駆け巡る。
体中の細胞を攻撃されているような感覚。
俺は必死に痛みから気を反らし、それが引いていくのを待った。
そうしているうちに、箱の外から声が聞こえてきた。
「運び屋さん! 何やら、箱の中で呻いていますよ!」
「それは俺が関知することではない」
「いや、でも――」
どうやら商人たちが揉めているようだった。
少しすると、俺の身体の痛みは引いた。
そして、次の策を考えていたのだが――。
突然、何かにぶつかったような衝撃が俺を襲った。
馬車が石でも踏んだのだろうか。
あるいは、御者が俺のうめき声に驚いて馬車の制御に失敗したのか。
いずれにせよ、俺にそれをゆっくり考える余裕は与えられなかった。
突然の浮遊感の後、再度箱の中を衝撃が襲う。
これはただ事ではない。
箱の中に入れられている時点でただ事ではないのだが、そこは後回しだ。
外からは、何かがぶつかるような音が断続的に起きている。
時折怒鳴り声が聞こえてくる。
そして、少しすると俺の近くで威勢のいい声が響いた。
「お前たち! 荷物を置いて、さっさと消えな!」
どうやら、俺が乗っている馬車は盗賊に襲われたらしい。




