第1話 盗賊との微妙な闘い 1/11
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目が覚めると俺は真っ暗な空間にいた。
暗闇の中で、触覚を頼りに自分の状況を把握しようと試みる。
どうやら、ここはさほど広くない箱の中のような空間らしい。
というか、箱の中そのものだ。
俺の身体も、無理やり詰め込まれているような状態。
感触からすると、箱は木製のもののようだ。
いざとなったら、破壊して脱出することが出来るかもしれない。
だが、その前に自分が置かれた状況を知っておく必要がある。
俺は意識を集中させて考え始めた。
箱の中には、車輪が回る際の軋む音が響いてくる。
外からは、風の音や木々のざわめきが聞こえてきている。
つまり、俺は車輪のついた乗り物に乗っているということになる。
そして、その乗り物は屋外で使われるもの。
ということは――。
結論、ここは馬車の中だ。
そして、俺は箱に入れられた状態で運ばれている。
何だこれ?
状況を把握はしたが、理解できない。
どうしてこんなことになってしまっているんだ。
俺はとりあえず、箱を自力で開けようとした。
だが、しっかりと封をされているようでびくともしない。
もしかして、これって窒息死するんじゃないか。
「おい、ちょっと待て! 誰か! 誰かいませんか~!」
俺は必死に箱を叩きながら声を上げた。
すると、箱の外から声が聞こえてくる。
「ちょ、何か動いていますよ、この箱!?」
「やっぱり、やばいものを運ばされたのか!? 高額報酬に目がくらんだが、まさかゾンビじゃないだろうな!?」
女と男の声。
声の感じからすると、女の方は若い印象を受ける。
「ありえないとは言い切れません。だって、この荷物ってアンダーウッド家から預かったものなんですよね? 行き先が王立ライプニッツ高等魔法学院だという時点で、まともなものでない可能性は十分にあります」
成程、状況は理解した。
俺はどうやら、アンダーウッド家から放り出されたようだ。
そして、魔法学院に運ばれようとしている。
荷物として。
馬車に乗っている男女は、箱の中に人が入っているなんて知らなかったのだろう。
だったら、頼めば箱から出してくれるかもしれない。
「外の人たち! 俺の声が聞こえているんだろ! 箱から出してくれ」
「お前は何者だ?」
男の声が、問いかけてきた。
「俺はネクだ! 元・アンダーウッド家の!」
「それが何で箱に入っているんだ!?」
「知らん! というか、やっぱりここって箱の中なんだな! とにかく出してくれ!」
「断る!」
「断る!? 何でだよ!?」
人が箱の中に閉じ込められているのだ。
まともな神経をしていれば、言われなくても助けようとするはずだ。
一体どんな理由で断るというのだろうか。
そう考えていたら――。
「それは――俺が『運び屋』だからさ」
男は無駄に渋い声で言った。
うん、まったく意味が分からない。
「おい、人命がかかってるんだぞ! 運び屋だか何だか知らないけど、さっさと出してくれ!」
「『契約厳守』『名前は聞かない』『依頼品を開けない』。これが俺の運び屋としてのルールだ!」
「分かったぞ! お前、自分に酔っているタイプの人間だろ! 『人命よりも誇りを大切にする自分、格好いい』とか思っちゃってるんだろ!」
「し、失礼な」
「大体、『運び屋』だったら箱の中身を大切にするべきだろ! 俺が死んだらどうするんだよ! 死体をお届けするのか!?」
「この封を開けた時、俺の『運び屋』としての魂が死ぬのさ。それに、依頼人からは『死なないように運べ』とは言われていない。アンダーウッド家の使用人たちが、なけなしの金を出し合って依頼してくれたんだ。その思いを裏切るわけにはいかない」
この状況を作り出した犯人が判明した。
あいつら、冗談抜きで復讐してやる。
そのためにも、こんなところで死ぬわけにはいかない。
だが――。
やばい、これはマジでやばい!
新たな一歩を踏み出す前に、箱の中で死んでしまう。
内側から壊すのは無理そうだし。
考えられるとすれば、この『運び屋』に心変わりをさせること。
だが、それも難しそうだ。
だとすれば、もう一人の女の方に頼むしかない。
「もう一人いただろ。運び屋じゃない女性の声が聞こえたぞ! そっちの人、何とか俺を助けてくれ!」
「ボクですか!?」
「え? 女性だよな? 一人称がボクって……」
「ええ、確かにボクは女性です。一人称については――まぁ、家庭の事情ってヤツですね」
「ああ……。女の身ながら男として育てられているってパターンか」
よくある話だ。
商人たちの間では、その財産を息子に相続させることが多い。
また、あらゆる場面で、男性の方が優位に扱われることが多い。
だから、有力な商人は、娘が生まれてもそれを息子として扱うことがあるのだ。
「まぁ、似たようなものです」
「……そうか」
まぁ、その辺りは家庭の事情だ。
他人がとやかく口出しするようなものじゃない。
そう思っていたのだが――。
「ある日突然、父上が『これからは【ボクっ娘】の時代が来る』と言いだしてしまいまして。その日から、それまで『私』だった一人称を『ボク』に変えさせられたのです」
「全然似た話じゃねぇよ! お前の父親の性癖の話じゃねえか!」
俺はすかさずツッコミを入れた。
ちょっと同情しちゃっただろ!
「せ、性癖って言わないでください! 父親の性癖とか、なんか気持ち悪いです!」
「しょうがないだろ、これが事実なんだから」
「事実じゃありません! マーケティング戦略です!」
女性は自分に言い聞かせるように叫んだ。
流石の俺も、いたたまれない気持ちになって――。
「ああ、そうだよな。マーケティング戦略だ。お前がそう思っているのであれば、そうなんだろうさ」
「なんですか、その言い草! その後に『お前の中ではな』とかいうセリフが続きそうじゃないですか!」
「おっと、それよりも、今はもっと重要なことがあった。それに比べれば、君の父親の性癖など、取るに足らないことだ。というわけで、そこのボクっ娘。俺を助けてくれ!」
「この流れでよく助けを求められますね!?」
それは仕方がないだろう。
そもそも、俺にとって、この女の父親の性癖はどうでもいい話なのだ。
「いいから、助けてくれ」
「え~」
「言っておくが、助けてくれなければ、化けて出るぞ! 元・アンダーウッド家のネクさんをなめるなよ! ネクロマンサーが言うからには、ガチだからな! 魔法の才能がなくても、陰湿さだけはあの家の中でも引けを取らないレベルなんだ!」
「最悪じゃないですか!」
「そうだ。そんな俺が、ゾンビにでもなって、お前を追いかけまわすことになる! それが嫌なら、俺を助けるがいい! ふはははははは!」
「死んだら火葬して差し上げます!」
「ごめんなさい、冗談です! どうか助けてください!」
「お断りします」
女性はきっぱりと断った。
どう考えてもおかしいだろ、これ。
普通、死にそうになっている人間がいたら助けようとするものなんじゃないか。
世間ではこれが普通なのか!?
「ボクは運び屋さんのご厚意によって馬車に乗せてもらっているんです。この人の仕事を妨害することは出来ません! これは、商人としてのボクの矜持なのです」
「人としてどうなんだよ!?」
「あー、あー、聞こえませーん」
詰んだ。
これ、完全に詰んだぞ。
かくなる上は、覚悟を決めるしかない。
ここで必要なのは勇気――諦める勇気だ。
「よし、来世に期待しよう」
「(いやいや、ここで諦めるでない)」
え、誰?




