第1話 追放されたら妹と一緒に風呂に入ることになった 1/4
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「ネク。お前をアンダーウッド家から追放する」
アンダーウッド家の貴賓室。
豪奢でありながら怪しげな雰囲気を持つ一室。
そこで領主たる『デレク・アンダーウッド』は、俺に対しそう告げた。
その場にいたのは、アンダーウッド家の面々だけではない。
付き合いのある貴族や、有力な商人など。
アンダーウッド家とつながりのある関係者達だ。
つまり、これはこの家の正式な決定だということだ。
その決定を、俺は神妙な面持ちで聞いていた。
ずっと前から、こんなことになるのではないかと思っていた。
死霊術を専門とする魔法の名家。
その名家に長男として生まれた俺は、次期当主と目されていた。
だが、それは昔の話だ。
遠い昔の話だ。
俺には、魔力がほとんどなかった。
基本的に男性の持つ魔力量は女性よりも低い。
その男性の中でも、俺の持つ魔力量は極めて少なかったのだ。
そのような『出来損ない』に家督を継がせることは出来ない。
それがこの家では、共通認識となっていた。
問題は、いつそれが言い渡されるか。
それだけだったのだが――。
その切欠になったのは、とある知らせだった。
「フィリス・ウェインが魔王を打ち取ったのは、お前も知っているな?」
「……はい」
現在、人類は魔族を相手に戦争を行っている。
とは言っても、魔族側にはほとんど戦力など残っていない。
後は人間側が時間をかけ、一手ずつ着実に残存勢力を壊滅させていく。
そういう戦争だった。
だが、最近になってその戦争に大きな動きがあった。
魔族側のトップ――『魔王』が打ち取られたのだ。
これにより、魔族たちの統率が失われ、戦力はほぼ瓦解。
魔族との戦争は、一気に終結に近づいた。
それは人類にとって大きな喜びだった。
元々敗戦の可能性はなかったが、戦争終結が目前まで近づいたのだ。
その知らせを受け、人々は大いに喜んだ。
そして、魔王を討伐したフィリスを大いに褒めたたえた。
彼女は、この国の英雄となったのだ。
だが――。
俺の父、デレク・アンダーウッドの関心はそんなところにはなかった。
そもそも、父は終戦など望んでいない。
彼にとって重要なのは、アンダーウッド家の『格』。
それ以外に価値はない。
そんな彼にとって、フィリス・ウェインの活躍は悪夢に近かった。
アンダーウッド家とウェイン家はかねてより交友があった。
少し前までは、家の格はアンダーウッド家のほうが上。
だが、この一件でその関係は逆転してしまったのだ。
父は、それに耐えることが出来なかったらしい。
だから、その怒りを俺にぶつけているのだ。
父は俺をにらみ付けながら言う。
「フィリス・ウェインは、お前と同い年。彼女は今、人類の英雄となり、国から『勇者』の称号を与えられた。それなのにお前は、何故これほどまでに無能なのだ?」
「申し訳ありません」
「謝罪の言葉が聞きたいのではない。理由を聞きたいのだ」
「それは――」
俺は言葉を詰まらせた。
俺も何もしてこなかったわけではない。
それを克服すべく、あらゆる努力はしてきた。
だが、その努力は結果に結びつかなかった。
もっとも、それを話したところで父は俺を許したりはしない。
父の問いは、一種の罵倒でしかない。
そんな罵倒に対し、別の者が声を上げた。
「お父様。その質問は無意味です」
そう言ったのは、怪しい雰囲気の少女だった。
温度を感じさせない無機質で美しい顔つき。
ふわりとした黒髪を携えており、着ているドレスも漆黒。
全身を黒で固めたそのスタイルは、不気味な美しさを演出していた。
その少女の名は、イヴ・アンダーウッド。
俺の妹にして、アンダーウッド家のすべてを受け継いだとされる少女。
その才能はあらゆる魔法使いから『異物』と呼ばれているほどだ。
「お兄様の魔力については、生まれついてのものです。誰に責任があるものでもありません」
退屈そうな表情を浮かべながら、淡々とイヴは告げた。
こんな茶番に何の意味があるのか――そう言いたげな平坦な声音。
だが、そこには確かにデレクを非難する意図があった。
彼女は言葉を続ける。
「それに、お兄様は追放されるのですから、原因の追究など何の意味もないのでは?」
「う、うむ。それもそうだな」
「追放されるのでしたら、これ以上時間をかけることもありません。決定事項だけお伝えください」
「……いいだろう」
父は取り繕うように、声に威厳を含ませて告げる。
「まず、次期当主はイヴとする」
デレク・アンダーウッドの子供は俺とイヴの二人のみ。
俺がいなくなれば、イヴが次期当主となるほかない。
実力的にも申し分はなく、それは当然の判断だろう。
「それと、マイナ家との間で進んでいた婚約の話も破棄する。これは、マイナ家も了承済みの事項だ。魔力を持たぬ者に、娘をやることは出来ないそうだ」
それに関して、俺は特に何度も思わなかった。
魔力微細の男に娘を嫁がせようとする貴族なんていないだろう。
最初から、こうなるものだとは予想していた。
むしろ、今まで破棄されていなかったことのほうが驚きだ。
「ネクについては、今後『アンダーウッド』を名乗ることは許さん。仮に、お前に責任がなかったとしても、魔力をほとんど持たない者の存在はこの家の名誉に悪影響を及ぼす。よいな?」
「はい」
「行先はこちらで手配してある。『王立ライプニッツ高等魔法学院』は分かるな?」
「……はい」
王立ライプニッツ魔法学院。
それは、このアニムス国で最高峰の魔法学院だ。
魔力を持つ貴族の中でも、特に優秀なものばかりが集まる場所。
学舎でありながら、同時に魔術師ギルドでもあるらしい。
俺も話に聞いたことしかないが、そこは危険な『魔窟』と言われている。
生徒たちは、そこであらゆる魔術的事象に関わることになる。
その多くは、命の危険を伴うものだ。
実際に、卒業までに少なくない数の生徒が死亡している。
そのほかに、行方不明者も絶えないというのだ。
魔法の才能が豊かな者でさえ、一年間生き延びることは困難。
ましてや、俺のような魔力をほとんど持たない者が行ったら、一瞬で命を落とすことになるだろう。
つまりは、俺は見捨てられたのだ。
生き残ることはほぼ不可能な場所への放逐。
それは、直接手を下さない殺人行為に等しい。
「話は以上だ。二日後に、アマンダの町から魔法学院へ向かう馬車が出る。明日の朝までに身辺整理を済ませ、そちらへ向かえ」
「……はい」
俺は了承するしかなかった。
ここで断れば、当主の命に反した咎で殺されてしまうかもしれない。
命を拾うこと。
今はそれを最優先に考える必要があった。




