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研究所長の異世界研究日誌  作者: タキオンの休日


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第二観測記録 人類観測 

文章がまだまだ拙いので、不自然な点がありましたら教えてください。

草原の揺らぎは、最初はごくわずかな乱れに過ぎなかった。


風の流れとは異なる圧が、穂先を局所的に沈ませる。

規則ではなく、意志のある動き。

断続的で、慎重で、しかし確実にこちらへ近づいてくる。


天城遼は振り返った。


陽光の中に、三つの影が立っている。


距離は二十歩ほど。

革鎧。金属留め。長槍。短剣。

彼らは互いに目配せし、緩やかな弧を描くように位置を変えた。退路を測る動きだった。


視線が刺さる。


風が止む。


やがて、一人が口を開いた。


「Tar venara eshalu?」


意味はわからない。


音だけが届く。


硬質な子音。

明瞭な母音。

語頭に強いアクセント。

語尾は必ず母音で閉じる。


もう一人が続ける。


「Sa nerek alvanru。」


音の塊が、鼓膜を打つ。


理解できない。


一語も。


だが、声色に含まれた緊張だけは鮮明だった。


排除。


警戒。


天城は両手を上げた。


掌を見せ、ゆっくりと後退する。


「待ってくれ。敵意はない。」


日本語は、空気の中で意味を持たずに消える。


三人のうち最も若い男が一歩踏み出す。


「Darek!」


その瞬間、世界が裂けた。


槍の穂先が閃く。


避けきれない。


右足に衝撃。


肉を裂く感触が、刃の軌跡をなぞるように神経を走る。

繊維が断たれ、熱が流れ出る。


血。


温かい液体が脛を伝い、草を濡らす。


痛みは遅れて爆発した。


視界が白く跳ねる。

鼓膜が内側から圧迫される。

呼吸が途切れる。


彼らの声が飛ぶ。


「Vera saesh!」


「Tar-ek!」


意味は取れない。

ただ、鋭い音が恐怖を増幅させる。


わからない。


何一つ、わからない。


言葉が通じないという事実が、刃よりも鋭く胸を裂く。


天城は転がった。


草を掴み、土を蹴り、森へと身を投げる。


右足が機能しない。

引きずる。


血が線を引く。


背後で足音が迫る。


「Darek esha!」


あの音。


命令だ。


殺せ。


意味は推測にすぎないが、殺意だけは確かだった。


枝が頬を裂き、肺が焼ける。

視界が揺れ、上下感覚が曖昧になる。


それでも森は近い。


倒木の陰へ滑り込み、息を止める。


足音が減速する。


草原へ戻る気配。


やがて、遠ざかる。


森の静寂が、ゆっくりと戻る。



---


震える指で傷を確かめる。


脛外側。深い。

だが拍動性出血はない。


シャツを裂き、圧迫。

布が血を吸い、重くなる。


呼吸を整える。


胸の奥に、恐怖が溜まっている。


言葉が通じない。


意思が届かない。


それは、世界との接点を失うことだった。


しばらくして、声が別方向から聞こえた。


崖の向こうだ。


天城は這うように移動する。


崖の縁。


下に街道があった。


石を敷いた道。

荷車。

馬。

焚き火。


そして、あの三人。


彼らはキャンプを張り、火を囲んでいる。


声が上る。


天城は腹這いになり、耳を澄ます。


「Sa esha nerek alvanru。」


同じ文。


繰り返される。


Sa。


単独で頻出。

主語か。


esha。


対象。


nerek。


否定形を含む動詞の可能性。


alvanru。


alvan + ru。


語尾 -ru。


一定している。


天城は土に指で書く。


-ru = 属格仮説。


alvan = 人間。


Sa esha nerek alvanru。


「それは人間ではない。」


仮説。


胸の鼓動が、わずかに整う。


次の発話。


「Tar miren sa-lu ka?」


Tar。


二人称複数。


miren。


語尾 -en。


sa-lu。


-lu。


ka。


疑問終助詞。


格変化の存在が濃厚になる。


目的格 -en。

与格 -lu。


語順は S O IO V か、あるいは動詞省略。


状況と照合する。


彼らは水袋を指し、森を見上げた。


miren = 水を。


sa-lu = 彼に。


Tar miren sa-lu ka?


「お前たちは彼に水をやるのか?」


意味が立ち上がる。


恐怖の霧に、構造の線が走る。


再び声。


「Na veroso shanesh。」


Na。


一人称単数。


ver。


語幹候補。


-o。


過去母音。


-s。


三人称。


veros。


彼は見た。


shanesh。


shan + esh。


-esh。


場所格。


血の場所で。


「私は血を見た、あそこで。」


松明が持ち上がる。


光が揺れ、崖下を照らす。


足音が近づく。


鼓動が跳ねる。


だが思考は止まらない。


ver。


e 現在。

o 過去。

a 未来。


k 一人称。

t 二人称。

s 三人称。


体系が見える。


さらに別の声。


「Vera saesh。」


vera。


ver + a。


未来。


saesh。


彼の場所へ。


「彼のところへ行く。」


未来形は -a。


確定。


天城の脳裏で、言語体系が急速に組み上がる。



---


主格:無標

目的格:-en

属格:-ru

与格:-lu

場所格:-esh


動詞:語幹 + 時制母音 + 人称子音


否定:ne- 接頭 or ve 前置


rek = である

nerek = でない



---


足音が血痕へ近づく。


時間がない。


天城は唇を湿らせる。


母音を明確に。


語頭強勢を意識する。


「Na nerek sharu。」


私は敵ではない。


沈黙。


松明の男が止まる。


焚き火が爆ぜる。


「Na…?」


一人称への反応。


通じた。


完全ではない。


だが音は、意味に触れた。


その瞬間、胸の奥で何かが静かに反転する。


恐怖は消えない。


痛みも消えない。


だが世界は、無秩序ではない。


音は法則を持ち、

語は変化し、

文は構造を持つ。


解析可能だ。


崖の上で、血に濡れた指が土に文法を書き連ねる。


人称。

格体系。

時制母音。

否定構文。

命令形の推定。


森の闇の中で、知性が静かに灯る。


未知の文明。


未知の社会。


だが言語がある限り、それは閉ざされない。


天城遼は、ゆっくりと息を吸い込む。


血と煙と湿った葉の匂いが肺を満たす。


「観測……継続。」


崖の上で、異世界言語の輪郭が、確かな形を取り始めていた。


記録者:天城遼

転移後推定時間:17時間前後

身体状態:右下腿裂創(出血中度・止血済)/意識明瞭

――第二観測記録、完。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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