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私の居場所②

 結婚して数日。


 私はこの家の超高性能AI執事、アルフレッドから、この奇妙な結婚の全ての真相を聞かされた。


 そして今、とてつもなく申し訳ない気持ちで、胸がいっぱいになっている。


 全ては、ほんの数日前の、あの夜に始まったのだ。


 ***


 父さんと母さんが心労で参ってしまい、病院のベッドで虚ろな目で天井を見つめるだけになった日。入れ替わるように私たちの前に現れたのは、何年も音信不通だった父さんの弟――叔父さんだった。


「花ちゃんも大変だったな。これからは俺が面倒見てやるから安心しろ」


 その言葉が嘘だったと気づくのに、時間はかからなかった。叔父さんは「兄貴たちの入院費だ」「当面の生活費だ」と何かと理由をつけては、父さんのなけなしの預金を使い込み、ついには私の前で通帳を眺めながら舌打ちをした。


「ちっ、これだけかよ……。本当にあの兄貴は甲斐性がねえな」


「やめて! 父さんのことを悪く言わないで!」


「うるせえ! 大体な、兄貴が馬鹿みたいにお人好しだから、こんなことになったんだろうが!」


 そして、ある夜。叔父さんはにやついた笑みを浮かべて、私に言った。


「いい話があるんだ。花ちゃん、お前は器量がいい。黙って言うことを聞きゃ、借金なんてすぐ返せるぞ」


 無理やり連れ出されたのは、けばけばしいネオンが瞬く夜の街だった。


「さあ、ここでちょっと働いてもらう。愛想よく笑って、酒でも注いでりゃいいんだ。簡単だろ?」


「いや……! こんなの、絶対にいや!」


 泣きながら抵抗する私の腕を、叔父さんは万力のような力で掴んだ。ぎしり、と骨が軋む音がする。


「ごちゃごちゃ言うな! これがお前のため、いや、俺たちのためなんだよ! お前を売ればいくらになるか……」


「やめて……誰か、助けて……!」


 私の悲痛な叫びは、雑踏の喧騒にかき消されていく。誰もが、私たちを奇妙なものを見るように一瞥するだけで、足早に通り過ぎていく。


 その時だった。


 すぐそばの、いかにも高級そうな料亭の暖簾が上がり、一人の老紳士が付き添いの男性と共に現れた。


 背筋がすっと伸びていて、その場にいるだけで、周囲の空気の色が変わるような、圧倒的な品格を纏った人。


 それが、鷹司龍之介さんとの、最初の出会いだった。


 彼は車に乗り込む間際、ほんの一瞬だけ、私と叔父さんのやり取りに目を留めた。その瞳に浮かんでいたのは、憐れみとは違う、静かで、冷たい怒りのような色。私は、その射抜くような視線に、思わず息を呑んだ。


 けれど、彼は何も言わなかった。そのまま静かに車に乗り込み、夜の闇に消えてしまった。


 ああ、やっぱり、誰も――。


 希望が絶望に変わった、その瞬間。


「――そこの方、少々よろしいでしょうか」


 低い声と共に、黒いスーツを着た大柄な男性が、いつの間にか叔父さんの隣に立っていた。


「は、はあ? なんだアンタは」


 訝しげに叔父さんが睨むと、黒服の男性は全く動じずに続けた。


「我が主、鷹司龍之介様が、そちらのお嬢様のことでお話が、と」


「た、鷹司!?」


 叔父さんの顔色が変わった。その名前を知らない人間は、この日本にはいない。


 黒服の男性は、叔父さんの耳元で何事かを囁いた。すると、叔父さんは信じられないものを見たかのように目を見開き、次の瞬間、私に向かって叫んだ。


「おい、花! 大変なことになったぞ! あの鷹司財閥の総帥が、お前を……お前を、嫁に欲しいそうだ!」


 ***


 何が、どうして、そうなったのか。


 アルフレッドが調査してくれた情報によると、真相はこうだったらしい。


 あの夜、私を見かけた龍之介さんは、付き添いの人物に、静かにこう言ったという。


「あの子を、私のところに連れてきなさい」


 その一言が、全ての始まりだった。


 アルフレッドの分析によれば、この発言の意図は『確率89%で、不遇な少女を保護し、従業員として雇用する、という善意に基づくもの』だったらしい。


 しかし、その言葉を受け取った人は、「鷹司先生が、あのお嬢さんを『身内』として引き取りたいそうだ」と解釈した。


 その話が叔父さんの耳に入った時には、「鷹司の御大が、そこのお嬢さんを後妻として迎え入れたいと、えらくお気に召したご様子だ」となり。


 そして最終的に、親戚一同に知れ渡る頃には、「鷹司家が結城家の借金を全て肩代わりする代わりに、花ちゃんを正式なお嫁さんとして迎え入れたいと、熱烈に申し込まれた!」という、とんでもない物語に仕上がっていたのだ。


 あれよあれよという間に話は進み、気づけば私は白無垢を着せられていた。


 当の龍之介さん本人も、祝言の間、どこか遠い目をして困ったように微笑んでいたのは、きっと気のせいではないはずだ。


 だから、私は今、途方に暮れている。


 この人は、ただの善意と、とんでもない勘違いのせいで、私という十八歳の厄介事を抱え込むことになってしまったのだ。


 私は借金のカタとしてここにいるんじゃない。壮大な勘違いが生んだ、ピエロみたいなものだ。


 申し訳なくて、顔向けできない。


 私はこれから、どうすればいいのだろう。


 ここに、私の居場所は、ここに本当にあるのだろうか。

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