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パーティーへの招待状

 風が涼しくなってきたある日。私と龍之介さんは、いつものように縁側でお茶を飲んでいた。


 すっかり慣れたこの時間が、私は大好きだ。何も話さなくても、隣にいるだけで心が落ち着く。


 そんな穏やかな午後を、しゅるるという小さなモーター音が破った。


『リュウノスケ様、ハナ様。本日の郵便物です』


 アルフレッドが運んできたのは、見るからに格式の高い封筒だった。厚手の紙に、金の箔押し。蝋印までついている。


「随分と立派な……」


 龍之介さんがその封筒を手に取った途端、表情がわずかに曇った。まるで、嫌な予感でもしたかのように。


 封を切り、中身に目を通すと、彼の眉間にうっすらとしわが寄った。


「どうされたんですか?」


「……ホークアイ財団からの招待状だ」


 その名前に聞き覚えはなかったが、何となく重要そうな響きがある。


『ホークアイ財団は、日本最大のIT財団ですね。創設50周年記念パーティーへの招待状でしょうか』


「そうだ。……懐かしい名前が並んでいる」


 龍之介さんは招待状を読みながら、どこか遠い目をしていた。


「旦那様は、その財団と関係があるんですか?」


「昔、少しばかり関わっていたことがある。もう、三十年も前の話だが」


『少しばかり、とおっしゃいますが』


 アルフレッドが、球体をくるりと半回転させながら言った。


『リュウノスケ様の謙遜レベルは危険域です。全国無人自治エリア基盤システム『オートタウン』の設計者、顧問歴30年、業界貢献度SSランク。30年前に日本の人口減少を予測し、AI管理型地域運営の理論を構築された方です』


「ちょっと待ってアルフレッド、SSランクって何?」


『私が独自に開発した業界貢献度測定システムです。ちなみにハナ様は現在Fランクですが、プログラミング学習により将来的にはDランクが見込まれます』


「Fランク!?」


『はい、今後の学習意欲に期待を込めてのDランクです』


 がっくりしたが、それどころじゃない。


 私は龍之介さんを見上げた。AI管理型地域運営って、それはもう、とてつもなくすごいことじゃないか。この家そのものが、その技術の実験場だったなんて。


「旦那様、ものすごいお仕事をされていたんですね?」


「大したことではないよ。若い頃の話だからね」


 龍之介さんはそう言って、招待状を静かにテーブルに置いた。その動作には、どこかためらいのようなものが感じられる。


「パーティーには、行かれるんですか?」


 私の問いに、龍之介さんは少しの間黙っていた。庭の木々を眺めながら、何かを考えているようだった。


「……どうでしょう。もう私は、過去の人間ですし。今のIT業界は、若い人たちが作っている。私なんかが出ていく場所ではないんじゃないかな」


 その声には、寂しさが込められているように感じた。諦めとも違う、何か複雑な感情。


 でも、私にはわかる。この人は、決して過去の人間なんかじゃない。


「そんなことないと思うけど」


 気がつけば、私は龍之介さんをまっすぐに見つめていた。


「旦那様は、ゲームの中で世界中の人に尊敬されているじゃないですか。それに、アルフレッドだって、旦那様が作ったんですよね?」


 私の言葉に、龍之介さんは少し驚いたような表情を見せた。


「だがなぁ……」


 龍之介さんが言いかけた時、不意に私の胸の奥が熱くなった。年の差のある夫婦なんて、きっとパーティーでも注目を浴びるだろう。みんなの好奇の視線が、私たちに向けられるかもしれない。


 でも、そんなこと、どうでもいい。


「旦那様は素敵な人です。こんな素敵な人が来てくれたらみんな嬉しいと思うんだけどな。それに……」


 私は、恥ずかしさをこらえて続けた。


「私、旦那様と一緒にいると誇らしいんです。だから、みんなにも知ってもらいたい。旦那様がどんなにすごい人か」


 静寂が、縁側に降りた。


 龍之介さんは、私の言葉をじっくりと受け止めているようだった。やがて、彼の口元に、いつもより少しだけ深い微笑みが浮かんだ。


「……ありがとう、花さん」


 彼は招待状を再び手に取った。


「君の言葉に、勇気をもらったよ。そうだね……久しぶりに、昔の仲間たちに会ってみるのも悪くない」


***


 一週間後。


『ハナ様、重要なお知らせがあります』


 アルフレッドが、いつもより急ぎ足(?)でしゅるると現れた。


「どうしたの?」


『明日のパーティー用ドレスの選定が完了いたしました。データ解析の結果、ハナ様の魅力を300%向上させるデザインを発見いたしました』


「300%って、どういう計算……?」


『秘密です』


 なぜか得意げに球体を揺らすアルフレッド。案内された先には、まるで高級ブティックのような美しいドレスが並んでいる。


「これを……私が着るの?」


『はい。候補は全部で47着ご用意いたしました』


「47着!?」


『迷った場合は、全て試着していただければ最適解を——』


「時間かかりすぎるし!」


『では、パーティー会話シミュレーション3万通り完了の成果もお伝えしましょう。『いい天気ですね』への返答が全て『湿度68%、気圧1013hPa、快適度79.2%です』が最適解です』


「それ、会話にならないから!」


 結局、アルフレッドが一番推薦してくれた淡いアイボリーのドレスを選ぶことにした。鏡の前で合わせてみると、そこには見知らぬ女性が映っていた。


 借金のカタとしてこの家にやってきた、あの日の弱々しい私ではない。龍之介さんと出会い、アルフレッドと暮らし、少しずつ自信を取り戻した、今の私がそこにいた。


「でも、やっぱり心配だな……年の差のことで、変な風に見られたりしないかな?」


 年上の旦那様と若い奥さん。きっと、そういう目で見る人もいるだろう。悪意はなくても、好奇心に満ちた視線が向けられるかもしれない。


『ハナ様の不安レベルが上昇しています。緊急対処いたします』


「え?」


 突然、アルフレッドから軽快な音楽が流れ始めた。


『これは私が作曲した「ハナ様専用・自信回復ソング」です。聞けばきっと元気になります』


「作曲って……アルフレッドが?」


『♪ハナ様ハナ様、素敵なハナ様♪そーね、ドレスもよくお似合いです♪』


「ちょっと、恥ずかしい!しかもゾウさんのメロディー?」


『効果測定中……ハナ様の頬の赤みが増加。これは恥ずかしさか、それとも喜びか……データ不足です』


「もういいから止めて!」


 でも、なぜか笑えてきて、不安は確かに和らいでいた。このちょっとズレたAI執事がいてくれるなら、きっと大丈夫。


 私は鏡の中の自分と向き合った。

 こんなに幸せになれるなんて、思ってもみなかったな。


 明日のパーティーで、私は龍之介さんの隣に立つ。妻として。

 その事実が、胸の奥で小さく輝いているのを感じた。

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