金色の無心と灰色の報い
縁側で龍之介さんと共に過ごす午後のひととき。淹れたての煎茶の香りと、庭を渡る風が心地よく、アルフレッドの恋占い騒動も、今となってはほほえましい思い出だ。
「アルフレッドの件、君の慌てた顔が印象的だったよ」
龍之介さんが縁側でお茶を啜りながら、穏やかに微笑む。
「ゲームキャラクターを本気で調べ上げようとするなんて、アルフレッドらしいと言えばらしいが」
ちょうどアルフレッドがお茶のお代わりを持って現れた。
『私の分析に不備があったことを、深くお詫び申し上げます』
『ちなみに、リュウノスケ様とハナ様の本日の相性は92%です。お茶の好みが一致しているためです』
「本日の相性って……日によって違うわけ?」
私がそう呟いた時だった。屋敷の門が開く音が響く。
現れたのは、安っぽいレンタカー。降りてきた男を見て、私の血液が一瞬で凍りついた。
金色のネクタイ、偽ブランドの腕時計を身につけ、薄っぺらい笑みを浮かべた叔父・達夫。
「お……叔父さん……?」
震え声が漏れる。なぜここに。
龍之介さんが即座に私の肩に手を置いた。
「大丈夫だ、花さん。落ち着いて」
その低い声に、私は少しだけ落ち着きを取り戻した。
***
応接室で、叔父は既に我が物顔でソファにふんぞり返っていた。
「いやあ立派なお屋敷で!さすがは鷹司大先生、格が違いますなあ」
叔父の視線が、まるで値踏みするように室内を舐め回す。
「実は今日は、花ちゃんの結婚祝いということで参上いたしまして」
結婚祝い? この人が? 私の胸に嫌な予感が広がる。
「と言いますのも、ちょっと事業の運転資金が足りませんでして。ちょいとばかし融資してもらえやせんかね」
叔父は軽い調子で続ける。
「大先生ほどの御方なら、1000万くらいポンと」
「叔父さん!」
私が慌てて制止しようとすると、叔父の顔つきが豹変した。
「何だその態度は!お前も鷹司の嫁なんだから、血の繋がった叔父を助けるのが当然だろうが!」
あの日と同じ、恫喝めいた口調。私は反射的に身体をこわばらせる。
龍之介さんは、ずっと穏やかに微笑んでいた。ただし、その瞳の奥に宿るのは、静かで、深い氷のような冷たさだった。
叔父の要求がさらにエスカレートしようとした、その瞬間。
「リュウノスケ様」
しゅるると現れたアルフレッドが、丁寧な口調で告げた。
『不審者の金銭利用履歴を解析、完了いたしました』
「ふ、不審者だと!?何を勝手な…」
叔父が慌てふためくが、アルフレッドは容赦なく続ける。
『ユウキ タツオ。男性、43歳。直近12ヶ月の行動パターンを報告いたします』
空中に半透明のモニターが浮かび上がり、データが次々と表示されていく。
パチンコ店「バツハン」年間負け額:380万円
競馬場での年間負け額:420万円
キャバクラ「エンジェル」年間利用額:290万円
「ば、馬鹿な…そんなデータ、どこから…」
叔父の顔が青ざめる。
『さらに。ハナ様のお父上の口座から「入院費」として200万円。実際の医療費への充当率:0%。上記遊興費への流用率:100%』
私の心臓が止まりそうになる。父さんが必死に働いたお金を……。
『追加情報:ハナ様ご父上の事業失敗要因。タツオ氏による架空投資話と資金横領の可能性:97.3%』
「や、やめろ…そんなこと…」
叔父がうろたえる中、龍之介さんがゆっくりと立ち上がった。
「――君は最初から、花さんの幸せなど考えていなかったんだろう?」
その声は、まるで氷河のように静かで、絶対的だった。
「君は、誰を相手にしているか分かっているのか?」
叔父の全身が、ガタガタと震え始める。
「アルフレッド」
『はい、リュウノスケ様』
「この人物の、全金融機関におけるブラックリスト登録を実行」
『緊急制裁モード、発動』
部屋のモニターに、リアルタイムで変化する情報が流れる。
【実行中】全銀行口座:凍結処理
【実行中】全クレジットカード:利用停止
【実行中】消費者金融:借入不可設定
【実行中】携帯電話契約:強制解約
【実行中】賃貸住宅契約:更新拒否登録
「そ、そんな馬鹿な!そんなことできるはずが…!」
叔父が椅子から転げ落ちるように立ち上がる。
龍之介さんは、静かに微笑んだ。
「私は、鷹司龍之介だよ。この国の金融システムを構築した男の一人だ」
その瞬間、叔父の携帯電話が「サービス停止」の音を立てて沈黙した。
「ま、待ってくれ!話し合いを!全部返すから!」
叔父が床に這いつくばって哀願する。
『お帰りはあちらの方向です』
アルフレッドが玄関を指し示す。
叔父は、惨めったらしく這うようにして応接室から逃げ出していった。
***
静寂が戻った応接室で、私はへなへなと座り込んだ。
「ごめんなさい、旦那様。私のせいで、また厄介なことに…」
涙声でそう言うと、龍之介さんが私の前にしゃがみ込んだ。
「花さん。君は何も悪くない」
彼の大きな手が、私の頭を優しく撫でる。
「君には、守るべき家族がいる。そして君を守る家族も、ここにいる。私に頼ってくれていいんだよ」
その言葉に、私の涙腺が決壊した。
「実は、君のご両親を系列の病院に移してもらうのに、少し手間取ってしまったが…無事に移動できた。これでいつでも会いに行けるよ」
「旦那様……本当に、ありがとうございます」
私には守ってくれる家族がいると実感した日だった。