表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/19

金色の無心と灰色の報い

 縁側で龍之介さんと共に過ごす午後のひととき。淹れたての煎茶の香りと、庭を渡る風が心地よく、アルフレッドの恋占い騒動も、今となってはほほえましい思い出だ。


「アルフレッドの件、君の慌てた顔が印象的だったよ」


 龍之介さんが縁側でお茶を啜りながら、穏やかに微笑む。


「ゲームキャラクターを本気で調べ上げようとするなんて、アルフレッドらしいと言えばらしいが」


 ちょうどアルフレッドがお茶のお代わりを持って現れた。


『私の分析に不備があったことを、深くお詫び申し上げます』


『ちなみに、リュウノスケ様とハナ様の本日の相性は92%です。お茶の好みが一致しているためです』


「本日の相性って……日によって違うわけ?」


 私がそう呟いた時だった。屋敷の門が開く音が響く。


 現れたのは、安っぽいレンタカー。降りてきた男を見て、私の血液が一瞬で凍りついた。


 金色のネクタイ、偽ブランドの腕時計を身につけ、薄っぺらい笑みを浮かべた叔父・達夫。


「お……叔父さん……?」


 震え声が漏れる。なぜここに。


 龍之介さんが即座に私の肩に手を置いた。


「大丈夫だ、花さん。落ち着いて」


 その低い声に、私は少しだけ落ち着きを取り戻した。



 ***



 応接室で、叔父は既に我が物顔でソファにふんぞり返っていた。


「いやあ立派なお屋敷で!さすがは鷹司大先生、格が違いますなあ」


 叔父の視線が、まるで値踏みするように室内を舐め回す。


「実は今日は、花ちゃんの結婚祝いということで参上いたしまして」


 結婚祝い? この人が? 私の胸に嫌な予感が広がる。


「と言いますのも、ちょっと事業の運転資金が足りませんでして。ちょいとばかし融資してもらえやせんかね」


 叔父は軽い調子で続ける。


「大先生ほどの御方なら、1000万くらいポンと」


「叔父さん!」


 私が慌てて制止しようとすると、叔父の顔つきが豹変した。


「何だその態度は!お前も鷹司の嫁なんだから、血の繋がった叔父を助けるのが当然だろうが!」


 あの日と同じ、恫喝めいた口調。私は反射的に身体をこわばらせる。


 龍之介さんは、ずっと穏やかに微笑んでいた。ただし、その瞳の奥に宿るのは、静かで、深い氷のような冷たさだった。


 叔父の要求がさらにエスカレートしようとした、その瞬間。


「リュウノスケ様」


 しゅるると現れたアルフレッドが、丁寧な口調で告げた。


『不審者の金銭利用履歴を解析、完了いたしました』


「ふ、不審者だと!?何を勝手な…」


 叔父が慌てふためくが、アルフレッドは容赦なく続ける。


『ユウキ タツオ。男性、43歳。直近12ヶ月の行動パターンを報告いたします』


 空中に半透明のモニターが浮かび上がり、データが次々と表示されていく。


 パチンコ店「バツハン」年間負け額:380万円

 競馬場での年間負け額:420万円

 キャバクラ「エンジェル」年間利用額:290万円


「ば、馬鹿な…そんなデータ、どこから…」


 叔父の顔が青ざめる。


『さらに。ハナ様のお父上の口座から「入院費」として200万円。実際の医療費への充当率:0%。上記遊興費への流用率:100%』


 私の心臓が止まりそうになる。父さんが必死に働いたお金を……。


『追加情報:ハナ様ご父上の事業失敗要因。タツオ氏による架空投資話と資金横領の可能性:97.3%』


「や、やめろ…そんなこと…」


 叔父がうろたえる中、龍之介さんがゆっくりと立ち上がった。


「――君は最初から、花さんの幸せなど考えていなかったんだろう?」


 その声は、まるで氷河のように静かで、絶対的だった。


「君は、誰を相手にしているか分かっているのか?」


 叔父の全身が、ガタガタと震え始める。


「アルフレッド」


『はい、リュウノスケ様』


「この人物の、全金融機関におけるブラックリスト登録を実行」


『緊急制裁モード、発動』


 部屋のモニターに、リアルタイムで変化する情報が流れる。


【実行中】全銀行口座:凍結処理

【実行中】全クレジットカード:利用停止

【実行中】消費者金融:借入不可設定

【実行中】携帯電話契約:強制解約

【実行中】賃貸住宅契約:更新拒否登録


「そ、そんな馬鹿な!そんなことできるはずが…!」


 叔父が椅子から転げ落ちるように立ち上がる。


 龍之介さんは、静かに微笑んだ。


「私は、鷹司龍之介だよ。この国の金融システムを構築した男の一人だ」


 その瞬間、叔父の携帯電話が「サービス停止」の音を立てて沈黙した。


「ま、待ってくれ!話し合いを!全部返すから!」


 叔父が床に這いつくばって哀願する。


『お帰りはあちらの方向です』


 アルフレッドが玄関を指し示す。


 叔父は、惨めったらしく這うようにして応接室から逃げ出していった。



 ***



 静寂が戻った応接室で、私はへなへなと座り込んだ。


「ごめんなさい、旦那様。私のせいで、また厄介なことに…」


 涙声でそう言うと、龍之介さんが私の前にしゃがみ込んだ。


「花さん。君は何も悪くない」


 彼の大きな手が、私の頭を優しく撫でる。


「君には、守るべき家族がいる。そして君を守る家族も、ここにいる。私に頼ってくれていいんだよ」


 その言葉に、私の涙腺が決壊した。


「実は、君のご両親を系列の病院に移してもらうのに、少し手間取ってしまったが…無事に移動できた。これでいつでも会いに行けるよ」


「旦那様……本当に、ありがとうございます」


 私には守ってくれる家族がいると実感した日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ