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小さな事件と初めての共闘

 プログラミング学習を始めて三日目。



 私は、またしても真っ赤なエラーメッセージと睨めっこしていた。



 ループ処理を使った、少し複雑なコードに挑戦している。一つでも記号が抜ければ、容赦なく画面に真っ赤なエラーメッセージが表示される。



『本日のエラー回数:23回。初心者の標準的な数値です』



 傍らで、アルフレッドは感情のない合成音声で、正確な統計を報告してくる。



「アルフレッド、もっとやる気の出る言葉ちょうだい!『標準的』って言われても全然嬉しくないよ」



 アルフレッドはそんな私を意に介さず、滑るように画面に近づくと、エラー箇所を正確に指し示した。



『こちらに、セミコロンが不足しております。前回同様のエラーです。学習効率の改善のため、反復練習を推奨します』



『ハナ様の集中力は、過去の平均と比較して20%上昇しています。このペースを維持できれば、一週間以内に初級編を完了できるでしょう』



 アルフレッドは、前回とは打って変わって、励ますように肯定的なデータばかりを提示してくる。龍之介さんが「少し感情を学んだんじゃないかな」と言っていたけれど、どこか人間らしい、気遣いのようなものが感じられて、少しだけ、くすぐったい気持ちになる。



 それでも、私の心は少しずつ折れ始めていた。



 プログラミングは、完璧な理論と完璧な正解だけが存在する世界だ。


 私は、この世界には、どうしても馴染めないのかもしれない。



 その日の午後。


 アルフレッドがピタリと動きを止め、普段は青く光る目の部分が、警告色の赤に変わる。



『リュウノスケ様。ネットワークへの不正アクセスを確認。対象は当鷹司邸のメインサーバーです』



 その声は、いつもと変わらない静かな合成音声だったが、妙な緊張感が漂っていた。



「……幼稚な手口だ。まるで、子供のいたずらのようだね」



 龍之介さんは、そう言って静かにPCの前に座った。何台ものモニターが並び、普段は穏やかな龍之介さんの表情は、ゲームをしていた時とは全く違う、鋭く、研ぎ澄まされたものになっていた。



 指先がキーボードの上を正確に動き、モニターには意味不明な文字が羅列されていく。



「ん?これは……」



 龍之介さんが首をひねる。



 アルフレッドが、再び静かに言葉を挟んだ。



『攻撃は防衛システムが排除いたしました。情報漏洩はございません。しかし、攻撃者の詳細な特定には至っておりません。ハナ様を司令室から退去させますか?』



 私の無力感を察したのだろうか。ここで、邪魔な私は出ていくべきだ。


 そう思ったのに、龍之介さんは、私に視線も向けず、かぶりを振った。



「いや、いい。花さんはここにいてくれ」



 彼の視線は、モニターに映し出された無数のコードに釘付けになっていた。



 私は、邪魔にならないように、そっと彼の隣に立つ。



 モニターに映し出されているのは、私がこれまで見てきたプログラミングのコードとは、全く違うものだった。膨大で、複雑で、まるで巨大なパズルが目の前に広がっているようだ。



 私には、その一つ一つの意味は全く分からない。



「おかしいな……あり得ない。ここを狙うのは非効率的すぎる。なぜ?」



 彼は、その不可解な攻撃の痕跡を追い続けていた。その間、食事も休憩も取らず、ただひたすらにコードと向き合い続けている。


 こんな時、プログラミングの知識があれば、彼の役に立てるのだろうか。そう思って、自分の無力さを改めて痛感した。



 でも。



 そんな無力な私を、龍之介さんはこの部屋にいることを拒まなかったのはなんでだろう。


 彼にとって、私がここにいることは、何か意味があるの?



 そんなことを考えていると、ふと、龍之介さんの指が止まった攻撃ログの記述に目が留まった。



「あの……この攻撃ログの記述、なんだか変じゃないですか?」



「変?」



 龍之介さんが顔を上げる。



「絵文字とか使ってて、なんだかSNSみたい……ほら、ここにドクロマークとか」



 私は、言葉を選びながら、モニターに映し出されたログを指さす。



「この攻撃って、効率悪いんですよね?なのにそんな方法を選んでるのって、『見て見て!』って叫んでるみたい。私の同世代にもこういう子います」



 それは、プログラミングの知識がゼロの私だからこそ、見つけられた違和感だったのかもしれない。Z世代ならではの感覚的なもの。


 龍之介さんは、私の言葉に、驚いたように目を見開いた。そして、再びモニターに視線を戻すと、険しかった表情が、次第に、納得したような、満足げなものに変わっていく。



「ああ……なるほど。そういうことか」



 彼は、椅子を私の方へ向き直すと、静かに言った。



「君のその感性は、私にはないものだ。感謝するよ、花さん」



 そして、たった今私が伝えたばかりの直感をヒントに、彼は再びキーボードを叩き始めた。すると、先ほどまで不可解だったパズルのピースが、するすると嵌っていくように、攻撃者のプロファイリングが驚くべき速さで進んでいく。



 やがて、画面に、一人の男の顔写真とプロフィールが表示された。



 成宮(なるみや) (あきら)。28歳。新進気鋭のIT企業の若き帝王。



「……彼も、私と同じ道を歩んできた人間だ。業界では名前を聞いていたが、直接会ったことはないな」



 龍之介さんが、モニターに映る若者の写真を見て、静かに呟いた。



「彼は古い権威を憎んでいるのかな?私を敵視しているんだろう。きっと、今回も、私を試したんだな」



「試す、ですか?」



「ああ。この幼稚な攻撃は、彼からの宣戦布告のようなものだ。……これから、彼は本格的に私を攻撃するのだろうね」



 龍之介さんの声は、静かだったけれど、その言葉には、確固たる決意が秘められているように感じた。



 事件が解決し、龍之介さんがふう、と息をついた。



「ありがとう、花さん。君がいなければ、解決にあと数時間はかかっただろう」



 龍之介さんは、そう言って、とても優しい笑顔を浮かべた。

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