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06 涙の理由

 私はその日、朝から体調が悪いからとメイドに伝え、自室に篭もっていた。


 こんな鬱々した気分を抱えたままで、叔父たちに対峙することは難しいと思っていた。クラウディアには重ねて誤解だと書いた手紙を出したけれど、あの剣幕だと読んでくれるかはわからない。


 とにかく、こういう事態はこれまでに一回もなかったし、どういう行動を取れば最善と言えるのか。


 そんなことを延々と考えている内に、夜まで時間が過ぎて行った。


 就寝の準備を終えた時、バルコニーに続く扉が叩く音が聞こえて、誰が来たか悟った私は扉を開けた。


 鍵を開けていたけれど、勝手に入って来るわけではないわよね。


「……こんばんは」


「こんばんは」


 扉の前に居たのは、金髪のイーサン一人だった。背が高くて凜々しい顔つきの彼は、その他の二人と違いあの時はほとんど喋らなかった。


 だから、どんな人か想像もつかなくて、少しだけ緊張してしまった。


「すみません。就寝前に。もっと早く来られれば、良かったのですが」


 すまなそうに軽く頭を下げて、イーサンは部屋へと入って来た。あの魔法を発動させれば、虹色に光ってしまうので室内でした方が良いわよねと思った。


「いいえ。気にしないで」


 私は彼に向けて、右手を差し出した。


 イーサンは別に私に会いに来たわけではなく、ただ今日の冒険の終わりを『セーブ』しに来たことは理解しているから。


 イーサンは差し出したその手をじっと見つめてから、不意に私と目を合わせた。


 ……自ら発光するかのような、不思議な若草色のイーサンの瞳。そこに浮かぶのは真摯な光で、これまでに揺らぐことはなかった。


「あの……その前に、少しだけお話をしても良いですか。不躾なことはわかっています。今ここに居ることを許されていることも、ただ俺たちの頼みを聞いてくれただけで、本来ならばあり得ないことも」


 イーサンは言葉を選ぶ慎重な口振りで、そう言った。


「え? ……ええ」


 私は手を胸の前に引き戻して、戸惑いながらも頷いた。


「レティシア、様は、どうしてあの時、泣いていたんですか。すみません。紳士的に見なかった振りをするべきかと思ったんですが……どうしても、気になってしまって。言いたくなければ、言う必要はありません」


「それは……あの」


 思わぬイーサンの言葉に、私は戸惑った。


 ここでどう言うべきか、どう反応すべきか。知り合ったばかりの彼に伝えるには、私の状況はあまりに私的過ぎるような気がして。


 その時、扉を叩く音がして、続いて大きな声が響いた。


「……レティシア? 居るんだろう?」


 ああ。ジュス叔父様だ! メイドであれば、また後にしてもらうところだけと、流石に彼を無視してしまう訳にはいかない。


 焦った私は咄嗟に身振りで、イーサンにベッドの陰に隠れるように指示をした。


 彼の大きな姿が隠れたことを確認して、深呼吸をすると、扉を開けることにした。


「……体調が悪いと聞いたが、大丈夫なのか」


「いえ。大丈夫です。何かありましたか?」


 中年と言える年齢に達したジュス叔父様は姿だけならば、亡くなったお父様によく似ている。背が高くて美形と言える男性だ。私生児ではあるけれど、兄である父との血の繋がりは疑うまでもない。


「そうか。なんでも、オルランド殿下に誘われたとか」


 私は彼の言葉を聞いて、小さくため息をついた。


 ジョス叔父様も、知っているわよね。昨日私にあった出来事は、貴族たちには面白おかしく噂が回ったはずだもの。


「ええ……お断りしました。臣下の身分で分不相応だと理解しておりますが、デビューしたばかりの私ではあまりにも、あの方には相応しくありませんので」


 実際のところは、クラウディアの気持ちを知っていたから、考える間もなく断っていた。


 落ち着いて考えれば王族からの誘いを断るなんて、臣下である貴族の身分であれば本来ならばあり得ないことだけれど、既にその場で断ってしまって居るのだから、今からはもうどうしようもない。


「そうか……お前も社交界デビューをしただろう。そろそろドナルドとの結婚を考えて欲しいんだが」


 ああ。また、この話だ。ジョス叔父様とデボラ叔母様の間には、ドナルドという息子が居て、私よりも八つ年上なのだ。


 代理人として住む叔父同様に同じ邸に住んでいるものの、私はずっとドナルドを避けていた。幼い少女の頃からいやらしい目を向けられているようで、気持ち悪かったからだ。


 執事のエリックなどが彼と二人にならないように常に気をつけていてくれなければ、邸内で襲われてしまっていたかもしれないとまで思っていた。


「……ジョス叔父様。私もまだ社交界デビューしたばかりで、出来れば色々な方とお話ししてみたいのです」


 私は話を肯定するでもなく否定するでもなく、曖昧に言って微笑んだ。


 ドナルドとの結婚なんて考えられないし絶対に嫌だけれど、まだ彼らとの関係は続くのだし、それをここで表に出してしまう訳にもいかない。


「お前は、賢い子だ……自分が進むべき正しい道をわかってくれると、信じているよ」


「……はい」


 ジョス叔父様は微笑んで私の二の腕にポンと触れ、私の部屋を出て行った。


 ジョス叔父様だって、わかっているのだ。貴族社会で悪い噂は、致命的。


 例え、結果的にオルランド様の誘いを断ったとて、これまでに仲が良かったクラウディアを正面から裏切ったとんでもない悪女だと、そう口々に噂されてしまっては。


 だって、あの時彼女が私のことを『裏切り者』と、そう呼んだから。


 そんな経緯だけを聞けば、無関係な誰かから面白がられても仕方ないと自分でも思う。けれど、その関係性の当事者であれば、笑えるはずもない。


「……あの」


 背後から声が聞こえて、私はハッとして振り向いた。


 私ったら! 物思いに耽って……部屋の中に、イーサンが居ることを忘れていた……!


 背の高い彼は所在なさげに、隠れていた場所で立ち上がっていた。


「イーサン。ごめんなさい! このところ、色々重なって起こって……考えてしまって……」


「いえ……話を聞けば、無理もありません。あ……俺も話を立ち聞きするつもりはなかったんですが、その……」


 そう言って俯いて目を伏せたので、何もかも無関係な彼に、気を使わせてしまったことに気がついた。


「いいえ。これは、イーサンは何も悪くありません。叔父様が先ほど来たのは、偶然です。どうか、気にしないで……」


 私たち二人は謝り合ってから、イーサンは首を横に振って微笑んだ。


 そして、これまで表情を動かすことのなかったイーサンの笑顔を見て、私の胸はドキンと大きく高鳴った。


「今夜は、俺も帰ります。レティシア様は、ゆっくり休んでください……また、明日の夜に来ます」


 そう言って手を差し出したので、頷いた私は手を重ねた。


 彼が小さく呪文を呟けば、辺りは虹色の光が満ちた。もし、彼らに何かがあっても『ロード』を使うことが出来れば、この時間に戻って来られる。


「おやすみなさい。レティシア様」


「おやすみなさい……イーサン」


 就寝の挨拶をしてからイーサンは一度外に出てバルコニーに出て出て行ったと思えば、もう一度扉を開けて顔を覗かせた。


「ここは、必ず鍵を閉めてください。夜は本当に、危険ですよ。この通り、誰かが忍んでここまで来ることは可能です」


「……はい」


 オブライエン侯爵邸には警備のために雇われている衛兵も数多く居るはずだけど、イーサンは彼らに見つかることなくここに居る。


 侵入者をまんまと見逃した警備の緩さを責めるべきなのか、イーサンの凄腕の冒険者としての能力の高さを讃えるべきなのか。


 複雑な気持ちになりつつ私が片手を振って返事をしたことを確認してから、彼は扉を閉めて暗い夜の中へ行ってしまった。


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