05 裏切り
『裏切り者……っ! 裏切り者……裏切り者! レティシア、私がオルランド様をお慕いしていると貴女は知っていたでしょう! それなのに……こんな! ひどいわ……』
『違うわ……! それは、誤解しているわ。クラウディア。私は、何もっ』
『何も……ですって! では、どうしてオルランド様はレティシアに真っ直ぐ近付いて来て、デートに誘ったの?! 信じられないわ。これだけの数の令嬢たちが居て、あの方がデビュー仕立てのレティシアだけに想いを寄せるなんて、おかしいじゃない……貴女から、オルランド様へ連絡をしていない限りは!』
『それは、どうしてか、理由はわからない……私も、それは驚いていて……!』
『何を白々しい! 私の気持ちを知っていながら、影でオルランド様の気を引くようなことをしていたんでしょう! ここで白々しい嘘をつくなんて。裏切り者の上に、とんでもない悪女だわ!』
『そんな! 待って。クラウディア。貴女を裏切るだなんて……考えたこともないわ。だって、私は……』
『言い訳なんて……聞きたくない! 何も、聞きたくない!! 最低よ! レティシア。二度と私に関わらないで!!』
「待って! 違うわ。誤解よ。クラウディア!」
右手を伸ばし声を上げたところで、パッと目が覚めた。いつもの、天蓋付きのベッドの中で目覚めた。
夢だった。
……いえ。違うわ。これは、夢ではないわ。
昨日、現実に起こったことが、夢で再現されたのね。私は伸ばしていた右手を引っ込めた。あの後、この手は無情にも振り払われた。
周囲からはひそひそと聞こえる、面白がるような囁き声や笑い声。
ああ。クラウディア……時間を置いて落ち着いてくれれば、私の話を聞いてくれる余地はあるかしら。
これまで見たともないような形相で、あれだけの罵声を浴びせられたことを思い出し、大きくため息をついた私は上半身を起こした。
ヘイスター王国創国の頃から王家に仕え、歴史あるオブライエン侯爵家は正当後継者の私が、まだ未成年だったり法定相続人であるけれど確たる立場を持たないことを理由に、継承権のない叔父夫婦が私の後見人として亡くなった父の代理人をしている。
つまり、今の私には、まだ何の実権もない。
けれど、社交界デビューを済ませ、どこか有力貴族の次男であったり三男であったりから求婚されて受ければ、夫を侯爵とし代理人としての権限をすべて叔父から自分へと戻す予定だった。
そこに、昨日降って湧いた不幸が、これまで不遇な立場にあった私を支えてくれてくれていた、一歳上の友人クラウディアの想い人から、デートに誘われてしまうという大悲劇だった。
怒りを隠せないクラウディアから令嬢たちが集まるお茶会で公然と裏切り者と罵られ、あれから夜が明けた今では、何があったかという噂話がまわり貴族たちに知られている頃だろう。
ブラント伯爵令嬢であるクラウディアは、幼くして両親を亡くしてしまった私に対し、とても良くしてくれていた。私も彼女を頼りにしていた。
彼が初対面と言えるあの方が何故私を誘って来たかはわからないけれど、彼女が第三王子であるオルランド様を慕っている話は、これまでに何度も数え切れないほどに聞いたことがあった。
それほど、好きな人が私をデートに誘ったので、激昂してしまったことは仕方ないわ。
「……どうしてかしら」
私本人だってオルランド様が誘ってくれたことに対し、とても不思議に思っていた。
クラウディアにああして指摘されたことに関しては、誰かにそう思われても仕方がない……と思うような事柄だったからだ。
オルランド様はヘイスター王国第三王子で、兄王子二人とは違い婚約者については定められておらず、これまでに浮いた噂はあまりなかった。
もしかしたら、彼は女性嫌いなのかもしれないという噂だって、面白がって流れたくらいだ。
私は自分で言ってしまうのもおかしな話だけれど、外見に自信がある方ではない。別に悪いとも思ってはいないけれど、特別に良いとも思ってはいない。
だから、いくらでも身分の高い美女を選り好み出来るオルランド様が、デビューしてすぐの私に一目惚れしたというのは考えがたい。そこには何かの理由があると思うのが、当然のことだろうと思う。
突然の事態に混乱したクラウディアが、自分を傷つけるとわかりつつ友人である私が彼に近付いたのではないかと、疑心暗鬼になってしまうのも仕方ない。
それを私も理解してしまっていたから、言い訳も出来ずに、普段使われていない区画にある部屋にある洋服箪笥に逃げ込み、泣いてしまっていたわけだけれど……。
ああ……そういえば、彼らのこと。
いきなり、洋服箪笥の扉を開いた冒険者たち。あの時、別れる前に夜には窓を開けておいて欲しいとお願いされただけで、邸内の私の部屋がどこかも知らないはず。
けれど、あの摩訶不思議な最高位時魔法『セーブポイント作成』の魔術書を手に入れることの出来るくらいの、Sランクにある凄い冒険者たちだもの。
彼らにしてみれば貴族の邸に侵入するくらい、簡単なことなのかもしれない。
……もし、彼らに会えていなければ、私は今頃、絶望の淵を彷徨っていたはずだ。
社交界デビューを果たし求婚者を募ろうかというところで、仲の良い友人から『裏切り者』『悪女』と罵られて人前から糾弾された。
今頃は貴族たちの中で噂は回っているだろうし、こういう時に助けてくれるはずの友人クラウディアは私の被害者だ。
私はオルランド様に対し連絡をしたり色目を使ったりをしていないけれど、それをしていないという証明をすることは出来ない。良く言われているように、何かをなかったことを証明することは出来ない。
だから……クラウディアの気持ちが落ち着くのを、今は待つしかないとわかっている。
けれど、ようやく結婚相手を見付けて叔父夫婦を追い出し、自分の人生を生きるのだと思って居たのに……長かった冬が終わる、そう思ったのに。
オルランド様の意図はわからないものの、彼だってこんなことになっているだなんて思って居ないだろう。
オルランド様も悪くないし、クラウディアも悪くない。
不可抗力と呼ぶしかない、昨日我が身に起きた悲劇を思い、私はベッドの上のまま、もう一度大きくため息をついた。