03 事情
「わ! すみません。オブライエン侯爵令嬢。名乗りもせず失礼をお詫びします。僕はヴァレリオ。ヴァレリオ・ミッチェルです」
茶色の癖毛はのばしっぱなしで眼鏡を掛け黒いローブを纏った男性は、手に持っていた巻物をくるくると片付けつつ言った。
「俺はジョセフィン・クリフォード。レティシア様。どうぞ、よろしくお願いします」
灰色の短い髪に赤い目という、この地方では珍しい色合いを持つ彼は私に片目を瞑った。彼は綺麗な顔をしていて、なんだか、軽い雰囲気的に女性の扱いに慣れているようだ。
「……イーサン・アイズナー」
金色の髪に新緑の瞳を持ち凜々しい顔付きの彼は、名乗っただけだった。残る二人が彼に何かを言いたそうにしたけれど、話を先に進めたい私が先に口を開いた。
「その……ここに、三人が居た事情ですけれど……」
そうなの。私はこれを知りたい。彼らの名前も聞いたのも、これを聞きたかったからよ。
「ええ。そのことなんですが……レティシア様には一度、目で見ていただいた方がわかりやすいと思います。もう一度、お手に触れてもよろしいですか?」
「え? ええ」
片付けた巻物を小脇に抱えたヴァレリオは、不思議に思いつつも手を差し出した私に近付いて来た。スッとした仕草で手を取り、真面目な表情で言葉を発した。
「……ロード」
先ほどのように虹色の光が走り、私は一度ぎゅっと目を閉じると、おそるおそる開けた。
信じられないことに、一瞬のうちに、視点が変わっていた。
まず、私の手を取っているのは、茶髪のヴァレリオではなく灰色髪のジョセフィンだ。そして、私は彼らへ数歩歩み寄ったはずなのに、元の位置へと戻っている。
ヴァレリオの手には、開かれた巻物があった。さっき、それは……片付けてられていたはずなのに。
「あの……これって、もしかして、時間が……巻き戻っているの……?」
今見た光景は、そうとしか考えられなかった。
そして、こうして驚いている私と同様に、先んじてこうなるとわかっているはずの彼ら三人も、とても驚いているようだけれど。
「え? ええ……失礼しました。レティシア様。僕らもこれを使うのが、初めてでして……ロードの使用時は、こういう感じになるのだと、今ここで知りまして」
眼鏡のズレを直しつつヴァレリオはそう言い、また手に持っていた巻物をくるくるとしまっていた。
「え? それって、どういう意味ですか……?」
なんだか、不思議だった。時を戻すなんて、とてつもない魔力を消費しそうなものだけど、今私の目の前に居る彼らは平然としている。
「はい。この姿を見て頂けますと、僕ら三人の職業が何であるかわかってもらえると思いますが、『SSランク冒険者』の昇級試験を受けに、このヘイスター王国までやって来ました」
「ああ……やはり、そうなのですね」
私は頷いて納得した。『ヘイスターの地下迷宮』は世界的に有名で、有名無名問わず、冒険者が集まるダンジョンなのだ。
彼ら三人は最下層に棲む魔獣を倒せば手に入る『SSランク冒険者』の称号を手に入れるために、わざわざ異国からやって来たらしい。
改めてまじまじと見てみると彼ら三人は、わかりやすく凄んでいるわけでもないのに、ただ立っているだけで周囲を圧するような覇気を感じた。
もちろん、最高位SSランク昇級に挑めるということは、既にSランク保持の凄腕冒険者パーティなのだろう。
彼らより下位にあるAランクの冒険者とて、かなりの狭き門と聞くし、彼らはより難易度の高い最高位SSランクに手が届きそうな人たちなのだ。
私が知らないだけで、とっても有名な冒険者たちなのかもしれない。
「そうなんです。そして、SSランク昇級試験は、当然のごとく、非常に難易度が高い。挑戦したパーティが命を落とすことだって、珍しくはありません。そこで僕たちは以前に偶然で奇跡的に手に入れた、この魔術書をここで使うことにしたんです」
「魔術書……?」
この説明をしてくれているヴァレリオが二度ほど片付けているのを見た、あの巻物のことだろうか?
私の疑問を肯定するかのように、ヴァレリオは巻物を持ち上げ微笑んで頷いた。
「そうです。これです。こちらの魔術書には、時魔法の中でも最上位『セーブポイント作成』魔法が書かれています。これは、発動の際にあまりにも膨大な魔力を必要とするために、いくつかの不便な制約が存在します。その中の一つが、セーブポイントは完全に無作為で選ばれてしまうという点です」
「そうなんです。そして、レティシア嬢こそが、俺たちのセーブポイントなんです」
ヴァレリオの言葉を引き継いだジョセフィンが、片目を瞑って軽い調子で言った。
「せっ……セーブポイント……? あ。さっき、セーブと言った時へ戻った、あれですね……? まあ、凄いわ。あれは、時魔法だったんですね」
彼ら三人の登場から驚くばかりだった私も、なんとなくこの状況が把握出来てきたわ。
貴重な魔術書に書かれているという、時魔法『セーブポイント作成』。
彼らは難易度の高い昇級試験『ヘイスターの地下迷宮』の最下層に住む魔獣に挑む際に、それを使うことにした。
そして、作成された『セーブポイント』は、彼らは対象を任意で選ぶことが出来ず……人であるにも関わらず私が、選ばれた……そういうことよね?
だから、彼らは物があると思って居た洋服箪笥の扉を勢い良く開けたし、その中に居た私に何かを持っていないか尋ねていたんだわ。
まさか、探している『何か』が、この私であるなんて思わずに。
「はい。どうやら、この魔術書を使ったことで作成されたセーブポイントは、レティシア様のようでして……うら若き乙女にこんなことをお願いするのもおかしな話なのですが、僕たちが昇級試験に挑んでいる間、夜に一度それまでをセーブをしに会いに行っても、よろしいでしょうか!?」
「はっ……はい」
ヴァレリオの勢いにのまれて、思わず返事をしたけれど、後からしまったとは思った。
だって、まだこうして会ったばかりで名前くらいしか知らないのに、夜に会いに来ることを許すなんて……あまりにも、軽率だったかもしれない。
……いえ。そういった邪な気持ちを持っている人たちではないと、わかってはいるけれど。
「……ありがとうございます!」
「レティシア様は、女神だよ! はーっ……これで、よっぽどのことがない限りは死なないし、何が待っていようが恐れることはない。助かるぞー!」
「……すみません。ありがとうございます」
三人三様に感激した様子を見て、私はほっと息をつき、まあ良いかと思った。
一日のどこかで……無関係な彼らと短時間でも会って話すことが、少しは気晴らしになるかもしれない。
だって、今の私は袋小路に追い込まれてしまい、為す術なんて思いつきもしないのだから。