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15 袋小路

 湯浴みを済ませて天蓋付きのベッドに横になり、夜会での出来事に興奮が醒めやらぬ自分と、これからの自分を考えれば浮かれた行動を慎むべきだと思う冷静な自分が居た。


 ……イーサンは、とても優しい。


 けれど、私は彼と恋愛を楽しんでいる場合はなかった。


 実際のところ、貴族としてオブライエン侯爵家を第一に考えるのならば、オルランド様のお誘いを受けるべきなのだ。


 王族である彼には、誰も逆らえる者は居ない。彼が一言伝えれば叔父たちはすぐに荷物を纏めて、このオブライエン侯爵邸を出ていくことになるだろう。


 そして、私の中にあるクラウディアへの友情は、すぐにでも切り捨ててしまうべきなのだ。


 だって、私には彼女を裏切ったという事実はない。


 両親を亡くして辛かった時からこれまでに彼女によくしてもらった事を思えば、誤解されて関係が切れてしまうことは悲しくはなってしまう。


 だからと言って、これからただ一人遺された自分がすべき事を決して忘れてはいけない。


 亡き父ともし、今話すことが出来るなら、きっと、私へそうしろと命じるはずだ。領地を持つ貴族であれば、感傷的な気持ちなど捨ててしまうべきなのだと。


 ああ……私が両親も健在で、ただの貴族令嬢であったなら、イーサンと恋をすることは出来ただろうか。


 大きな後ろ盾があれば、少しの火遊びなど、すぐに終われば問題ないのかもしれない。


 いずれは別れてしまう事になっても、それでも、一生忘れられないような……煌めくような思い出を、彼と作ることが出来たかもしれない。


 それはそれで……その後の人生が喪失感に満ちたものになってしまうかもしれない。


 とにかく、私はすべての条件が整った、恵まれた人たちとは違う。


 私が居なくなってしまえば、ヘイスター王国創国から長きに渡って続いた、オブライエン侯爵家は断絶してしまう。先祖代々受け継がれた何もかもを、貴族位と共に返上することになるだろう。


 それは、どうしても出来ない。自分の幸せだけを考えて、イーサンに想いを告げることなど出来ない。


 近いうちにSSランクへ昇級を果たすはずの冒険者イーサンとは、すぐ会えなくなってしまうだろう。だから、私たち二人はほんのりと好意を抱いたままの関係で、それで終わってしまって良いと考えていた。


 ……けれど、それは出来なかった。


 どんな状況にあっても自分の気持ちを律することが出来るなんて、私は自分のことをあまりにも買いかぶり過ぎていた。


 これ以上、イーサンのことを好きになってしまえば……私は一時の感情でこれまでの全てを捨ててしまうくらいに、駄目な人間になってしまうのかもしれない。


「もう……会わないように、しないと……」


 私は右手を、顔の前に翳して思った。これは、何度も何度も、イーサンに触れた手だ。


 そうだ。私の役目は危険なダンジョンに挑む、彼らの安全を確保すること。それだけだったはずなのに、優しい彼は私のことを助けてくれた。


 夜毎にああして会いに来るのが、イーサンでなくて良いなら、もう手を離さないといけない。


 そうよ。私の方から。



◇◆◇



 パーティのリーダー的な存在にあるという魔法使いヴァレリオへの手紙は、彼らが滞在している『レンガ亭』へと届けた。


 この前にジョセフィンから、彼は最近のイーサンの様子を危惧していると聞いていたからだ。私本人がイーサンではない二人のどちらかに来て欲しいと言えば、それは叶えてくれるはずだ。


 イーサンだって私の気持ちを無視するような、そんな男性ではない。会わずに接触を抑えていれば、やがてお互いの気持ちも落ち着くはずだ。


 まだ、ヴァレリオからの返事は来ていないけれど、賢い彼ならば私の今ある状況などを考えて、最善の手でイーサンに私の気持ちを伝えてくれるだろう。


 ……これが、私たち二人にとって、一番に良い道だと思う。


 私はオブライエン侯爵邸の図書室に向かうために、夕食前に廊下を歩いていた。滑らかな光沢を放つ廊下には、立派な絨毯が敷かれていて……そんな伝統ある大きな邸や、これまで永く続いた血筋を守れるのだって、私だけしか居ない。


「……レティシア」


 不意にねっとりとした低い声に背後から名前を呼ばれて、あまりの不快感に肌が粟立った。


「ドナルド」


 振り返ってそこに居たのは、ジョス叔父様の息子ドナルドだった。父と叔父と同じ……つまり、私と同じ栗色の髪に色素の薄い水色の目を持っている。


 背は高いけれど、だらしない日々の生活を示すような、小太りの身体。とても腹立たしい事に、私の父に良く似た顔。


 いつもならば、彼はこんな早い時間に邸に居ることは少ないのに……どうしたのかしら。


「レティシア……この前、男に送られて邸に帰って来たって?」


「……ええ。夜会は、そういう社交をする場所だもの。貴方だって知っているでしょう」


 私は警戒しつつ、後退りながら答えた。何せドナルドは気が短くいつ何の理由で激昂するか、わからないのだ。


 私には出来るだけ、関わらないようにするしかない方法がない。


「ふん。この前は友人とやらに裏切り者呼ばわりされて、貴族たちには遠巻きにされたと聞いたが……社交界で評判の悪くなった女に、近づく男が居るとはな」


「あの……ドナルド。私に何が言いたいの?」


 私はいつになく突っかかるような彼の言動に眉を顰めた。


 ……それに、なんだか邸内の空気がおかしい。やけに静かなのだ。いつもは忙しく働く誰かを見かけるものだけど、使用人の姿が何処にも見えない。


 まるで、邸内に私たち、二人だけのように思えて。


「おいおい。あの執事のエーリクを探しても無駄だ。オブライエン侯爵家の領地に、大事な書類を急ぎで届けに行った。それに、他の使用人たちには、一日暇を取らせてある。特別に割増をした金をやれば、皆喜んで街へと出て行ったぞ」


「……え?」


 私はドナルドの言葉の意味を、上手く理解出来なかった。幼い頃から私を守り続けてくれた執事エーリクは、この邸には居ない。それに、使用人たちにも暇を取らせたと言う。


 それは……何のために?


 にやにやと嫌な笑みを浮かべるドナルドは、私へとじりじりと距離を詰めて来た。


「何度も何度も、言わせるな。お前は俺と結婚するしかないのに、違う誰かと結ばれることが出来ると思うのか」


 まるで、性的に興奮しているかのような赤い顔に、浅くなっている呼吸。


「……っ!」


 誰もいない邸で、ドナルドが私に何をしようとしているかを悟り、持っていた本を床に落とした私は、自分の部屋へと戻るためにスカートの裾を持って走った。


 おそらくは、もう……玄関の扉も閉められて、私たちは二人で閉じ込められている。


「レティシア! それをしても、無駄なことはわかっているんだろう? お前だって、もう……社交界デビューも果たした、大人なんだから」


 私を追いかけて来る、嘲る声と大きな足音。


 いいえ。違うわ……閉じ込められたのは、私一人よ。ここでドナルドは、既成事実を作ってしまうつもりなんだわ。


 貴族令嬢は純潔を失ってしまえば、まともな家に嫁ぐことが出来なくなってしまう。クラウディアとの噂以上に、私は結婚出来る機会(チャンス)を失ってしまうのだ。


 ああ……どうして。


 まさか、彼らがここまでするだなんて、思っていなかった。


 社交界デビューしてから求婚者さえ現れれば逃れられると考えていた私が、何もかも甘かったのかもしれない。


 自分が今居る状況を真剣に考えるのなら、クラウディアの叫びなんて無視して、オルランド様に擦り寄るべきだったし、未来のないイーサンとの関係は先んじて距離を置くべきだった。


 今は過去の自分の判断を、悔いることしか出来ない。


 逃げることの出来ない、袋小路。


 そこへと追い詰められて、ようやく……身を守る術も持たない自分が、とんでもない場所で危機感も薄く生活している事に、気がついたのだから。


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