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11 物思い

「……こんばんは」


「あら」


 私は今晩も、イーサンが来るだろうと思っていた。だって、時は一度戻って足の怪我は、防げてしまったはずだから。


 けれど、私の目の前に居るのは、明るい調子のジョセフィンだった。


 『セーブ』を使えば明るい光が走ってしまうので、私は手招きをして彼を室内へと招き入れた。


「……すみません。ガッカリさせてしまいました?」


 彼の灰色髪は夜の明るい灯りの中で見ると、光を受けてキラキラときらめき銀色に見えた。彼は筋肉質でありながらひょろりと痩せていて、盗賊という職業を聞けばなるほどとうなずける。


「そんな! そんなことないわ」


「そうですか。なんだか、そんな風に思えたので……」


 揶揄うようなジョセフィンの質問に、私が慌てて手を振れば、彼は肩を竦めてから頷いた。


「その……イーサンは怪我は……大丈夫だったのよね?」


 そのはずよ。だって、昨日ヴァレリオが私の部屋にやって来たのは、彼の足の怪我を治すために一日分の時間を巻き戻す必要があったからなのだから。


「それは確かにそうなんですけど……イーサン、その怪我のことで、ヴァレリオを怒らせていまして……今夜は俺が代わりに、ここに来ました」


「……え? その、どういうこと?」


 ヴァレリオからは本人に聞いてくれと言われたし、イーサンは足を折ってしまったからとしか言わなかった。


 そういう情報からすると、イーサンがヴァレリオを怒らせてしまう要因が見つからなくて、私は戸惑ってしまった。


「イーサンは最近、なんだか心ここにあらずで……俺たちの仕事場であるダンジョンに居れば、たとえ魔物が居ない状態でも、危険なことはいくらでも起きます。弱い魔物だとしても油断をすれば、怪我をさせられてしまうということもあるってことです。その、足を怪我した時も、いつものあいつであれば、すぐに避けられたような状況なのに」


「あら……そうだったのね……」


 私はジョセフィンの話を聞いてから、何度か頷いた。


 冒険者パーティ内の仲間たちであれば、お互いの生存が自分の命の安全と直結しているので、ヴァレリオが仕事に身に入って居ないイーサンを怒ってしまうのは、仕方のないことなのかもしれない。


「俺はイーサンは、最近、恋でもしたのかと思って居ました」


「……え?」


 驚いて顔を上げた私にジョセフィンは楽しそうに微笑み、腰に両手を当てて話した。


「イーサンはあの通り性格も堅物で、女遊びは好みません。付き合いで行く娼館にも、たとえ誰かの奢りだとしても、行かないくらいなので。ですが、最近は物憂げで、考え事をしていることが多くて……これは、遅い初恋ではないかと、俺は思って居ました」


「……そう、なのね」


 私は彼の言葉を聞いて動揺したし、それについてなんと言えば良いかわからなかった。


 イーサンが、恋をしている?


 それも、最近。ジョセフィンが言いたいこと……それは。


「成人してから覚えた色恋沙汰は、際限なく溺れてしまうそうですけど、俺もなんだか、そう思ってしまいますね。特にイーサンのようなタイプは、そうなってしまうのかなと」


「イーサンは……なんて言っているの?」


「ははは。自分はいつも通りだと。いつも一緒に居る俺らに言わせるとそんな訳は、あるはずがないんですけどね……その事についてヴァレリオは何度か注意したのですが、イーサンはいつも生返事で、この前に不注意で足場が崩れて、ついには骨折を」


「まあ……その、お気の毒だわ」


 私はここでなんと言うべきなのだろう。あくまでこれは、ジョセフィンの考えている仮定の話。


 ジョセフィンが楽しげに話すイーサンの心ここにあらずな様子を、直接この目で見てもいないのだ。


「あ。まあ……すみません……いえ。俺はレティシア様を困らせるつもりはなかったんですが、三人交替で行くはずのものを一人で足繁く通うようになったので、まあ、そういうことなのかなという邪推です」


「……私、なんて言えば良いか」


 イーサンのことについて、知っている情報が限られているジョセフィンたちが、そう思ってしまうのも無理はないかもしれない。


 けれど、おそらくはイーサンは初対面の時に私が泣いていたことを、気にしてくれただけなのだ。その後も不可抗力で色々と込み入った事情を知り、助けてくれようとしただけに過ぎない。


 だから、喜ぶべきことでもないのよ。


「いや、なんだか揶揄いすぎました。困った顔をさせてしまい、すみません……なんだか、レティシア様は、普通の貴族令嬢ではないようですね。俺も何人かお会いしたことはありますが、言葉は悪いですが、皆さんもっとこう……子どもっぽいというか……」


 ジョセフィンは私がイーサンから好意を向けられているかもしれないと聞いて、単純に喜ぶだろうと思って居たらしい。


 私だって何の心配事もなければ……きっと嬉しくて彼のことを、特別に意識していたはずよ。


「私は幼い頃に、両親を亡くしていて……今はただの法定相続人なのです。だから、他の人たちのように、結婚前に恋を楽しんでいる時間はなくて……」


 若い内に恋はした方が良いとは聞くけれど、それは、時間に余裕のある人のすることだ。


 私は今の状況から抜け出すために、誰かと結婚する必要があった。それは、誰でも良いわけではない。


「……あの、すみません。レティシア様の詳しいご事情も知らず、失礼なことを」


 ジョセフィンはすまなさそうに言い、私は黙ったままで彼へ手を差し伸べた。ここに来た理由は知っているから、彼はそれを済ませる方が良いだろうと思ったのだ。


 私の意図を悟ったらしいジョセフィンは私の手を取り、一言呟くと虹色の光がふわっと室内に広がった。


 光が落ち着いた後、ジョセフィンはなんとも言えない表情でその場に佇んでいた。


 彼はきっと私を様子のおかしいイーサンのことで、揶揄うだけのつもりで悪意は特にない。


「いいえ。皆誰しも、事情はあるものと思います。私の場合は、結婚相手を見付けるだけ……ですから」


 苦笑いするしかない私を見てジョセフィンは就寝の挨拶をすると、素早く部屋を出て行った。


 彼が去ってから、雨は降り出した。


 あの時も、雨は降っていた。今はイーサンは怪我をしていない。


 そう思えば、私の役割はとても意義のあるものだと思えた。

 

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