01 捜し物
「……ここだっ!」
隠れて泣いていた洋服箪笥の扉が、いきなり開かれて、まさかそんなことが起こると思っていなかった私は両手で覆っていた顔を上げて呆然とした。
「……!」
「わ」
「女の子……?」
「っ……すみません」
窓からの逆光で影となり表情ははっきりとわからないものの、困惑している三人の男性は、こんな場所に人が居るだなんて思っても居なかったらしい。
そして、隠れていた私だって誰かが扉を開くなんて、全く思ってもいなかった。
あり得ない事態が起きて、三人はとても驚いている。彼らとは違う角度から同じ理由で、私だって驚いている。
全員の動きが固まってしまっていた。まるで、時が止まってしまっているかのようだった。
彼らの背後にはあまり使用されていない部屋独特の白い埃が舞い上がり、差し込んだ光にキラキラしている。
もしかしたら、豪華なドレスで着飾り、どこからどう見ても貴族である私が、こんな場所で泣いていたことも、彼らが驚いている一因となっているかもしれない。
あ……そうよ。いけない。余計な事情を聞かれて言葉に困ってしまう前に、ここから逃げなければ。
彼らの目的はわからないけれど、私の方は泣いている姿を誰にも見られたくなくて、ただここに隠れていただけだもの。
「あ……お恥ずかしいわ。どうか、私のことはお忘れください」
私は手の甲で目元の涙を拭き、ここに篭もる際に苦労してなんとか収納した、ドレスのたっぷりとした裾を抱えて洋服箪笥から出た。
彼ら三人はその動きに反射的に場所を開けてくれて、隙間を私は早足で逃げるように歩き出した。
彼らは私のことを探して来たわけでもないみたいだし、追い掛けてまでは付いて来ないはずよ。
本当に……驚いたわ。
まさか、置かれた家具には布を掛けられたまま、放置されているような……無数あるうちの一つ、長く使われていない城の客室へ、誰か来るだなんて。
……しかも、まるで中に何かがあると確信しているかのように、洋服箪笥を開けたわ。
ただの偶然だとは、思うけれど……なんだか、不思議よね。
天井が高く広い廊下へと出れば、ほとんどひと気もない城の東棟の端。人が多数集まる中心部から離れていて、あまり使用されていない。
だから、私はすっかり油断をしていた。こんな場所には、わざわざ誰も来ないだろうと。
けれど、よくよく考えればここは国王が住まう城中、日々働く使用人たちの人数だけでも、千を優に超えるという場所なのだ。人が来ないと思い込んだ私が、油断し過ぎていたのかもしれない。
彼ら三人が何の目的で、ここへやって来たのかはわからない。その理由が何であったのか、気にならないと言えば嘘になる。
だとしても、私の方が城の一室にある洋服箪笥の中で泣いて居ることの方が、どう考えてもおかしい。下手に関わってこちらの詳しい理由は言いたくないし、こうして彼らから逃げるしかないのだわ。
部屋から飛び出るようにして早足で歩いて、十分に距離は稼いだと思ったところで、私は立ち止まり胸に手を当ててはーっと大きく息をついた。
「……驚いたわ」
もう。本当に、驚いてしまった。
こうして落ち着いてみると、あんな寂れた場所にある客室の洋服箪笥を、ちょうど私が隠れて居る時に、誰かが開くなんて……あり得ないように思えるわ。
いえ。こうして、れっきとして現実にあったこと。けれど、可能性を考えてみれば、とてもとても低いことではないかしら。
……あまりにも驚きすぎてしまって、今日我が身に起こった悲しすぎる出来事に対しての痛みも、少々和らいでしまったわ。
隠れて泣いていたことによって起こった思いもしない効果に、苦笑いをするしかない。今日中にはここから邸へ帰らざるを得ない私にとって、それは良いことなのかもしれない。
彼ら三人には、感謝しなくては。
打ちひしがれた悲しみに心が囚われ、流れる涙を止められないまま、ぐちゃぐちゃなみっともない顔で、多くのひと目がある城中を歩いて帰るわけにもいかない。
一人だけ遺された私が先祖代々の家族の名前を、汚してしまうわけにはいかない。
なにもかも、すべてが、思い通り上手くいかなくても。たとえ、避けられない不運が重なったとしても。
「あ!」
「さっきの……!」
「やっぱり! 彼女と、座標一致してる。この人で、合ってたんだよ!」
……え?
歩いていた私は背後から聞き覚えのある声が聞こえて、もしかしてとおそるおそる振り返れば、そこには先ほど私が身を隠していた洋服箪笥を勢いよく開いた、あの男性たちが居た。
一人は開いた巻物と私を何度か見比べて、間違いはないかを確認しているようだ。
なっ……何? もしかして、私を追い掛けて来たの……?