異界
「っ…!?」
グリードの腹から鬼の手が出てくる。
さっき殺したはずの…ラスキーシュの手。
「なん…で…?」
コイツは親を殺した。本来なら俺が殺すはずだった。でもなぜだろうか、すごく悲しくて…ムカつく。
コイツ自身にも、俺にも、ラスキーシュにも。
この世の全てが憎らしい。
「なんでか…って…?」
ラスキーシュはグリードの腹から手を抜く。
血が、肉が垂れる。
とてつもない悪。俺は、未だかつて本気で悪人を裁くなどと思ったことはなかった。だが…。
…コイツだけは別。そう思わざるを得ない。
「帝、人…俺は鬼の再生力でこれぐらいならまだ生きれる、だから…コイツを殺せ…!」
…殺す。
本気で誰かを殺したいと思ったのは初めてだ。
「…殺す。ラスキーシュ。殺す…。」
殺すことで頭がいっぱいになる。…さっきのような頭の良い戦い方はできない。
「そんな脳筋で戦えるのはグリードが馬鹿力だからだよ、半人半鬼じゃ相手にならない。」
それは…どうかな。さっきじゃ勘ぐって出せなかった火力もスピードも出る。最高出力でぶん殴る。
「くっ…!」
というか、さっきは確実に殺したと思ったのに、なぜコイツは生きている。
「ひとつ、聞いていいか。」
「なぁに?つまんないことだったら殺すよ。」
「なぜ…生きている。さっきは確実に殺した。」
手応えもあった、死の匂いもした。なのに、なぜ。
「あぁ…そうかもね。だけど…一度死んで生き返ったとしたら?まぁ…。生き返ったというよりは再生だけどね」
身体を見れば、あれほどの爆撃を受けたというのに焦げ目一つなかった。
「再生…?」
「そうだよ。今の僕はほぼ不死身。君に僕が殺せるかな?」
不死身…?そんなのが、あり得ていいわけがない。
グリードが動けるなら逃げるのも手だ。だが…。
ん?なんだろう、グリードが手招きしている。
「おい…帝人。俺を連れて祠に行け。お前はもうただの人じゃない、異界にも行けるだろう。」
グリードは俺にそう耳打ちした。
「だが…現実的に考えたら、俺よりでかいお前を担いで、さらにあんな化物から逃げながら知りもしない祠へ向かうなんてできっこないだろ!」
「そうしないとお前も俺も死ぬ。こっちは腹に穴空いてんだぞ。」
「あぁ〜…もう!祠ってのはどこにあるんだ!?」
「俺が案内する。担げ。」
なんなんだよっ…!
俺は自分よりもデカいグリードを担ぎ、全速力で疾走る。あんな化物から逃げるならこれぐらいの速度じゃないと追いつかれる。
だがそれも長くは持たない。せめてここからの距離ぐらい教えてくれないものか。
「どこへいくのさ!敵前逃亡するつもり!?」
後ろから煽りながら凄い速度で追ってくるが、俺はそれを振り払って先へ先へと進む。
半人半鬼になっていなかったら間違いなく捕まっていた。
「次を右。その次左。そこに墓地があるからそこに行け。」
ああもう…!墓地にその祠ってのがあるのか…?
「はぁ、はぁ…ついたぞ。」
「あぁ…。ここだ。これが祠。時間がない。急ぐぞ。」
その次の瞬間、目の前が光に包まれた。
「ん…ここは…。」
ここが異界だろう。そこは想像以上に暗かった。
周囲に灯台が複数連なってはいるものの、最低限見える程度のほの暗い明かりだけで太陽のような眩しい光源はない。
「…ここが異界だ。行くぞ。」
ただ、あんな規格外の化物をどう口頭で説明すれば良いのか…。俺にはわからない。
「あ、グリード…腹が…」
グリードの腹の傷が完全に癒えていた。
異界の方が色々と良いみたいだ。
「貴様…!おい貴様ッ…グリード!何年ぶりにこっちにきた!大逆罪で処してもいいんだぞ!」
「ま、まあそう怒りなさんなって閻魔様…。」
これが…閻魔。
「それにそっちのはなんだ?まさか地上から連れてきたなんて言わないだろうな?」
「そのまさか…。地上から連れてきました。だが、コイツは半人半鬼。ただの人間ではありません。」
「半人半鬼…はぁ、話したいことがある。一度王宮に来い。」
王宮…。ここは見る限り和の雰囲気が強い。王宮と言っても洋風というよりは和風だろう。
「王宮は…俺が元々働いていた場所だ。」
そういえば過去を明かしてくれた時にさらっと言っていたがこんな異界でも仕事はあるんだな。一体どんな仕事をするんだ?
長年自堕落な鬼を見てきた身としてはコイツが位の高い鬼だと言うのが理解できない。
「仕事って何をするんだ?」
「仕事は…。主に死んだ魂の回収だな。たまに誰かがサボるとその魂は現世で彷徨い続け時間が経つと霊になる。あと、死後の魂は2つに分かれる。すぐに洗浄して良い魂と、そうでない魂だ。」
「そうでない魂?」
「あぁ。そこの判断は閻魔様がしてくれる。そうでない魂に分類された者は…。10年間散々痛めつけられた後に洗浄して地上へ返す。」
痛めつける…。地獄とかそういう類のものか。
「ちなみに…。魂が霊になったり他の魂に割り込んだりすると、俺らは手出し無用、なにもできない。純粋なただの魂ではなくなってしまうから。」
「そう…か。」
純粋な魂とは、なんなんだろう。
「母さんの魂は…ないのか…?」
誰かがサボっててくれたら…幽霊となっているのではと、そんな軽い考え方になってしまう。
「まあまずないだろうな。俺ら鬼は幽霊や魂が見える。もし地上に留まっていたとしても現れるのはお前の近くだろう。なのに見たことがないのは…そういうことだ。」
…すでに魂は洗浄されて別の命に生まれ変わっている、ということだ。
「お、もう着くぞ」
どうやらその王宮につくらしい。
予想通り、王宮は日本らしい感じで、目の前に鬼などが通ることを想定されたであろう大きな門が待ち受けていた。
「閻魔様。」
そう言って、門をコンココンと独特なリズムで3回叩く。すると門が開いた。これは…どういう仕組みなのだろう。振動を検知…?いや、音…?音も振動なんだからやっぱりそこらへんな気がする。だが詳しい事はわからない。流石は異界だ。
「失礼します。」
ここに来て驚いたのは、その閻魔様という人に対してだけはちゃんと敬語を使い礼儀正しくしているところ。今も門を跨ぐ前に「失礼します」といい深々と頭を下げてから跨いだ。グリードがそうするとは…。いや、今までのイメージはあくまでアイツが演じていた”恐い鬼”に過ぎない。もしかしたら素は大人しいのかもしれない。そんな思考をぐるぐると続けながら、俺もグリードに倣い頭を下げてから門を跨ぐ。
「閻魔様。それで話とは?」
グリードは片膝をついて閻魔様の前に跪く。
俺はどうかというと、グリードのように跪いた方がいいのかそのままでいいのかわからず考えた結果棒立ちが一番だと考えた。
礼儀正しすぎていつものグリードではないんじゃないかと疑ってしまう。
「半人半鬼ってのが気になった。まさか子供でもつくったんじゃないだろうな。」
「前に融合の話を致しましたが…。彼は俺の血肉の一部を食べ、俺と融合しました。」
空気が張り詰めていて、重い。
「…ほう。それで、なぜわざわざ異界に来た。ただ報告しに来たって訳でもないだろ。」
「…はい。ラスキーシュの件で。」
「ラスキーシュか。アイツは随分と前に追放したはずだが。」
たしかに…俺もその理由は聞いていなかった。
「それが…奴は、あの時追放されたのは分身で、自分はずっと地上にいる、と証言しました。…それに、ラスキーシュは他のサトリなどの妖怪を喰べ、吸収し、その能力を自分のものとしています。もし仮に俺が奴に噛まれでもしていたらアイツは手がつけられなくなっていたはず。」
あの再生能力は一体なんの妖怪のものなのだろう…。
(グリード、奴は俺と戦ってる時に再生だと言っていた。なにか心当たりはないか。)
融合することによる利の一つ。テレパシーが可能になる。魂で結ばれているため、互いがそこにいると認識していればどんなに離れていても可能だ。
だがどんな思考でも読み取られるということでもなく、相手に送ろうとして送った言葉が届くだけ。今こうして考えてることが筒抜けなわけではない。
(ふむ…再生か。思い当たるのはゾンビや吸血鬼だが…。お前はあの時心臓などあらゆる臓器にナイフを刺した。それにあのナイフは銀製。もし吸血鬼なら死んでいてもおかしくはない。脳はやったか?)
(脳…やった記憶がないな。心臓やその他臓器はやったが…脳は頭蓋骨が固くて断念した)
(なら、ゾンビの可能性が高いな。他は不死鳥とかの可能性もありうるか…。)
異界には想像以上に再生能力を持つ妖怪などが多い様だ。
「奴は脅威の再生能力をも有していました。
…そのため、先程交戦した際に殺しきることができずこうして助力を求めに来ました。」
「待て…まず、私の眼を分身ごときで欺けるわけないだろう。それに他の妖怪を喰うとは…。流石のラスキーシュも…。」
「俺もそう思いましたが…。そこにいるのは間違いなくラスキーシュ本人だった。この俺が言うのです、信憑性はあるでしょう。」
長年、相棒としてやっていたらしいグリードが言うなら本人なのだろう。
「私の眼を誤魔化す分身…。どうやったんだろうな。暴きたくなる。それに、異界の長として地上の法則を壊しそうな行為を見逃す訳にもいくまい。助力…。直接俺が出れば問題ない。異論はないな?」
「はっ」
さっきまでの雰囲気とは一変した。
まるで別人だ。纏う雰囲気がまるで違う。
先程は静かな力。落ち着いているからこその強者感。だが今感じるのはただの戦闘狂のそれ。
「あと、帝人には教えてなかったな、この方が現異界の長…ロード。俺らは閻魔様と読んでいる。」
ロード。長に相応しい名だ。
「どうも。俺は帝人です。閻魔様。」
俺は閻魔様に向かって手を差し出す。
「あぁ。グリードと融合した人間…か。ラスキーシュと戦ったのか?」
握り返された。閻魔様は大分華奢に見えたが腕力はあるようだ。
「…えぇ。勝てはしませんでした。ちなみに…ラスキーシュが俺に覚醒はしていないのかと聞かれたのですが…どういう意味かわかりますか…?」
融合のことではなかった。となると覚醒とは一体なんなのだ。
「俺は知らん。わかるか、グリード。」
「…融合以上のものがあるというのは…わかっていたが…。理論上は可能だ。だが…魂が保たない。そもそも半人半鬼になるのでさえ魂の負荷が大きいのに、完全に鬼に近づこうものなら魂が砕ける。」
…魂が砕ける。なんて怖い言葉なんだ。
「現にお前の魂は元から歪んでいるのにさらに歪みが強くなっている。」
なら、これ以上の力は望めない。あとは、個人の技量の領域か。
「ちんたらしてるとおいてくぞ!早く来い!」
そう急かさなくても良いだろうに。
俺達は再び祠の前に立つ。
行きと同じような眩しい光。ただ周りが暗いせいで余計明るく感じる。目がやられそうだ。
「ラスキーシュの奴はどこだぁ?」
やはり、別人のようだ。グリードならなにか知っているかもしれない。
(グリード、あの閻魔様の豹変ぶりはなんなんだ)
(あぁ…。あの人はいつもああなんだ。通常は落ち着いているが極度の戦闘狂でバトル前にはあんな感じで豹変する。なんでそうなるかは知らん。魂が歪んでる感じもしない。)
本当にただの戦闘狂…ってことなのか…?
俺みたいに魂が歪んでるなら納得はできたが…。わからないことだらけだ。
グリードが礼儀正しく接する相手…。
閻魔様は、一体どれほどの強さなんだ…?




