奴ら
「...え?」
彼女の混乱を他所に、話を続ける。
「元々、とある場所に...俺の父親がいるはずだった。そこに、愛王さんと共に行ったんだ。だが...。父親なんていなかった。それどころか、奴らしか居なかった。一度はそれで引いたから別行動を取ったら...その間に、だ。すまない。」
「そん、な....父、様...。」
彼女が混乱するのも無理はない。なんて声をかけたらいいかわからず、部屋を後にした。
「はぁ...。」
「やけに大きいため息だね。幸せが逃げちゃうよ?」
桃香がそう声をかけてきた。
「桃香が近くにいてくれりゃ大丈夫だ。幸せは逃げない。」
桃香がいることで、俺は安定している。過去の俺なんてとても見ていられない。この世のすべてを見限って、なんのために生きているのかもわからない状態だった。だが...桃香との出会いで、本当に変われた気がする。感謝してもしきれない。
「...そう。...あのさ、お父さんってどんな人?」
「...さあ、俺にもわからん。会ったことはない。少なくとも、記憶があるうちは。」
俺がそう答えると、桃香は『しまった』といった様子で目をそらした。
「まあ、生きていればそのうち会えるさ。」
「...うん。」
本来、両親を亡くした子の前で放つ言葉ではないのだろうが...。
しばらくした後、家に帰ってきた...のだが。
「なんで愛王までついてくるんだ。四人でもうパンパンなんだが。」
「あら。両親がいない年端もいかない女の子をあんな場所に置き去りにするつもり?」
たしかにそれもそうなんだが...愛王にグリードを見せると色々ややこしいことになりそうなんだよな...。説明するのもめんどくさいし...。
「愛王。家に入る前に一つ忠告をしておく。」
「...何よ。」
コイツはやろうと思えば、グリードやクロノスは勿論、桃香や俺まで国の上層部に実験体として売り渡すなんて余裕でできてしまう。
「...この家では、驚くことが沢山あると思う。この家で知った全てのことは、自分の胸の内に留めてくれ。もし口外するようなことがあるなら...俺は、恐らく...。」
殺してしまう。
「...わかったわ。国の上層部に通じてる家で育ったのだから、情報の扱いには長けてるわよ。一体何があるっていうの?」
「...見ればわかる。さ、入ってくれ。」
愛王に促し、家へ招き入れる。
「やけに天井が高い...?」
「それは...ここに住んでる奴のせいだな。グリードさえいなけりゃ普通の家でいいんだが。」
丁度リビングでグリードが待っている。
「ッ....!」
愛王の視界にグリードが映ったようで、見るからに動揺を見せる。
「この...この生き物は...鬼...?」
好奇心か、動物としての本能か。愛王は怯えながらもグリードから目を逸らすことはなかった。本来、これが普通の反応。何事もなかったかのように日常に取り入れられてしまう桃香のほうが異常。
「鬼が...こんな..。なぜ...。」
「大丈夫だ、安心しろ。なにもしない。...!なあ、帝人...?」
あ、やべ。キレた。
..?
グリードが指差したのはグリード自身のものだ。それがどういうことかというと...。
「この前もいったよなぁ....。脱いだもんはちゃんと片付けろ適当に投げるなアホが!!」
「ちょっ、待てって。客人の前なんだが!?客人の前で俺らレベルの喧嘩見せつける気か!?」
拳を握りしめて目前に迫るグリードを必死になだめる。このまま軽い喧嘩をして場を和ますのがグリードの魂胆だな?
「そうやってなにかといつも言い逃れするからいつまで経っても治んねえんだよ今やれ!」
「ぐがぁッッ!!ってぇ!!やったな!?」
腹に一撃喰らわされ、壁にうちつけられる。いってぇなあ...。芝居でこんな威力でやられてたまるかよ...。
「仕返しだッ!!」
若干の怒りを乗せ、肘を硬化して思いっきり喰らわせる。
「やったな...?」
「いい加減にせんか!!」
グリードがもう一発やろうとしたところを、クロノスが静止した。
「この壁治すのもわしなんじゃぞ。せめて外でやれ。それに、客の前で喧嘩なんていう惨めなところを見せるでないわ。次からは自分らで治してもらってもいいんじゃが?」
「ま、まあ..。」
桃香が宥めるも、クロノスの顔色は変わらない。
「...悪かった。」「...悪かったな。」
いつも喧嘩すると壊れた壁の時間を巻き戻して元の状態に戻してくれる。そして、クロノスは愛王の元へ歩いていく。
「はぁ...本当騒がしい家で悪いのう。怪我はないか?この程度の喧嘩は割としょっちゅうだから..大目に見てくれると助かる。」
クロノスがそう語りかけると、彼女は笑って答えた。
「いえ、まあ...ふふっ、むしろ、ありがとうございます。鬼という存在に怯えきった私に家庭的な一面を見せることで安心させようとしたんでしょう。」
すると、グリードは少し照れくさそうに目を逸した。
「...ったく、うっせぇなあ。俺は鬼だぞ。そんな気遣いなんざ...。」
「いいえ。貴方には意志がある。いくら鬼でも気遣いという概念が全くないということではないはず。...そうよね?」
愛王がそういってこっちを見るものだから、俺は茶化しながら答えた。
「はっ、初対面の愛王に全部見透かされてるみたいだな、グリード。」
「じゃが、普段からこんな喧嘩ばっかじゃぞ?名前書き忘れたものを勝手に食われたーとか言って殴り合ったり...。」
それは事実。クロノスはこの一件を本当にただの喧嘩だと思ってるようだ。
「鬼だったら人間だけ喰ってれば良いものを人間の嗜好品まで食べるからだ。」
という言葉を発してから気付いた。せっかく和ました雰囲気を俺がぶっ壊してしまったことに。
「鬼は...人間を食べるんですの?」
その怯え混じりの問いに、グリードが答えた。
「他にも色んな妖怪などがいるが...。異界にいる間は空腹を感じない。地上にいる限り...俺らは人間を食さなければ死ぬ。安心しろ、クロノスは神だから、そもそも食を必要としない。」
「今...なんと?」
あぁ...。グリード、やったな。愛王はクロノスが神だということを知らない。芋づる式に秘密がバレていく。
「気にせんで良い...というのは通じんか。しょうがない。改めて自己紹介する必要がありそうじゃな。」
すると、クロノスは一歩、愛王に近付いた。
「わしは悠刻神クロノス。この世の時を司る神じゃ。自由に時を巻き戻したりできる。少しだが未来も読める。」
「神...?私と変わらない、どころか年下にも見えるのに...?」
「隠していて悪かったな。さっきも言った通り神はなにも飲まず食わずでも生きられる。人間は食べぬ。」
すると、愛王は納得といった様子でクロノスを見た。
「通りであんな強いわけね。...神なら、あの吸血鬼のことも知ってたんじゃないかしら。」
「はは。なかなかに鋭いのう。そうじゃ。デセス・ヴェニアルとわしは人間との共生を夢見る同志じゃった。...もうあやつはこの世界にはおらぬが...あやつの遺志はわしが引き継いだ。いつか...わしのような神でなくても人間と共に生きられる世界を...そしていつか異界を無くせたら...なんて、そんな実現するはずもない夢を見ている。本当、歳を取ると干渉的になってしょうがないの。」
デセス・ヴェニアルは...種族の壁の前に敗れた。人間が大好きで、同時に大嫌いな...。悲劇の経験者。クロノスがそんな夢を抱くのも当然というもの。自虐のように語ったクロノスに、愛王は声をかけた。
「たしかに実現は難しいと思うけど...。素晴らしい考えでなくて?なにせ、貴方の生は長いでしょう?その生、存分に使わなくては勿体無いでしょう。」
その愛王の言葉に、クロノスは呆気に取られたような顔をしている。
「凰や...あやつの分まで...わしが..,?」
「ええ。もっと妖怪にあってみたいから、できれば私が生きてる間に頼むわね?」
愛王の言葉は、クロノスに衝撃を与えたようだ。
「お主には...いつか礼をする。何百何千年と無駄な時間を過ごし思考を諦めたわしの脳をお主が目覚めさせた。わしには....もっとできることができるはずじゃ。」
もしかして...と思った俺の問いには、すぐ答えが返ってきた。
「勿論、具体的になにをどうしていくかの目処が立つまでは高校に通うぞ。祠を建てたあとの人間の話はわしも知らぬし...なにより、今しかない生活を噛み締めたい。」
逆にいうと、目処が立てばどこかに行ってしまうということ。また、俺の日常からなにかが消えるのか。...と思った気もしたが...。それがクロノスの考えた末の行動ならそれを制限するのは違う。自分の中で何度も反芻する。自分に言い聞かせるように。
「...そうか。ていうか、愛王はこれからどうするんだ?ずっとここにいるのも違うだろ?」
「えぇ、そうね。家のごたごたもあるし....お父様もいないし...。」
俺はグリードに語りかけた。
(攫われた愛王さんはコイツの父親だ。余裕があればで構わないが...一応あの付近の海中になにかないか調べられないか?)
(しょうがないやつだな。一応できるだけやってみるとしよう。)
「帰るなら、送っていくが?」
「いいえ、結構。私にはやらなければいけないことがあるの。」
一瞬、「なにを」と聞きかけたが、深く踏み入るのも違うかと身を引いた。
「そうか。...心の整理はついたか?」
「...えぇ。おかげさまでね。勿論、最初に言った通りここで見たこと、知ったことは口外しないわ。」
俺も随分と過酷な人生だったと思うが...もしかしたら、あっちの方がロクな人生じゃないのかもしれないな。
「そういえば、これなんじゃ?」
そういってクロノスが指さしたのは、再来週の能力競技祭の日程だった。




