終わりの始まり
俺は昔から母親っ子だった。
俺に鬼が住み着いたのは…いつだったか。小学…?中学…?
いつものように起きて母さんのもとへ行こうとした。
「母さん!母…さん…?」
そこにいたのは血塗れの母さん。
「…魂の形が…お前…。」
「何言って…?」
「コイツは俺が喰った」
なんで、なんで。
「なんで…?」
「なんで、か。腹が減ったから、だな。お前は喰わずにいてやろう」
意味がわからない。誰でもいい、助けてくれ。
「助け…か。」
泣き叫んで、助けを求めた。でも、本当に助けなんてなかった。その先にあったのは地獄。
生地獄。俺みたいな奴を少しでも減らす為に、人殺しをした奴を、悪を殺す。そしてそれが俺の悪の元凶の糧になる。自分でも馬鹿馬鹿しいと思う。でもそうしないと自我も失ってしまうから。
そして俺は魂に住み着く鬼の追い払い方を知りたいから、こんな高校に来たんだ。知識が欲しいのもそう。でも、いくら強くなろうと俺の力はコイツのモノ。それに人間がいくら頑張ってもオリジナルの鬼には勝てない。だから、魂から鬼を追い出すことができれば、と思った。俺はこの鬼に飼い殺されてるこんな現実を変えたい。そんな想いを胸に秘め、登校するのだった。
今日も学校に来た。微かな希望を叶えるために。
「先生、少し話せますか。」
昔のことを思い出していると辛くて。
でもどんな話を人にしたかとかは鬼も全て聞いている。
「いいですよ、そっちから話そうなんて、珍しいですね」
俺が人に相談なんてしようとしたら、きっと。
俺達は本来進路相談の為の部屋に来た。
他の部屋よりは多少防音が効く。
「少し、吐き出す相手が欲しくて。先生は、魂に怪異が住み着くことを知っていますか。」
「住み着く?怪異が?」
先生は元々研究者でもあったため訝しげではあるが、興味津々といった様子だ。
「…はい。」
「そんなまさか。いや、しかし…。大体、鬼がここにいるなんて…。」
俺は若干の違和感を覚えた。明確になにがおかしいかはわからないが、なにかが変、そう感じる。
『ああ、いるとも。ここにな。まあ驚くのも無理はないだろうな。基本異界の奴らはここには来れねえからよお。』
「もしかして、これ…が…?」
「…はい。これが俺の魂に巣食う鬼。」
そして…俺の親の敵。
「実物を初めてみた…。さらに言葉を交わせるだなんて…。なんておぞましい姿なんだ…形容するのも憚られる…。」
最初に見た時は、コイツの容姿なんか目にも入らず、母親にしか目が行かなかったが…。改めて見てみれば、片方にだけついたでかいツノ、隆々した筋肉、でかい図体。怖さに拍車をかける細い目。子供が見れば泣き出すような容姿だ。
『はは、そうかもなぁ。人間からすりゃコイツみたいな力を持ってるだけで十分畏怖の対象。俺みたいな野郎だったら尚更だろうな。』
「普段はこの鬼はどこに…?」
『普段はコイツの体内で大人しくしてるけどな、基本は気分だが、飯の時とかはこうして出てくるんだ』
「飯…?鬼の主食は…たしか、人だったような気が…。」
『おぉ、よく知ってるな。人の肉体とその魂。異界じゃ空腹なんてもんも知らなかったが、ここに来た途端空腹に襲われた時はそこらへんにいた奴を喰ったもんだ』
やっぱり自分で喰えるんじゃないか。なんでわざわざ俺にやらせるんだ…。
「じゃあ、普段ナイトをするのは…。ですが、一人でご飯が確保できるならナイトの活動は必要ないのでは?」
本当だ。俺はせいぜい殺すなら、で犯罪者を選んでいるだけであって別に自ら殺人に手を染めているわけでは…。
『あぁ…話しすぎるのも良くないんだが…。実は俺はあんまりここにいちゃいけねぇんだよ。だが、人の魂に住んで自分の魂を薄めたら絶賛俺は行方不明扱いだ。だがとりついてる時は自分に肉体がないもんでな…肉弾戦メインの俺には殺せないからコイツに殺させてるんだ。』
「なるほどなるほど…。つまり他にこの世界にオリジナルは居ないと?」
『まあまず居ねぇだろうな。』
「異界とやらに人間が行くことはできるのか!?」
先生は人の…人じゃないけど…。鬼の顔色を伺うというのができないのか、コイツが苛立ってることに気付かずに質問をし続ける。
『オイ…帝人。こんな奴からはとっとと離れろ。乗っとって殺してやってもいいんだぞ。』
ほらぁ、あんまりにも質問責めにするから。
「やめてくれ。たしかに今のは先生が悪いかもしれないが…!」
コイツの「乗っ取る」という発言は俺にとってただの「殺す」より憎く、そしておぞましい言葉だった。
そのたった一言だけで、周りとの関係が壊れてしまう、最悪の言葉。まさしく災厄。
『やめてほしいんだったらこんな奴から早く離れることだな。うるさくてかなわねぇ。』
「わかった。わかったから。」
『おい…俺を宥められると思ったら大間違いだぞ。それで本当に収まったことあったか?』
「ないけど…!悪かった!俺が悪かったからやめてくれ...。頼むから…!」
『はぁ、しゃあねぇ…。コイツと話すのも疲れるし戻るか。』
はぁ…。心臓に悪い…。
「なんか、すみません」
まあこれで乗っ取られていたとしても犠牲は多分先生だけだったから自業自得で収まるけど…。
「すみません…先生に深く関わるのはやめます。このままじゃ…。」
今回に至っては本当にただ鬱陶しかっただけだろうが。
「今回はたしかに私がはっちゃけすぎましたが…。でも、いくらでも話し相手にならなれますから。」
「いや…俺に肩入れはしすぎない方がいいのは事実だ。俺が先生を大事だと認識すればするほど危険になる。いつか、あの鬼に殺される。」
「そん、な…。前例があるんですか?」
「まあ。あります。」
昔の友達は、全員死んだ。アイツに…殺された。
いや、違う殺させられた。意識を乗っ取られて、その間にアイツが俺の友達を殺した。そしてその後俺は友達の死体の前で目が覚めた。泣き叫んだ。なにもできなかった。
その後、友達の親に「なんであんただけが生きてるんだ」「お前がやったんじゃないのか」「バケモノめ」
散々な罵声を浴びせられ、逃げるようにその町を出た。
その出来事を軽く先生に話した。
「そんな…ことが…。それでも、構いません。教師の仕事は生徒を支えること。それができない教師なんて教師失格。」
「それでもです。それこそ、俺はこれ以上大切なモノを失えば精神が壊れる。俺は怖い。大切なモノを失うのが。持つから、失う。持たなければ、独りでいれば、なにも失うものはない。だから、独りでいさせてください。すみません、では。」
俺はなんでこんなにも…意気地なしなんだろう。
差し伸べられた手も、取れない。
自分から手を伸ばすこともできない。
したくない。逃げている。
情けない。
「いつでも待ってますから。」
また今日が終わった。一日をまた浪費する。
『今日は飯なしか?』
「やるから安心しろ」
『そうかそうか、流石だな。』
コイツに飼い殺されて、今日もまた殺人を犯して、もう誰か殺してくれないか。
死の臭い…。ちょっと遠いけど、行くか。
なんだ、自殺か…。
『自殺の魂は不味いって言ったよな』
「運が悪かっただけだ。」
毎夜毎夜、死の臭いがする。どこかで。
「今度は他殺だ、よかった。」
…?犯人はどこに…。あれ…意識、が…。なんで…機嫌…悪くなかったのに…。
「なんでお前がこんなところにいるんだ?」
コイツの身体を乗っ取るとコイツの身体や精神にかかる負荷が重くなるからな、できるのはせいぜい1時間。1時間の間にコイツを追い返す。俺でもコイツを殺せる自信はない。チッ…今日は飯抜きか。
「なんで、か…。君が面白そうな玩具を持っているからだよ。ほら、その身体」
「コイツに手を出そうってか。流石に勘弁願いたいな。それに、なんだってこんなところに追放者サマがいるんだ?」
コイツは絶対渡さない。…何があっても、渡してはならない。世界に悪影響を及ぼす。
「どうでもいいからさぁ…ねぇ、久々にやろうよ、グリード〜…相棒でしょ?」
「元な。やんねぇ。この完全じゃない身体でお前とやりあえばコイツが保たねぇ。俺は別にコイツのこと嫌いじゃねぇしな」
むしろ嫌いだったらこんな長くいねぇし守ってもやらねぇよ。
ッ…!?早速仕掛けてきやがったな。コイツの鞭は相変わらず物騒だ。
横に振られた鞭をバク宙で躱す。
「今日はお前とやりあうつもりはねぇ。見逃したりは…してくれねぇかッ…!」
もうコイツと話し合いは無理そうだな。
コイツから逃げ切れるか…?
本気を出せばこの身体が保たない、だが本気を出さなきゃコイツにやられるッ…どうするか…。
この間にも鞭は振られ続け、タイムリミットは近付いてくる。
「ねぇねぇ…逃げてないでさぁッ…!!!」
「だからやる気ねぇっつってんだろうが!!」
よし、まずは一発。コイツの頬にカマしたのはいつぶりだったか。
「効かないなぁ」
ッ…!コイツッ…だめだ、勝てない。やっぱりやりあうのは危険だ…。クッソ…。せめてこの身体でなければ…。あそこの死体の魂は喰われてるし…それにそこらへんの身体を乗っ取るのは危険すぎる…。
「考え事してたら死んじゃうよ?」
いッ…!
「あぁもうッ…!!めんどくせぇッ…!!」
こうなったら…逃げるッッ!!俺ともあろう者が敵前逃亡はいただけないが戦略的撤退だ。
10秒。10秒でコイツを振り切る。
1…。クソッ…鞭が…あとで治療しといてやんねぇとな。
2…。後ろッ…!?クッソ、これじゃ…。
3…。4…。
あとちょっとで準備は整う。
5…。6…。
…10。
「グリード…!なんで、その万全じゃない状態でそれを…!」
俺の五大奥義の一つ。「闇」。
周囲にいる奴を1キロ以上ふっとばす、戦略的撤退する時に大いに役立つ技だ。
あれ…家?
「なんで家に…?」
それに、すごく気持ち悪い…。なにがどうなってるんだ…。
『あぁ、急に乗っ取って悪かったな。これはお前にも関わることだ、話しておかないとな。』
コイツ…謝罪を知っていたのか…。
『おいお前今失礼なこと思っただろ。』
「さあ」
そんなことよりも。
「なにがあったっていうんだ...?」
『ああ、今から話してやる。さっき起きてた事態と、俺の過去をな。』




