鍛冶に生きるチョロイ男
ごつごつとした山道を、一歩ずつ登っていく。
空気は薄く、乾いている。風が吹けば、砂埃が舞い上がり視界を曇らせた。
「この先の山の奥に、ドワーフたちの集落があるらしいです。大きな炭鉱もあるとか……」
隣を歩くテレジアが、息を少し弾ませながらそう説明してくれる。
この辺りは国境に近く、王国の法も緩やかになる地域だ。種族間の事情もあって、ドワーフたちは山の中に独自の自治を認められている。いわば、半ば“独立国家”のようなものだ。
しばらく進むと、道は谷に差し掛かった。木々がまばらになり、風が吹き抜ける音がやけに耳に響く。
――ゴロゴロゴロッ!
「うおっ!?」
突然、頭上からゴツい岩が転がり落ちてきた。直径はざっと一メートルはあるだろうか。暇だからとついてきたウェルナーが、ギリギリで回避する。
俺は反射的に上を見上げた。
「ここから先はドワーフの領土だ! 見知らぬ者よ、何故この地に足を踏み入れた!」
崖の上――そこには、大柄な男が立っていた。ずんぐりとした体格に、豊かな髭。いかにもドワーフという風貌だ。
「俺はアルス=ウィトゲンシュタイン。リーアの新しい領主だ。腕の良い職人を探している」
「ふん、小僧が領主か。……まあ、あの田舎村なら仕方あるまい」
ドワーフの男は、やれやれといった様子で鼻を鳴らす。
「話をさせてくれないか? 交渉を」
「断る」
あっさり切られてしまった。が、その直後だった。ドワーフがふと、ウェルナーの腰にぶら下がっている短剣に目を留めた。
「……その、錆びついた短剣。どこで手に入れた?」
「これか? 親父の形見だよ。もう切れ味は最悪だけどな」
「貸してみろ」
その言葉と同時に、ドワーフが――崖から飛び降りた。
「うわっ!?」
驚愕する俺たちの目の前に、ドンッ! と巨体が降り立つ。地面にめり込むように着地すると、肩に担いだ大きな玄翁を地面にドスンと置いた。
「これは……儂が昔打った短剣だ」
ドワーフは錆びついた刀身を指でなぞると、小さくため息をついた。
「ボロボロになるまで使いおって……いいだろう、修理してやる。ついてこい」
言うが早いか、ドワーフはスタスタと山道を登っていく。俺たちは目を見合わせ、慌ててその後を追った。
――そして数分後。
視界が開けたその先には、絶景が広がっていた。
崖に沿って段状に並ぶ家々。煙突から立ち上る煙。あちこちでカン、カンと鉄を打つ音が響いている。
「ここが……ドワーフの里か」
想像以上だ。魔法もスキルも使っていないはずなのに、この精密な作業環境と集落の構造。人間の村では到底真似できないレベルだ。
「そこの石椅子にでも座ってろ。すぐ済む」
ドワーフは短剣を手に取り、手早く作業台に向かう。藁で編んだ棚から複数の砥石を取り出すと、水に浸し、何度も刀身を研ぎ始めた。
流れるような手さばき。砥石を使い分け、細部まで丁寧に調整していく。
わずか五分足らずで、あのボロボロだった短剣が――まるで新品のように輝きを取り戻した。
「すっげえ……! ありがとな、爺さん!」
ウェルナーが素直に感嘆の声を漏らす。
俺は一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「本当に見事な腕だ。もしよければ……うちの村で、その技を教えてくれないか?」
「断る」
やはり、即答。
「……酒なら、ある」
「うむ……うむむ……それでも断る」
「溶鉱炉を作る。あんた専用のだ」
しばし沈黙――そして。
「……仕方ないのう。そこまで言うなら、行ってやらんでもない」
あっさり折れた。
(……案外ちょろいのか、このじいさん)
そう思っていると、隣のウェルナーが調子に乗って声をかける。
「なぁなぁ、じいさん。なんて呼べばいい?」
「イーヴァルディだ」
「おっ、イー爺! これからよろしくな!」
……おい、いくらなんでも馴れ馴れしすぎだろ、それは。
「ああ、よろしくな。」
……やっぱりこの爺さんちょろい。