歓迎と宴会
夜――。
「今日は無礼講だ! 飲め飲め!」
王国執行官の館。その地下室に並んだ酒樽の封が切られるたび、濃い香りが部屋中に満ちていく。
かつてこの地は、領主不在に等しい場所だった。おそらく、誰の目も届かないのをいいことに、執行官が勝手に酒を蓄えていたのだろう。
とはいえ、俺――アルスはこの身体の年齢ではまだ酒を飲めない。
だからこそ、せっかくの蓄えは村人たちに惜しみなく振る舞うことにした。
「領主様、うちの干し芋をぜひ……」
「こっちは干し肉だ! 父ちゃんが漬けたやつで、ちっと塩辛いがうめぇぞ!」
「ああいや、もう僕はおなかいっぱいだから......」
井戸を掘ったばかりの俺に向けられる眼差しは、どこか和らいでいた。
感謝の証だろう、村人たちは自家製の食べ物を手に集まってくる。
大皿に盛られた黒パン、皮付きの焼き芋、香辛料の利いた干し肉、手作りの白チーズ。
粗末な長机に並べられたそれらは、豪勢とは言えないが、どれも心のこもったものばかりだった。
笛の音が響き始める。
誰かが調子外れの節を奏で、それに乗せて手拍子が加わり、即席の踊りが始まる。
蝋燭の明かりが揺れる地下室には、笑い声と酒の香りが充満し、まるでこの村に小さな春が来たかのようだった。
「このパン、どうやって作ってるんだ?」
俺が尋ねると、対面にいた日に焼けた中年の男が、頬をほころばせながら答える。
「麦は買ってる。月に一度、山を越えてな。町まで片道丸一日ってとこだ」
「じゃあ、そのお金は……?」
「女房が毛糸で手袋とか靴下とか作っててな。そいつを売った金でどうにかやってる。けど、まぁ……稼ぎは知れてる。パンが食えるのも、こんな祝いの夜ぐらいだな」
そう言って男は固くなったパンの端を口に運び、ぎゅっと奥歯を噛みしめる。
その一瞬の仕草が、胸に引っかかった。
外貨の獲得手段が乏しいということ。それはつまり、村の経済基盤が極端に脆いということだ。
もしも不作が起これば、真っ先に餓えるのはこの人たちだろう。
――あの山を越える買い出し。月に一度の往復。
その負担を、誰かが毎月背負っている。
俺は、拳の中で静かに指を握った。
これは、何とかしなければならない。
目の前にいるのは、ただの“住民”ではない。
彼らは――俺の民だ。
俺が目指すのは、この村の繁栄だけじゃない。
遥か未来、見渡すかぎりの高層建築が立ち並ぶ都市国家。
道路が張り巡らされ、製鉄が行われ、産業が生まれ、人が集う大都市だ。
そのためにはまず、基盤を築かなければならない。
農業の強化、物流の効率化、そして産業化への第一歩。
だが、焦ってはいけない。
今はまだ、信頼も、資源も、働き手も足りない。
だからこそ、まずは一歩ずつ。
この村の暮らしを少しずつ良くしていくことから始めよう。
住民の声に耳を傾け、小さな問題を解決していく。ゲームで大増税して遊ぶのと同じようにはいかない。
それが、街づくりの第一歩だ。