リーア男爵、アルス・ウィトゲンシュタイン
州都ヴィライテを出発し、町間定期馬車を乗り継ぐこと三日。
俺とテレジアは、リーア地方に入る手前の最後の町に到着した。
「えっ、リーア? あんなとこに定期便なんてねえよ。向こうから買い出しに来るのが関の山だべ」
宿の親父が、目を丸くして言う。
「……まいったな、どうしようか」
「仕方ありません。ここからは徒歩で行くしかなさそうですね」
その言葉に覚悟を決め、俺たちはアイテムボックスの容量ギリギリまで食糧と資材を買い込んだ。
そして、そこからは――地獄の行軍が始まった。
***
「ねえ、まだ着かないの……?」
険しい山岳地帯を登ること二日。
人ひとり通れるかどうかの細い山道を、俺たちは黙々と進んでいた。
父の書庫の本ばかり読んで、ろくに体を動かしてこなかった俺の体は、すでにガタガタだ。
「一応、この山のふもとあたりからがリーア地方なんだそうですよ。ただ、あの辺には集落の一つもありません。この山を越えないと……」
テレジアが、疲れた表情のまま言う。
――絶望的である。
やがて道は下り坂になり、視界がひらけてきた。ようやく平地だ。
……とはいえ、草原のような美しい風景は望めなかった。
地面はひび割れ、やたらと乾燥している。
試しに土を手に取ってみると、指の間からボロボロと崩れていった。
これが「空白地帯」と呼ばれる理由か――。
この土地で作物を育てるには、相当な工夫が必要になるだろう。
「――あっ、森が見えますよ!」
テレジアが声を上げた。
顔を上げると、確かに視界の先に緑が広がっていた。
やっと着いたぞ、俺の町に!
***
集落の通りを歩くと、簡素な丸太小屋が並んでいた。
村人たちはみな、こちらを警戒するような目で見てくる。
おそらく外部からの訪問者は滅多にいないのだろう。
通りを100メートルも歩かないうちに、煉瓦造りの建物が見えた。
――王国執行官の詰所だ。
本来、各地には税務と連絡のために王国から執行官が派遣されるはずだが、
この辺境には「重要性が薄い」と判断され、俺が領主と兼任する形になっている。
それだけ――軽視されているということだ。
「お前がアルスって奴か」
唐突に声が飛んできた。
振り向くと、短弓を背負った、俺と同じくらいの年の青年が立っていた。
「そうだ。ここの新たな領主、アルス・ウィトゲンシュタインだ」
少しの沈黙のあと、青年はため息まじりに呟いた。
「……お前も、可哀想な奴だな」
「どうしてだい?」
「左遷されたんだろ? 普通、好き好んでこんなとこ来るやつはいねえよ」
「いや、アルス様は自ら望んで……!」
テレジアが反発しかけたが、俺は手で制した。
「いいんだ、テレジア。……僕は、街づくりをしに来たんだ」
青年の前で、俺はまっすぐに言い放つ。
「見ててみな。この土地に、理想の町を作ってみせるよ」