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産業革命の音

 あの騒動から帰還して数時間後――。


 俺は執行官の館の食堂で、今まさに“戦利品”を味わっていた。


 そう、目玉焼きである。


「……ん、うまい……」


 じゅう、と油の音が残る焼きたての目玉焼き。朝日色の黄身がパンの上にとろりと溶けていく。わずかに焦げた白身は香ばしく、噛めばぷりっと弾ける。


 昨日までは干し肉サンドか黒パンだけの毎日だった。こんなシンプルな料理ひとつで、ここまで幸福感に包まれるとは思わなかった。


「ふふっ、アルス様、顔がほころんでますよ」


 テレジアがキッチンの隅から笑いかけてくる。その横では、しっかりと洗浄されたワイバーンの卵の殻が乾かされていた。


 まさに命がけの味――感慨もひとしおだ。


 だが、そんな穏やかなひとときは、ひときわ大きな声によって終わりを告げる。


「できたぞーーッ!! 儂の最高傑作じゃあああ!!!」


 館の扉を壊れんばかりの勢いで開け放って、あのドワーフ職人――イーヴァルディが飛び込んできた。


「目玉焼き食べてる途中なんだけど……」


 そう呟きつつ、残ったパンのかけらを頬張って、急ぎ鍛冶場へと向かう。


 そこには、俺の想像を遥かに超える鉄の塊が待っていた。


「……おぉ」


 それは、まるで蒸気機関車の心臓部だけを取り出して台車に乗せたような巨大なマシンだった。


 台車の骨組みは厚い鉄板で補強されており、その上には圧巻のボイラータンク。そしてギアとパイプが複雑に絡み合い、金属の美しさを誇示するように鈍い光を放っていた。


「魔石に微弱な魔力を流し込めば、ボイラーに火が入り、蒸気で駆動する仕組みじゃ」


「見た目以上に繊細なんだな……」


 俺は手のひらを火の魔法石にかざし、静かに魔力を流し込む。淡く赤く光り出した石が、次の瞬間――


 ゴゥ……ッ、ゴポポポポ……


 ボイラーの奥から湯の沸騰する音が鳴り始めた。そして――


 プシューーーーッ......


 蒸気がパイプを抜け、ピストンが力強く打ち出される。巨大なシリンダーが震え、白い蒸気が空へと吹き上がる。その熱気が肌にかかり、少し顔をしかめた。


 台車の右側に取り付けられたクラッチレバーを握り、ぐっと前へと押し込む。


 カチリという手応えとともに、機械が低く唸り、車輪がぎしぎしと音を立てて――


 ゴン……ゴゴゴゴ……!


 台車全体が、まるで生き物のようにゆっくりと、しかし確かに前進し始めた。


 俺の口元が自然と綻ぶ。


(……動いた)


 まさか、こんな僻地の村で、蒸気機関車もどき、いや、この世界初の蒸気機関の起動、すなわち近代の始まりを見る日が来るとは思わなかった。


 ふと、荷台の隅に目をやると、鉄の塊のようなパーツがいくつか山積みにされていた。


(……ん? クラッチなんて教えてないはずだし、こんなもんまで頼んだか?)


「後部の連結部品は、将来的に車輪付きの耕作用アームを付けられるようにしておいたぞ!」


 イーヴァルディが誇らしげに胸を張る。


「あんたすげぇよ......」


 俺は呆れたように、そして嬉しそうに、目の前の“近代産業の原石”を見つめる。

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