05. 辺境地の領主様
領主様のお屋敷の門前で不死鳥のメンバーと別れると、それと入れ替わりにお屋敷の方からは門番から知らせを受けた一人の男性が現れた。
執事のような黒服に身を包んでいる五十代位の男性は私の近くまで来ると、柔らかな物腰で口を開く。
「私はアールデルス家で家令を務めておりますオリバーと申します」
「レイナと申します。あの、私は国王様から領主様を訪ねるようにと言い渡されこちらへ伺いました」
「ええ、国王陛下からは伺っております。領主であるジェイル様のもとへご案内させて頂きますのでこちらへどうぞ」
オリバーさんは心得ていると言わんばかりの笑顔でそう述べて、馬車はそのままで良いからと屋敷の中へと案内してくれる。
門番や馬車の御者にテキパキと指示を出している様子から察するに、おそらくこのお屋敷での立場は上の方なのだろう。
私は素直にオリバーさんの言葉に従い、彼の後ろに続いた。
門を抜けると、お屋敷までは庭が広がっていて、かなりの広さがあるようだ。
お屋敷の中に入っても、中は立派な作りだし、清掃が行き届いていて非常に綺麗に整えられている。
さすがに王宮ほどではないが、異世界へ召喚された当初に数日過ごしたエンゲル公爵のお屋敷並みではあると思う。
田舎でもさすが領主様の住まう場所だと感心させられる。
アールデルス領の領主様は侯爵位だそうだから、貴族の中でも公爵に次ぐ高位の貴族だ。
そう思うと辺境地の領主とはいえ、高位貴族らしい住環境が必要なのかもしれない。
……それに確か国王様が自分の元側近だって言ってたよね。ということは、たぶん王都で国王様に仕えていたってことでしょ? 王都暮らしの経験があるなら尚更かもね。
そんなことを歩きながらつらつらと考えていると、あっという間に領主様の執務室だという部屋に到着した。
今の時間、領主様はここで書類仕事をしているらしい。
オリバーさんが扉をノックし、中からの応答を確認したのちに、扉を開けてくれて私を中へ入るよう促す。
軽く頭をオリバーさんに下げながら、私は執務室の中に足を踏み入れた。
執務室は、思った以上に広々としていて、大きな窓を背にする形でメインの執務机があり、その周囲に同じくいくつかの机、そして本が並ぶ棚が配置されている。
さらに応接スペースも兼ねているのか、執務スペースと少し離れたところにはソファとローテーブルも置かれていた。
「ジェイル様、いらっしゃいましたよ。レイナ様はどうぞこちらへ」
私の後に執務室に入って扉を閉めたオリバーさんが、このお屋敷の主である領主様に声を掛ける。
同時に私を応接スペースのソファへ導いた。
私はそちらへ向かいながらも、オリバーさんが声を掛けた、メインの執務机で書類を確認している人物へ自然と視線が向かう。
「ああ、分かった」
その人物は、低く通る声で短く返答すると、見ていた書類をバサリと机の上に置く。
それにより、書類で隠れていた顔が露わになった。
……うわっ! イケメンっ! それに若い!
国王様の時と同じような驚きが私を襲う。
そこには目鼻立ちのハッキリした端正な顔立ちの美青年がいた。
前髪を斜め横に掻き上げた漆黒の短髪と、宝石のような紺青の瞳が目を引く。
身に付けている軍服のような黒色の服や鋭い目つきから威圧感が漂う。でも妙に色気を感じる人でもあった。
……国王様は品のある高貴な感じのイケメンだったけど、この領主様はなんていうかちょっとワイルド&セクシーな感じ? 騎士っぽい!
領主様はそのまま立ち上がると、私が座っている応接スペースの方へ移動してくる。
……背高っ! 手足長っ! それに服の上から分かるくらい身体が引き締まってる。すごい、いい体!
筋肉ムキムキな体ではなく、無駄な脂肪を削ぎ落としたバランスの良い体――いわゆる細マッチョだ。
ぶっちゃけ、かなりタイプな体つきである。
つい不躾にジロジロ見てしまっていたが、領主様はそれを気に留める様子もなく、応接スペースまで来ると私の向かいのソファにドカリと腰を下ろした。
そして若干眉を上げて「で?」と言うようにオリバーさんを見やる。
その視線を感じ取ったらしいオリバーさんが、領主様に代わって口を開く。
「ジェイル様、こちらの方が先日国王陛下からご連絡を頂き、私共の領地でお預かりすることになったレイナ様です。国王陛下からのご指示は覚えてらっしゃいますよね?」
「ああ、覚えてる」
「レイナ様、すでにお分かりかと存じますが、こちらがこの領地の領主であるジェイル・アールデルス様です。ジェイル様は侯爵でもいらっしゃいます」
「初めまして、レイナ・オイカワと申します。……この度はお世話になります」
オリバーさんが間に入る形で双方を紹介してくれる。
目の前の領主様がなにやら妙に不機嫌そうで、どういう話が国王様からされているのか不安になった私は無難な言葉を口にした。
もしかして保護して生活を保証してくれるという話は通っていないのだろうかと思えてくる。
そんな私の心の機微を感じ取ってくれたのは、オリバーさんだ。
「レイナ様、ご安心ください。国王陛下からレイナ様の生活を一年間保証するようにと伺っており、私共もそれを承知しております」
「そうですか……! 良かったです……!」
「ご心配させてしまい申し訳ありません。ほら、ジェイル様、もう少し笑顔を作ってください。レイナ様が戸惑ってらっしゃるじゃないですか。レイナ様、ジェイル様が難しい顔をされていて機嫌が悪いと感じられているかもしれませんが、これが通常運転ですのでお気になさらず。人付き合いが不器用な方でして」
そう私にフォローしながら主を諌めるオリバーさんは、まるで教師のようだ。
その様子を見ていれば、言葉通り普段からこんな感じなんだろうなぁと察せられる。
……領主様がこの感じで大丈夫? 絶対営業職とか向かないタイプだよね。
まぁ、本人が対人関係が不得意でも、領主という立場であればそれをフォローし支えてくれる部下がたくさんいるのだろうからなんとかなるのかもしれない。
日本でも社長が研究畑出身で、外向けの対応がからっきしダメだという人も割といた。
そういう会社のPRにも関わったけど、その時は人当たりの良い副社長が全面的にメディア対応をしていたなぁと思い出す。
きっとこのアールデルス領も同じ感じなのだろう。
「このような感じの方ですが、ジェイル様は嫌そうな顔をしながらも仕事はきっちりされていますし、国王陛下からのご依頼を違える方ではありませんのでその点はご心配いりません。あと、以前は国王陛下の側近として護衛騎士をされていたので剣の腕は一流ですから、なにかと安心ですよ」
「おい、オリバー。こんな感じとはなんだ」
「事実ではございませんか。それに私はレイナ様に誤解されないようジェイル様の良い所も念のためお伝えしたのですよ?」
「そんな余計な気は回さなくていい。お前はいつもペラペラ話しすぎだ」
「そうおっしゃるならもう少し感じ良く人に応対できるようになってください。主が無愛想なので、私がそうならざるを得ないのですよ」
「ふん」
主従の小気味良いやりとりが目の前で繰り広げられ、私は口を挟む暇もなく、その様子をじっと窺っていた。
……口煩い親に反抗する思春期の子供みたい。せっかくイケメンなのにもったいない。って、さすがに領主様を子供扱いするのは失礼だよね。うん、二人の関係性の近さだけはすっごく良く分かった!
心の中でそんなちょっと失礼なことを呟いていたら、まるで嗅ぎつけたように領主様がジロリと鋭い視線をいきなり私に向けてきた。
「おい、今、なんか不敬なことを考えただろ?」
「えっ。いいえ、全然……!」
図星だったのでヒヤリとする。
元騎士だからか勘が鋭いのかもしれない。
必死に取り繕ったところ、しばらく疑わしそうに睨まれたものの、どうやら追及は諦めてくれたようだ。
「まぁいい。今回は見逃してやる。で、話は戻るが、オリバーが言った通り、アールデルス領ではお前を客人として預かり生活を一年間保証する。お前には領主館の敷地内にある屋敷を用意しているから、そこで好きにすればいい」
嫌そうにしながらも仕事はきっちりするというのは本当のようで、領主様は領主らしい真面目な顔になるとしっかり本題に話を戻してきた。
国王陛下から連絡を受けた後、受け入れとしてお屋敷も準備しておいてくれたらしい。
すぐにでもそちらへ案内できるそうだ。
「ありがとうございます……! 一つ確認なのですが、好きにすればいいというのはどういうことでしょうか?」
「言葉通りだが?」
「労働は必要ないんですか?」
「我が領地も労働力に余裕があるわけではないから、そのうち頼むかもしれないが、当面は特に求めていない。お前は客人だしな。一応世話係としてメイドや護衛を数人つけるが、こちらからは特に干渉しない。自由に過ごせばいい」
……ええっ! ウソでしょ⁉︎ 当面は労働不要で自由に過ごしていいなんて夢みたいな環境じゃないっ!
てっきり生活の保証をしてもらうからには、その見返りとして労働が求められると当然思っていたし、そのつもりでいた。
最悪の場合、夜のお相手を命じられる可能性もあるかもと覚悟していたくらいだ。
なのに、働く必要がなくって、しかもお屋敷を与えるからあとは好きにどうぞって、最高すぎではないだろうか。
……まさについこの前まで願っていたのんびりした暮らしだ! 田舎でのスローライフが実現しちゃう!
思わぬ展開で念願のスローライフが叶うとあって私は目を輝かせる。
たとえ一年間という期間限定だったとしても全然いい。十分だ。それだけの時間があれば、今後のこともゆっくり考えられる。
異世界に来る前も働き詰めだったし、来てからも不安定な状況が続きなんだかんだ気を張っていた。
ようやく手放しで思いっきりのんびりできそうな状況にテンションが上がってくる。
……巻き込まれただけでなんのチカラもなかったのは不運だったけど、回り回ってラッキーだったのかも⁉︎ だって念願が叶うんだもん!
こうなったら、トコトンのんびり過ごしたい。
元の世界に戻れない以上、勤めていた会社についても、やりかけだった仕事についても、もうどうすることもできず気を揉むだけ無駄なのだから。
及川玲奈、26歳。
PR会社勤務の会社員改め巻き込まれ異世界人。
ある日突然、異世界へ召喚されたところただの巻き込まれでしたが、運良く国王様に辺境地への移動を申し渡され、念願のスローライフを実現できる運びとなりました。
さて、何して過ごそう――⁉︎