〈閑話〉本物の聖女(Side凛)
「聖女様の髪はツヤがあって本当にお美しいですね!」
「肌も透き通るように白くて羨ましいです!」
「お腰も細くてどんなドレスでもお似合いになりますわ!」
聖女として国賓待遇にて与えられた部屋の一室。
鏡の前で身支度を整える凛を取り巻くメイド達が次々に感嘆の声を上げる。
メイド達はうっとりとした表情をしており、目には羨望の色が浮かんでいた。
正直、褒められるのは悪い気分じゃない。
ううん、むしろとっても気分がいい。
……まあ、当然よね? だって大学ミスコンで優勝するくらいの可愛さだもの。学内には非公式のファンクラブだってあるし。ふふん、異世界でもわたしの可愛さは通用するのね。
凛が上機嫌で身支度を終えた頃、それを待ち構えていたかのように部屋の扉がノックされる。
入ってきたのはエンゲル公爵の息子であるトビアスだ。
「聖女様、本日も春の妖精のように可憐でお可愛らしいですね。こうしてお傍にいられる幸運を神に感謝したくなります」
トビアスは凛の姿を目に入れるなり、端正な顔に甘い笑顔を浮かべて熱く見つめた。
日本にいたら歯の浮くような台詞だが、この中世ヨーロッパのような世界でならとても自然な響きである。
特にトビアスのような容姿端麗な青年が言うなら尚更だ。
……ん~でも残念。トビアスはイケメンだし嫌いじゃないけど、わたしの対象外なの。どんなにわたしに好意を寄せてくれてもその気持ちには応えられないわ。ごめんなさいね?
ニッコリ微笑みを返しながらも、凛は心の中でトビアスを軽くあしらう。
なにが対象外かというと、彼の年齢だ。
トビアスは現在十六歳。凛より四歳も年下だった。
いくらイケメンでも年下は絶対無理というのが凛の感覚だ。自分より年上でリードしてくれるような人じゃないと男として見れないと思っている。
ちなみにトビアスは国賓待遇で王宮で暮らすことが決まってから凛に付けられたメイドや護衛などのうちの一人である。
といってもトビアスは護衛ではない。
相談役みたいなポジションであり、慣れない異世界での生活を傍でサポートする役割を担っている。
異性として対象外ではあるが、傍にいるのがイケメンであるのは凛としてもありがたかった。
これが女性だったら、嫉妬してきたりして余計な気を使う。それに日本でもいつも男性に囲まれていたから、こっちの方が凛は慣れていた。
「そうそう、本日は父から聖女様への贈り物を預かっています。聖女様のお美しさには到底敵いませんが、こちらも美しいですよ。きっとお似合いになります」
そう言ってトビアスは凛に小箱を差し出した。
さっそく開けてみると、中にはピンク色の宝石がキラリと光るネックレスが入っている。
そのあまりの輝かしさに凛は目を奪われた。見るからに高価なものだ。
「こちらの宝石はインペリアルトパーズです。大きさも発色も状態も上質なので、とても価値のあるものなのですが、だからこそ聖女様に相応しいと父が奮発いたしました」
「まぁ! とっても素敵な宝石ですわ!」
「聖女様の白い肌に映えますね!」
「さっそくお付けいたしましょう!」
周囲を取り巻いていたメイド達が目を輝かせ、さっそく凛の首につけ始める。
首元にヒヤリと少し冷たい感覚がして、次の瞬間には存在感のある宝石が凛の鎖骨あたりで輝いていた。
……わぁ、素敵! こんなおっきい宝石のネックレスは日本でも付けたことないから嬉しい! うん、わたしにとっても似合う。
気分が上がり自然と表情が緩む。
嬉しそうにしている凛を見て、トビアスも喜ばしそうに目を細めた。
「やはりとてもお似合いですね。父にも聖女様がお喜びになっていたことを伝えておきます」
「ええ! エンゲル公爵によろしく伝えておいてね! いつも色々贈ってくれるけど今日のが一番嬉しかったわ」
「それを聞けばきっと父も喜びます。聖女様は宝石がお好きだと話しておきましょう。きっと父がまた良い物を手に入れてくれるはずです。聖女様を美しく彩る物はいくつあってもいいですからね」
「うふふ、そうね。ありがとう」
異世界へ召喚した張本人だからか、エンゲル公爵はなにかと凛に良くしてくれる。
こうして贈り物も定期的にくれるし、なにか相談すれば息子であるトビアスを通じて便宜を図ってくれるのだ。
それもあって、今のところ凛の異世界での生活はとても快適だった。
王宮はまるで絵画から飛び出してきたかのように美しく煌びやかだし、身に付けるものも綺麗なドレスを着られるし、身の回りのことはすべて人がやってくれるし。
まるでお姫様になったかのような暮らしぶりだった。
……最初召喚された時は訳が分からなかったし、東京を出るのは短期旅行以外で経験がなかったからとにかく不安だったけど。でも今はみんなが聖女としてわたしを崇めてくれるし、お姫様みたいな暮らしだし、ホント悪くない生活だわ!
「そういえば、聖女様に巻き込まれて召喚された者のことについてはお聞きになりましたか?」
凛がこの国での暮らしぶりに思いを馳せていると、ふと思い出したようにトビアスが切り出した。
巻き込まれて召喚された者といえば玲奈のことだ。
玲奈は召喚されたものの、聖女としてのチカラがなかった。おそらくただ凛に巻き込まれただけだろうと結論付けられている。
……あの時はちょっと笑っちゃったわ。だって意気揚々と水晶に手をかざしたのに、ぜーんぜん反応しないんだもん。ホント可哀想よね。同情しちゃう。
あの場面を思い出すだけでまた笑いが込み上げてくる。
凛はそれを押し殺しながら、トビアスに話の続きを促すように問いかけた。
「玲奈さんがどうかしたの?」
「王宮を追放され、辺境地へ向かわされたらしいですよ」
「辺境地?」
「ええ、サウザンド王国の王都から一番遠くの領地で、何もないかなりの田舎です。聖女様のような素晴らしいチカラがないので王家も扱いに困ったのでしょうね。結局役立たずとして辺境地へ追放したのでしょう」
……あはは、結局追放されちゃったんだ! まぁなんのチカラもないからしょうがないよね。王宮にいても役に立たないわけだし。
本音を包み隠さずいえば、玲奈のその後なんて凛にとってはどうでもいい。
確かに召喚された当初は、凛も心細かった。同じ境遇の人がいることは心強く感じられた。
それに受け答えなども凛に代わって進んでやってくれたため、壁にして後ろに隠れていることができて便利な存在でもあった。
でも今はあの時とは違う。凛の存在価値は保証されているし安泰だ。
……ある意味、玲奈さんが聖女じゃなかったのってわたし的にはラッキーだったんだよね。もし二人ともだったらその分希少性が低くなって価値が下がっちゃうもん。崇められるのはわたしだけで十分だものね!
そんな心の内はもちろん口に出すことはない。
凛は悲しげに目を伏せ、心配そうな声を出す。
「そうなんだ。きっと大変でしょうね。玲奈さんのこれからの苦労を思えば、同じ国の出身者としてはとても心が痛いわ」
「そのようにおっしゃるとは聖女様は本当にお優しい。さすが本物の聖女でいらっしゃいますね」
案の定、トビアスは凛の言葉に心を打たれたような表情をしている。
トビアスの中での凛の存在は、ますます聖女らしさが増したことだろう。
「聖女様、そろそろお約束の時間です」
その時、背後からメイドの声がかかった。凛にはこの後予定が入っているのだ。
「ああ、本当だ。私が聖女様と話したいばかりについ長話をしてしまいました。確か本日はバッカス伯爵とのご面会と、高位貴族のご令嬢方とのお茶会のご予定でしたね。みなさま、聖女様とお会いできるのを楽しみにされていることでしょう。なかなかお約束を取れず、聖女様のお姿を一目見たいと言っている貴族も多いのですよ」
「ふぅん、そうなの?」
「はい。なにしろ聖女様は本物の聖女として高貴なお立場でいらっしゃるだけでなく、このお可愛らしさですから。そのご尊顔を拝みたいという者は多いのです」
「そう言ってくれる皆さんにわたしもぜひ会いたいけれど、わたしの身体は一つだものね」
……ふふん、みんなから求められてホント困っちゃうわね。でも悪くない気分だわ。
凛は今の状況に満足して微笑みを浮かべる。
その時には、先程聞いたばかりだというのに、巻き込まれた玲奈のことなどもう意識の中には一切なかった。