04. 王都から辺境地へ
処分ではなく、王都追放。
どうやらそれが私の処遇について王家が下した沙汰のようだ。
異世界系ライトノベルでも追放という展開は割と多いから、まぁ驚くほどのことではない。
命だけは助かって良かったと喜ぶべきところだろう。
「王都からの追放とのこと、承知いたしました。ただ、私はまだサウザンド王国の地理に詳しくないのですが、アールデルス領というのはどこにあるのでしょうか? どのようにして向かえばよろしいでしょうか?」
「待て、待て、待て、待て……!!」
沙汰を受け入れ、追放される場所について詳細を尋ねたところ、なぜか追放を言い渡した張本人であるはずの国王様が急に慌て出した。
何を待つのだろうかと私は首を傾げる。
「追放ではない! 王都ではなく、アールデルス領で暮らして欲しいだけだ。あちらでの生活についても保証する」
「えっ! 生活の保証までして頂けるんですか⁉︎」
「ああ、すでにアールデルス領の領主にも話を通してある。領主がレイナを一年間保護することになった。この三日間、それらの調整をしていたのだ」
なんと追放から一転、アールデルス領という土地で領主様に保護してもらいながら生活ができるらしい。
思い描いていたよりも数段恵まれた処遇だ。
……でもなぜ? 私にとってはかなりラッキーな話ではあるけど、国王様がこんな配慮をしてくれる理由が分からない。
うまい話には裏があるものだ。
何か落とし穴があるのではないかと若干警戒してしまう。
そんな私の心情を察してくれたのだろう。国王様はこの処遇決定の背景を話し出した。
「其方がこのまま王都にいると厄介ごとに巻き込まれる可能性が高いのだ。権力争いに夢中な貴族から利用される恐れがある」
「利用、ですか? でも私はなんの魔法のチカラもありませんけど?」
「それはそうだが、本物の聖女と同時にこの国に来たことは事実だ。リンに近づくための道具にされかねない」
「ああ、なるほど……」
いわゆる人脈の利用ということだろう。
前提としておそらく聖女はこの国の貴族にとって政治利用したい存在なのだと思う。
確かに私と凛ちゃんは同じ国の出身だし、いきなり異世界に召喚された者同士として多少の仲間意識はある。
この国の他の人よりは、少しでも繋がりのある私を利用した方が凛ちゃんに近づきやすいと考える人がいてもおかしくはない。
「其方が貴族に利用されるような事態になれば、正直なところこちらも困る。貴族間の力関係に影響が出たりして王家が臣下を御するのも大変になるからな」
国王様は「はぁ」と小さくため息をつきながら、面倒くさそうな表情を見せた。
クローズドな場だからか、この前の謁見の時よりも内心がダダ漏れな感じがする。
……きっと国で一番の権力者とはいえ、色々大変なんだろうなぁ。テレビで見る総理大臣も、各省庁の大臣からやいのやいの言われて苦労してそうだもんね。
「それゆえ、王都から一番遠い辺境地であるアールデルス領に其方を隔離したいと考えたのだ。あそこならそもそも貴族も少ないし、王都で権力争いをしているような貴族達が訪れることもない」
国王様側の事情もあるだろうけど、私にとっても身の安全が高まるから悪い話ではない。
私は国王様の説明に理解を示して頷いた。
「あと、生活の保証をするのは個人的に其方に申し訳なく思っているからだ。我が国の貴族が勝手に召喚したというのに、誤りだったから処分というのはあまりにも理不尽であろう? 一番良いのは元の場所へは送り返すことだが、それが不可能なのだから、最低限の生活は保証すべきだと私は思っている」
どうやら国王様は私の境遇を不憫だと同情してくれているようだ。私を見る目に憐みを宿している気がする。
切り捨てることもできるだろうに、とても話の分かる方だと思う。
……さすが賢王として名高く、人々に慕われている方ね!
「今話した処遇決定の背景はここだけの話にして欲しい。知っているのは私とこちらにいる宰相、アールデルス領の領主とその側近数名のみだ。悪いが表向きは其方が最初に申したように辺境地へ追放したとさせてもらう」
「機密扱いということですね。承知しました」
日本で働いていても上層部の決定が機密になるのは往々にしてあることなので、私は迷うことなく了承した。
これで処遇の話については一区切り。国王様は続いて私の行き先であるアールデルス領について教えてくれる。
「先程も言った通り、アールデルス領は王都から一番遠くにある辺境地だ。移動にかかる時間は……」
「馬車で約七日です」
「そうそう、それくらいだ。馬車をこちらで用意するので、それに乗って移動すればいい」
国王様はあまりその地へ行ったことがないようだ。
移動時間までは把握しておらず、言い淀んだところを隣にいる宰相がそっと補足してくれる。できる秘書っぽい立ち振る舞いだ。
「アールデルス領の領主は私の元側近だ。すでにこの話は通してあるから安心していい。到着する頃には其方の暮らす場所も準備ができているだろう。あちらでは彼に従うようにして欲しい」
「わかりました。ありがとうございます」
「出発日の希望はあるか? 馬車はもう用意できているはずだが……」
「はい。すでに手配が済んでおります。同行する護衛も冒険者ギルドに依頼済みです」
再び宰相が準備状況を補足し、すでにいつでも出発ができる状態であることを教えてくれる。
それなら私は今日にでも出発してしまいたい。
突然この世界にやって来た私に準備するような荷物はないし、外に出られない王宮の部屋は手持ち無沙汰だ。
その旨を告げると、そのままアッサリ本日の出発が決定した。
◇◇◇
「レイナです。アールデルス領までよろしくお願いします」
「 不死鳥のリーダー・ウェルムだ。こちらこそよろしくな。護衛は任せてくれ」
国王様と宰相との会合を終えた私は、二人からの密命を受けた一人の騎士に案内され、こっそり王宮を抜けて冒険者ギルドに来ていた。
そして今回護衛として同行してくれる冒険者パーティー“ 不死鳥”と顔合わせをしている。
鍛えられた筋肉が目を引くマッチョなリーダーと握手を交わすと、彼が他の不死鳥のメンバーを紹介してくれた。
にこやかな優男のカイさん、姉御っぽい雰囲気のヒルダさん、控えめだけど芯の強そうな印象のシーラさんだ。
男性二人、女性二人のメンバーで構成された四人組で、Aランクの実力派冒険者パーティーだという。
私と同年代か少し上くらいに見えるし、メンバーに女性がいるのもなんとなく安心だ。
私達は挨拶を終えると国王様が用意しておいてくれた馬車に乗ってさっそく出発する。
不死鳥のメンバーは、ヒルダさんが私と同じく馬車に乗り込んで中で護衛。残りの三人は馬車と並走して外で護衛してくれるそうだ。
ポジションは交代しながら進むそうだけど、約七日の道のりだから体力的にしんどそうに思う。
日本では国内の移動なら飛行機や新幹線、電車ですぐだから余計にそう感じてしまうのだ。
「なんかすみません。アールデルス領って王都から一番遠い領地だから護衛は大変ですよね……」
思わず同じ馬車の中で護衛してくれるヒルダさんに謝ってしまった。
だけど、彼女は私の申し訳なさなど吹き飛ばすようにカラカラと笑う。
「あはは。そんなの気にしないで! それがあたい達の任務だもの。これまでも商会の護衛とかも色々経験してるしね。それに今回は馬車での移動だからまだ全然いい方よ。報酬もいいしね」
王宮経由の依頼だということは不死鳥のメンバーに伏せられているようだけど、報酬や条件面がかなり良い任務らしい。
たぶん国王様が配慮してくれたのではと思う。
「実はあたい達もそろそろ王都から離れて違う場所に行きたいと思ってて、どこに行くか話し合ってたところだったのさ。だからちょうど良い依頼だったってわけ」
「そうなんですか。それなら良かったです。やっぱり冒険者の方々は定期的に住む場所を移動されるものなんですか?」
「そういう人が多いね。拠点を決める人もいるけど。あたい達は自由気ままに気になる場所へ行ってしばらくそこで活動して……を繰り返してる感じだね」
冒険者ギルドは国から独立した組織で、サウザンド王国に限らず、大陸内の主要な都市には大体支部があるらしい。
だからどこへ行っても冒険者ギルドへ行けば仕事が受けられるそうだ。日本でいうフリーランスみたいな働き方である。
手に職(戦闘能力)があるから、場所を変えてもなんらかの仕事を得られるし、自由さがあるのだ。
……このあたりの事情は異世界系ラノベの設定と同じかぁ。ていうか、自由な働き方が羨ましい!
ちなみに冒険者ランクはS~Fまであって、Sが最上位――つまりAランクの不死鳥はかなり強い実力派パーティーだ。
「不死鳥の皆さんは戦闘ではどういう役割分担なんですか?」
「ウェルムが斧使い、カイが剣使い、あたいが弓使い、そしてシーラが魔道具とアイテムボックスの担当だよ」
魔法のある世界のラノベだと魔法使いや僧侶と呼ばれる人達が冒険者メンバーにいることが多い。そのあたりこの国の場合はどうなんだろう?と思い質問してみた。
特徴的なのは魔道具とアイテムボックス担当だ。アイテムボックスはスキルの一つらしく、移動が多い冒険者にとって重宝するらしい。
なぜなら食料を持ち運べるからだ。
さらにその中に戦闘に使える魔道具を複数入れておき、それらを駆使して戦うそうだ。
……わぁ、アイテムボックスってすごく便利そう! 某アニメキャラのポケットみたいなものってことだよね。
こういう話を聞くと、やっぱりここは日本とは違う異世界なんだなぁと実感する。
魔法が一般的でなくても十分にファンタジーだ。
こんな感じで、私は七日間の道のりを、馬車内での護衛が交代になるたびにそれぞれのメンバーとおしゃべりして過ごした。
それにより、王宮の部屋にいた時の使用人さんとは違う情報が色々と手に入る。
使用人さんはやはり王宮内で勤める人だから王家や貴族について詳しかったが、不死鳥のメンバーは市井で生きる人々の視点だし、色んな場所を実際見て来ているから説得力もあった。
「俺たちもアールデルス領へ行くのは初めてだが、他の冒険者によるとかなりの田舎らしいぞ。領地が広いからか冒険者ギルドは一応あるらしいけどな」
「二年前の流行病はアールデルス領から広がったのは周知の事実よ」
「山と海に囲まれたのどかなところだってさ。冬は雪がかなり降って寒いらしいから、移動が今の時期で良かったね」
「住んでいる人々が親切で笑顔が溢れる領地だって聞くね」
ウェルムさん、シーラさん、カイさん、ヒルダさん、それぞれが行き先であるアールデルス領について知っている情報を教えてくれ、到着するまでにある程度の心構えもできたと思う。
それに馬車の中から外の街並みを眺めることでサウザンド王国の雰囲気を感じることもできたし、盗賊を警戒しながら街道を進む経験や、舗装されていない山道でたまに出現する魔物の恐ろしさや不死鳥の華麗な戦いぶりも知ることができた。
この道のりがある意味、異世界で生活する上でのチュートリアルになった気がする。
見て、聞いて、体験して、この七日間で私は少しずつこの世界に馴染みつつあった。
こうして、短くて長いような濃密な日々を経て、私は予定通り無事にアールデルス領へ辿り着いた。
「ようやく到着したな。ここがアールデルス領の領主様のお屋敷だ」
「私たちの任務はここで完了ね。レイナさんとの七日間は楽しかったわ」
「また何か依頼があったら冒険者ギルドであたい達を指名してね!」
「しばらくは僕たちもアールデルス領にいるつもりだからまた会えるといいね」
領主様のお屋敷前の門で不死鳥のメンバーと別れの挨拶を終えると、私はぐるりと辺りを見回す。
そこはあらかじめ聞いていた通りの場所だった。
つまり、すごくのどかな田舎ということだ。
良く言えば山に囲まれて自然豊か。悪く言えばポツリポツリと立っている家屋と畑以外何もなく閑散としている感じである。
王都からの道のりでたくさんの領地を経由したが、そのどこよりも田舎だった。
つい先日まで世界でも有数の発展都市・東京に住んでいた私にとっては驚きであり、同時にこれほどの田舎は逆に新鮮だ。
……これから私はこの地で暮らしていくのね……!
胸に期待と不安が押し寄せる。
異世界での新しい生活が今、幕を開けようとしていた――。