03. 情報集めと国王様の沙汰
あの国王様との謁見の日から三日が経った。
幸いにも私は処分されずに、こうして無事にまだ生きている。
しかも王宮の部屋の一室で。
どういうことかというと、あの謁見の際、最後に国王様がこう告げたからだ。
「聖女が異世界から召喚されるということ自体も数百年ぶりの事態だが、それ以外の者が召喚されるのは前代未聞だ。ゆえに献上とは別にレイナの身柄は一旦王家で預かろう。どう対処すべきかはこちらで一度検討する」
これにより私は危機一髪エンゲル公爵の管理下から逃れられたのだ。
ただ、王家預かりといっても、当たり前だが国賓待遇の凛ちゃんとは扱いが全く違う。
凛ちゃんには、王族と同等くらいの部屋が王宮内に与えられ、身の回りを世話するメイドや護衛など複数人が付き、身に付ける物も食事も何から何まで王族並みだと聞き及んでいる。
対して私は、沙汰を待つ罪人のような心境での暮らしだ。
幸い、牢屋に入れらることはなく、使用人部屋エリアの一室をあてがわれている。
食事の時間になるとなにかしら運ばれて来るので、一応人間らしく扱われていると思う。
……あのままエンゲル公爵に連れて帰られていたら身の危険だったことを思えば全然マシ! 今後どうなっちゃうんだろうっていう気掛かりはあるけど、今考えても仕方ないしね。
ある意味開き直っている。
そしてこの三日間で私がしていることといえば、もっぱら情報収集だ。
部屋から出てはいけないと言われているため手持ち無沙汰な私は、正直なところそれくらいしかすることがない。
食事を運んできてくれるメイドさんにちょくちょく話し掛けて色々聞いている。
内容はこの国の人なら誰でも知っているような一般知識についてだ。
最初は私からの質問に警戒していたメイドさん達も、聞かれる内容が機密でも何でもないことだったため、次第に滑らかに話してくれるようになった。
「ニコラウス様は、二年前に前国王であるお父様を亡くされ、国王陛下に就任されたんですよ。まだ二十八歳とお若いですが賢王として臣下や国民から慕われていらっしゃいます」
まず国王様については、聞いた人のほぼ全員がこのように述べていた。
話してくれる時の誇らしそうな表情からも、国王様が本当に周囲から高く評価されている人物なのは疑いようがない。
ちなみに二年前には流行病がサウザンド王国内の辺境領で蔓延したらしい。
王都からは遠い場所だったが、病が水面下でひっそり流行り出した頃に、運悪く前国王様がその地へお忍び訪問していたそうだ。
それが原因で亡くなったという。
日本に比べてこの国では医療体制がさほど整っていないのであろうことは、なんとなく想像がつく。
そして現国王で当時は第一王子だったニコラウス様が二十六歳――今の私と同じ年で国王に就任したというわけだ。
前国王様の崩御は想定外の事態であり、後継者も定められていなかったそうだが、ニコラウス様は圧倒的な支持と強固な政治基盤を誇っていたため、大きな混乱もなく決まったらしい。
……二十六歳で国王様ってすごい! 日本で例えるなら二十六歳で総理大臣になったみたいなもんでしょ? 総理大臣は世襲じゃないからちょっと違うとは思うけど、それでも国の代表って意味では同じだもんね。すごいわ~!
謁見した時のイケメンを脳裏に浮かべ、私は心の中で称賛の拍手を送る。
私も社会人として働いているからこそ、その大変さや重圧が少しばかり分かる気がするのだ。
……まぁ、一会社員の私と国王様では、度合いは全く比べ物にならないと思うけどね。
「お若いといっても、就任当時の時点で王妃様との間に後継のお子様もすでにいらっしゃり、立派に王族としての務めは果たしていらっしゃいましたけどね」
「えっ、お子様もいらっしゃるんですか!」
国王様関連の話の流れで教えてもらったこの国の結婚事情については驚いた。
思わず声を上げてしまったくらいだ。
サウザンド王国では成人が十八歳。婚姻可能なのは十六歳からだそうだ。
これは日本と同じなので特にビックリすることではない。
ただ、大きく違うのが結婚適齢期だ。
この国では女性の場合は十八~二十歳。二十歳を過ぎれば行き遅れと言われるという。
男性は女性ほど適齢期は早くないが、貴族は後継を早くもうけることも務めの一つであるため、二十五歳頃までには結婚するのが一般的らしい。
とはいえ、女性と違って男性の場合は二十五歳を越えても行き遅れではない。年の離れた若い女性と結婚するケースは多々あるそうだ。
子供を産むことが重視される社会であるがゆえに、日本以上に女性には若さが求められるのだろう。
……ということは、私、この国では完全に行き遅れだよ。今後の処遇がどうなるか分からない今、恋愛や結婚なんてどうでもいいことではあるけど。う~ん、カルチャーショック!
日本に戻れないのならば、処遇がどうなろうとも、私はここで生きていかなければならない。
であれば、おそらく今後恋愛や結婚とは無縁の人生になるに違いない。
惰性で続けていたマッチングアプリでの彼氏探しに疲れ、恋愛迷子になっていたからちょうど良かったのかもしれないけれど。
ただ、ゆくゆくは子供が欲しいなという淡い希望はあったから、少しばかり残念ではある。
この国で生きていく以上、おそらくそれは望めなさそうだ。
国王様についてやこの国の結婚事情の他に興味深かった情報としては、魔法関係もある。
これは日本と全く違う部分だから、念入りに聞き込んでみた。
そうして知ったのは、「魔法」は非常に希少なもので、使える人はほぼいないという実態だ。
てっきり某ファンタジー映画のように、魔法が中心の世界なのかと思っていたから肩透かしを喰らってしまった。
「魔法を使えるのは、王家や一部の貴族家当主くらいですね。そういった方々は、お家独自の魔法を代々受け継いでいるそうです」
どうりで治癒魔法が使える凛ちゃんが聖女として国賓待遇を受けるわけだ。それほど魔法を使える人材は少ないのだろう。
……そういえばロベルトさんが召喚魔法は代々受け継がれているって言ってたよね。
聞けば、ロベルトさんも伯爵家の当主らしい。
数百年前に聖女召喚に成功した功績で隆盛を誇った家柄だそうだが、それも今や昔の話。
今は一応貴族であるものの、没落寸前だという。それなら召喚魔法を行使すればいいのにと思うも、そう簡単な話ではないそうだ。
発動するには何百人もの魔力が必要になる一世一代の大規模魔法であり、成功確率も賭けに近いらしい。
……今回はエンゼル公爵の支援があったって話だったもんね。国王様に擦り寄りたい公爵と没落回避をしたいロベルトさんの利害が一致して勝負に出た、そんな事情だったのかな。
支援というのは、おそらく魔力を掻き集めることだったのだろう。
こうして魔法事情を知ると、だんだんと今回の出来事の裏事情が見えてくる。
巻き込まれた身としてはなんとも言えない微妙な気持ちになってしまった。
……せめて私も魔法を使えたのなら、明日の我が身を心配するような事態にはなってなかったんだろうけど。
「魔法はごく一部の方しか使えませんけど、私のような一般人にも魔力は備わっているんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。その魔力を使って利用するのが魔道具です」
魔法を使えない事実に口惜しく感じていると、続いてメイドさんが教えてくれたのは魔道具についてだった。
またしてもファンタジーな響きがする単語であるため、私の胸には好奇心が再び芽吹き、目を爛々と輝かせる。
「魔道具は日々の生活でも使われています。こちらも魔道具ですよ?」
そう言って見せられたのは、ランプのようなものだ。部屋に光を灯すために使う道具だそうで、日本でいう電気の代わりのようだった。
つまり、魔道具は家電製品みたいな役割なのだろう。
これらの魔道具は、魔道具師と呼ばれる職人が作っているらしい。
魔力量が多いとその分多くの魔道具が作れるため魔道具師として活躍しやすいそうだ。
……ふむふむ。総括すると、魔法は超レアだけど、日々の生活を豊かにするために魔道具は普及しているって感じなのね。
色々納得した私だったが、そこでふとある疑問が浮かぶ。
戦う時はどうしているのか、という点だ。確か今は平和だけど、過去には戦争もあったと聞いた気がする。
それを尋ねてみたら至極あっさりとした感じでこんな答えが返ってきた。
「騎士団は剣や弓などの武器を使って戦いますよ。戦闘用の魔道具を使うこともあるそうです。魔法を戦闘で使うとは聞いたことがないですね」
……なるほど。普通に武力で戦うんだ。魔道具を兵器と見做せば、基本的に日本と変わらない感じかな?
ここまでの情報を総合すると、魔法や魔道具などファンタジーなものは一応存在するものの、一般人の生活はそれほど大きく日本と変わらない気がした。
魔道具が日本の科学力で作られるものの代替品という印象だった。
……魔法が中心の世界だと、魔力量が普通以下だという私は本当に役立たずの可能性があったけど……うん! この感じならまぁなんとかなるかな? 魔道具を使うのにも少量の魔力で事足りるみたいだしね!
この世界の一般知識を知って、少しだけ安心できた。
海外に移住したと思えば、なんとかやっていけるかもしれない。
それに海外と違って言葉の問題がないという点は非常に大きいと思う。異世界召喚特典なのであろう言語理解能力スキルがありがたかった。
海外といえば、思い出すのは学生時代のことだ。
私は大学生の頃に、バイトで貯めたお金で一年間の交換留学を経験している。
……あの時は言葉の壁に阻まれて、大変だったもんね。生活習慣や文化の違いにも困惑したっけ。懐かしいなぁ。
思い返せば、最初の三ヶ月くらいは本当に毎日泣いてばかりいた。
右も左も分からず、言葉も通じず。言いたいことも上手く伝えられないし、聞きたいことも理解出来なくて、本当に地獄だった。
何度日本に帰りたいと思ったことやら。
……それに比べると、こうしてこの国の人と言葉を交わして情報収集もできるもんね。
ちょっとやそっとでは挫けないメンタルはこの留学経験で培われ、その後の社会人経験でさらに磨きがかかったように思う。
クライアントに無理難題を言われつつも妥協点を探ったり、突発的なイレギュラーな事態に振り回されながら対処したりと、仕事で色々揉まれている私のメンタルは柔じゃないのだ。
こんな感じで謁見の日以降の三日間で「なんとかなるはず」「海外移住と思えばいい」と自分で自分に言い聞かせていた私だったが、王宮での日々は四日目に終わりを迎えた。
四日目に非公式で国王様に呼び出されたのだ。
非公式のため謁見の間ではなく、場所は国王様の執務室だった。傍に控える国王様の側近も一人だけで、かなりクローズドな場で少々驚いた。
まさかこのままひっそり処分されるのだろうかと一瞬身構えたのだが、それは杞憂だった。
「聖女ではなく治癒魔法を使えないレイナは王都にいる必要がないため、アールデルス領へ移動してもらう。そこで暮らして欲しい」
こう告げられたからだ。
……んんっ? それは処分はしないけど、不必要な存在だから王都から追放という意味でしょうか……⁉︎