17. キックオフミーティング
この国でも、季節は日本と同じように春、夏、秋、冬が巡るという。
ただ、話を聞く限りだと、日本よりも夏が短く、冬が長いようだ。
特にアールデルス領は雪深い土地であり、冬になると領地に住む人々は基本的に屋内で過ごすため、野外での活動はかなり滞るらしい。
となると、日本と違って冬はあまり外での仕事は進まないと考えた方が良いだろう。
私がこの国へやって来たのが春の始まり。今はすでに春の半ばになっている。
リゾート化計画をスムーズに進めるならば、冬を迎えるまでのあと数ヶ月が勝負となりそうだ。
「ということで、今からアールデルス領の温泉リゾート化計画の概要についてご説明します。本件の担当をしておりますレイナです。よろしくお願いします! では、まずはお手元資料の想定のスケジュールをご覧ください」
私は冒険者ギルドの会議室に集まった数十人の人々に向けて声を張り上げる。
今日は本計画に参加してくれる関係者とのキックオフミーティングの日だ。
冒険者ギルドに場所を提供してもらい、この場に関係者を一同に集めている。
そのメンバーは、オリバーさんやヴィム、アンネを始めとした領主様配下の使用人達、領内騎士団の騎士達、力仕事を請け負ってくれる冒険者達、そして市井の職人達といった顔ぶれだ。
冒険者の中には不死鳥の皆さんの姿もあり、引き続きアールデルス領に滞在して本件に力を貸してくれるそうだ。温泉作りの経験者がいるのはありがたい。
私が代表してみんなに向かって前で説明をしているわけだが、もちろん総責任者である領主様もこの場にいる。
領主様はいつも通り機嫌が悪そうに見える無愛想な顔で、会議室の後方にある椅子にドカッと座っているだけだ。
そうしているだけで不思議と存在感と威厳があり、場に適度な緊張感を与えている。
……ていうか、総責任者なんだからちょっとは前に出て説明して欲しいんだけどなぁ。……まあ、期待するだけ無駄だっていうのは分かってるんだけどね。
つい先日も冒険者ギルドのギルドマスターへの説明を丸投げされたのは記憶に新しい。
領主様はどうやらとことん私を使い倒す腹づもりのようだ。
……人前で感じ良く話をするタイプの人でもないもんね。
このリゾート化計画を任されてからというものの、領主様と打合せをする機会も多い。
何度か顔を合わせて言葉を交わしていて分かったのは、領主様は第一印象通りの人だということだ。
つまり、不機嫌な顔がデフォルトで、愛想という言葉が辞書に存在しない絶対営業職に不向きなタイプの人である。対人対応は絶望的そうだ。
ただ、頭の回転は早い。決断力や判断力があり、仕事はできる。こちらの話に耳を傾けてくれる度量も持ち合わせていた。
だから上司としては大きな不満は今のところない。
……適材適所ってことで、説明とかは私がした方がスムーズだろうしね。それを分かっていて私に丸投げしているんだろうし。
任されているということは信頼されているという証でもある。
こうやって頼られると、期待に応えたくてなんだかんだ言いながら頑張ってしまうのが私という人間だ。
日本で働いている時もまさにこんな感じだったなぁと思い出しながら、私は改めて気合を入れ直し目の前の関係者に向かって口を開く。
「冬がやって来るまでの約六ヶ月間でまずは様々なタイプの温泉を領内に作っていきたいと思います。アールデルス領が“温泉の領地”として周囲から認知されるためには種類を用意することが大切です」
人前で話す時に重要なのは、趣旨がきちんと伝わるようにゆっくりハッキリと話すこと、聞き手と目を合わせること、そして笑顔だ。
それらの点を意識しながら私は言葉を紡いでいく。
「様々なタイプとは、具体的にどんなオンセンを考えているんですか?」
私が説明をしていると、スッと手を上げて質問をしてくる人がいた。
これは良い傾向だ。きちんと話を聞いてくれている証拠である。
なにより一方通行で話すよりも聞き手の理解に合わせて説明ができるため、より深い理解を引き出しやすい。
私は質問を歓迎するようにニコリと微笑んだ。
「ご質問ありがとうございます。最初はまず四つのタイプの温泉を作るつもりです」
「四つ、ですか?」
「はい。具体的には、海が目の前に広がる温泉、山の雄大さを感じる温泉、川のせせらぎに癒される温泉、そして香りをテーマにした温泉の四つです」
一、ニ、三、四……と指でジェスチャーを交えて私は答えていく。
合わせてそれぞれの温泉の建設予定地についても補足した。
「それぞれの温泉には、貴族用の迎賓館と平民用の施設を併設し、宿泊や食事、娯楽も楽しめるようにしたいと考えています」
これは領主様やオリバーさんと事前に打合せて決めた内容だ。
身分社会で生きてこなかった私は当初全く貴族と平民で施設を分けることを想定していなかったのだが、そこは別にした方がいいと二人から指摘を受けた。
この国ではそれが一般的であり、受け入れられやすいそうだ。
正直なところ、同じものを豪華さに差をつけて作るなんて手間がかかるだけではないかと、個人的には思わなくもない。
だが、説明を聞いている関係者の反応はといえば、貴族と平民が分かれるのは当たり前と感じているようで、私の発言はごく自然に受け入れられているようだった。
……やっぱりこういう感覚の違いがあるんだなぁ。計画の細かい部分は領主様とオリバーさんの意見を反映して正解だったみたい。
いくら温泉リゾートという日本からの知識を持ち込もうとも、現地の事情に合わせた調整は欠かせない。
いわゆるローカライゼーションというやつだ。
「先程建設予定地をご説明したのでお気づきの方もいるかもしれませんが、四つのタイプの温泉は歩いて行けるような距離感になっています。その理由は、それらの中心地点に温泉街を作るためです」
「温泉街とは何ですか?」
「食事処や屋台、簡易宿泊施設、お土産屋、足湯などが並ぶ商業エリアのことです。五つの温泉に浸かるだけでなく、温泉街でのんびり散策も楽しんでもらい領内の経済が回るようにする狙いがあります。また、四つの温泉は人数に限りがある施設となりますが、そこからあぶれた方の受け皿としても想定しています」
このあたりも事前に擦り合わせた内容だ。
温泉街となる場所は、すべてを新規に作るのではなく、既存のお店を中心に増設していく計画となっている。
冒険者ギルドの周辺はアールデルス領の中でも一番商業的に発展しているエリアらしく、そこを活用するつもりだ。
そして冒険者ギルドには温泉街の観光案内所的な役割も兼ねてもらう話になっている。
ギルドマスターのサイゴンさんは、こちらが詳しく説明するまでもなく温泉街が経済圏になることをいち早く理解し、この話にノリノリで乗っかってくれた。
元Sランク冒険者で武力があるのはもちろん、利に聡く商業的なセンスも持ち合わせている人のようだ。
「ということで、冬までの間は以上のことに取り組んでいく予定です。役割分担としては、四つの温泉および付随する施設の建設を冒険者の皆さん」
「おう!」
「温泉街作りに伴う各お店の誘致や調整を領主様配下の使用人の皆さん」
「はい!」
「職人さん達は冒険者さんとともに温泉作りに取り組んで頂くのと、温泉街で使う諸々の家具や備品の制作もお願いします」
「よっしゃ!」
「そして騎士様は通常業務にプラスして温泉および温泉街の警備と治安維持を担当頂ければと思います」
「承知した!」
「また、冒険者パーティ不死鳥のメンバーは温泉作り経験者ですので、私の補佐として現場監督をお願いできますか?」
「了解!」
冬までの計画を一通り話し終えた私は、最後にそれぞれに目線を配りながら役割分担を発表した。
冒険者達は勇ましくガッツポーズ、使用人さん達は礼儀正しくコクコクと首を縦に振って、職人さん達は挑戦的なギラギラとした目でニヤリと笑い、騎士様達は気を引き締めた真面目な顔で返事をしてくれる。
職種の違いによって反応が全然違うのがなかなか面白い。
現場監督というリーダー的な役割を任せることになった不死鳥のメンバーはといえば、「待ってましたぁ!」と言わんばかりに張り切っているようだ。
先日の温泉作りに引き続き、頼れる味方となってくれそうでとても心強い。
関係者の反応に目を配りつつ、私はとりあえずホッと胸を撫で下ろす。どうやら無事みんなに計画を理解してもらえたようだ。
最後にチラリと一番後方にいる領主様にも視線を向ければ、彼は相変わらず威厳に満ちた姿で椅子に深く腰を掛けて難しそうな表情をしていた。
ただ、少しだけ口角が上がっていて、なんとなく機嫌が良さそうに見えるのは気のせいだろうか。
そんなふうに思いながらちょっと観察していたら、ふいに領主様の端正な顔がこちらを見た。
紺青の瞳に見据えられてドキリとする。
多くの人の前で話すよりも、領主様一人にじっと見つめられる方が心臓に悪い。
……イケメンに見つめられるのって尋常じゃなく緊張する……! ていうかなんで見られてるんだろ? なに? 私なんかやらかした⁉︎
視線を送られる意図が読めず内心焦り出していると、座ったままの姿勢で領主様がなにやらゆっくり口元だけを動かし始めた。
形の良い唇が言葉を型取り、声を発さずに何かを話しているようだ。
――「よ・く・や・っ・た」
そんな褒め言葉に見えたのは私の思い過ごしだろうか。読唇術の心得がない私には正解は分からない。
なんとなくだが、後で何て言ったのかを尋ねてもきっと領主様は教えてくれない気がする。
……それなら褒め言葉だと受け取っておこう。あの領主様に褒められたなんてスゴイぞ、私! よく頑張った!
謎の一言を私は自分の良いように解釈し、キックオフミーティングをやり遂げた達成感に浸ったのだった。