表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/35

16. 抜本的な解決策(Sideジェイル)

 ……まさかレイナがあんな思いもよらない案を提示してくるとはな。


 レイナの屋敷でオンセンの体験を終え、領主館の執務室へ戻って来た俺は、ソファーに深く身を沈める。


 腕組みをしながら、今しがたの出来事を思い浮かべた。


「ジェイル様、本気でレイナ様にお任せになるおつもりですか?」


 先程は一切口を挟まなかったオリバーが心配そうな表情を浮かべて紅茶を給仕してくれる。


 発言を撤回するなら今だと言わんばかりの様子だ。


「オリバーはどう思った?」


 俺はティーカップに静かに口をつけ、質問には答えずに視線だけをオリバーに向け、逆に問い返した。


「私はオンセンに入っておりませんので、その素晴らしさを正確には分かりかねますが、ジェイル様を始め、セナート様やエミリア様が良いとおっしゃるのなら価値あるものなのでしょう。それにレイナ様の提案は興味深く、実現すればアールデルス領のためになるとは思いました」


「オリバーもそう思ったんだろ? なら問題ないじゃないか」


「しかしですね……若い女性であるレイナ様にお任せするのはさすがに荷が重いのではございませんか?」


 この国ではレイナくらいの年齢の貴族女性は、女主人として館の管理や社交界での交流、子育てなどはしても、領地の事業に関わるというようなことはまずない。


 そんな常識を覆して任命している自覚は俺にもあった。


 だからオリバーの言わんとする意味は理解できる。


「だが、レイナは異世界人でその知識も特殊だ。レイナの案を実現するには、知識を提供する本人に任せるのが一番だと思わないか?」


「ええ、それはそうかもしれませんが……」


「それにこの国に来る前、レイナは異世界で働いていた経験もあるというし、なんとかなるだろ。なんだかんだ言いながらすでに構想を練っているようだったしな」


 俺はレイナの屋敷から帰る間際のことを脳裏に浮かべた。


 最初は「私には大した知恵なんてない」と困った顔をしていたレイナだったが、俺の命令を受け入れた後は、人が変わったように真剣な面持ちでさっそく何か考えを巡らせているようだった。


 あの様子を見れば、次々に口にしていた提案以上の何かをまた思いつくに違いない。


「ですが……」


レイナを信頼していないというわけではないのだろうが、若い女性であり、客人扱いでもあるレイナに任せることをオリバーはまだ憂慮しているようだ。


「オリバー」


 そんなオリバーに俺は真剣味を帯びた声で呼び掛ける。


 ここは領主としてハッキリ告げるべきだろう。


「これは領主である俺の判断だ。最終決定権は俺が有しているのだから、もうこれ以上の問答は無用だ」


「……大変失礼いたしました。おっしゃる通りです」


 俺の一言にオリバーはハッとした表情を見せ、すぐさま態度を改めるように背筋をスッと伸ばした。


 普段口煩いところがあるが、領主としての俺を立ててくれるできる家令だ。


 一瞬ピリッと空気が流れたのを打ち消すように俺は表情を緩めて、再びオリバーに語りかける。


「それにオリバーも分かっているだろ? アールデルス領には抜本的な解決策が必要だと。俺達では何も良い案が思いつかず頭打ちだったじゃないか。冒険者ギルドが撤退しそうな今、どのみちもう後がない。それなら思い切ってレイナの案に乗っかってみるのも一興だ」


 これが本音だ。領主として思い切った判断をした背景である。


 俺とともに頭を悩ませてきたオリバーも、俺のこの言葉には同意せざるを得なかったようで納得の表情で頷いた。


 (かく)して、多少の懸念は抱きつつもレイナ発案のオンセンリゾート化計画推進が決定したアールデルス領だったが、その計画は想像以上の迅速さで進んでいくことになる。


 というのも、一週間後に領主執務室に姿を見せたヴィムからこんな報告を受けたのだ。


「レイナ様が例のオンセンリゾート化計画について構想をある程度まとめたので、一度ジェイル様と打合せがしたいとおっしゃってるんですが、いかがいたしますか?」


 なんとこの短期間でレイナは打合せを申し出てくるほどに構想をまとめたという。


 驚くべき早さだった。


 申し出を了承し、その翌日に打合せの場を設けてみれば、レイナは紙に綴った企画書を提示してきた。


「各種文献や周囲の人々の話からアールデルス領について情報を得て、私なりに温泉リゾート化の構想を練ってみました。この前は口頭でお話しただけでしたので、絵で完成イメージも書いてみています。あと、それぞれを建設する場所も想定で組んでみましたけど、そのあたりは領主様のご意見もお伺いできればと思いまして」


 企画書には、手書きの絵でアールデルス領が描かれているほか、様々なオンセンの種類や冬の娯楽案まで書き込まれている。


 確かに口頭で言われるだけよりも想像しやすく分かりやすい。


 ……それにしても、よくまとめてあるな。アールデルス領についても随分きちんと調べてある。


 海の見えるオンセンはここ、川のせせらぎを楽しむオンセンはここ、冬はこのあたりを娯楽スペースに、保養施設や宿屋はこのあたりに設置……というように的確に構想されている。


 もう少し内容を詰めるにしても、現段階のこの企画書だけで何を推進しようとしているのかを理解するには十分だった。


 ……思った以上にレイナは有能だな。想定外だが、嬉しい誤算だ。


 オリバーに心配されながらも領主として判断を下したが、自分の決断は間違ってなかったのだと俺はほくそ笑む。


 一通り企画書の内容を説明し終えたレイナは黒目がちな大きな瞳をこちらへ向け、俺の様子を窺っている。


 そんなレイナに対して俺は意見を述べるのではなく問いかけた。


「レイナ、明日時間はあるか?」


「えっ。明日、ですか? はい、特に予定はありませんが……?」


 一瞬戸惑うよな顔をしたレイナは、首を傾げつつも真面目に明日の予定を口にする。


 その返答を受け、俺は次なる指令を告げた。


「それなら冒険者ギルドに行くからお前もついてこい。その場で今日のようにギルドマスターにこの企画書を説明しろ」


「ぼ、冒険者ギルドで説明ですが……⁉︎」


 突然の指示に訳がわからないと目を見開くレイナに俺はこれまでの冒険者ギルドとのやりとりを話して聞かせる。


 撤退されそうだという状況に、アールデルス領にとっては深刻な事態だと感じ取った様子だ。


 なかなか察しが良く頭の回転が早い。


「ギルドマスターのサイゴンは抜本的な解決策があれば撤退を考え直せると先日言っていた。この企画書で十分だ」


「そ、それなら私でなくても領主様がご説明されれば良いんじゃないですか……?」


「それも悪くないが、ここは目新しさを全面に打ち出すべきだと思わないか? 聖女とともにやって来た異世界人であるお前が説明すれば効果的だろ」


「まさかその紹介の仕方で聖女の権威を匂わせるつもりですか? 私は聖女でもなんでもありませんよ?」


 非難するようにジトリとした目で見られたが、特に俺は気にしない。


 しれっとこう答えてやった。


「別に嘘はついてないんだからいいだろ? それに使えるものはなんでも使うに越したことはないしな」


「………そうでしたね。領主様は使えそうなものはとことん有効活用する主義なんでしたよね」


 反論する気も失せたのか、そう呟きながらレイナはガクッと肩を落としす。


 結局ギルドマスターへの説明を引き受けてくれ、翌日俺とオリバー、レイナ、アンネの四人で冒険者ギルドに訪れることになった。



◇◇◇


「おや? 今日は人数が多いんですな」


 冒険者ギルドのギルマス専用の応接室にて、サイゴンはいつもと違うこちらの様子に一瞬驚いたような表情を見せた。


 俺が例の文言でレイナを紹介すると、傷のある厳つい顔にさらなる驚きを滲ませる。


 その驚きは、レイナが企画書を手渡して説明をするにつれ、ますます深まっていった。


 もはや吃驚を隠しきれないようで、企画書とレイナの顔を何度も見比べて、目を見張っている。


 ……これまで何度も足を運び、面会を重ねてきたが、サイゴンのこんな表情を目にするのは初めてだな。


 いつも腕を組み渋い顔を崩さない(いかめ)しい大男の度肝を抜いてやったことがなかなか痛快である。


「いやはや、旦那には驚かされましたぜ。いきなりこんな解決策を提示してくるとは」


「で、どうだ? 撤退は考え直してもらえるのか?」


「ええ、これなら本部を容易に説得できますぜ。これが実現すれば、アールデルス領へ保養にやって来る貴族や商人の護衛依頼で冒険者ギルドも潤うでしょうしな」


 サイゴンは利益を見据えてキラリと目を光らせた。


 この様子なら言葉通り本部を説得してくれることだろう。


「それにこの計画を進めるには力仕事のできる人手だって必要になるんじゃないんですかい? それなら冒険者ギルドの出番ってもんですぜ」


 ニヤリと笑ったサイゴンは将来の利益を見据えて、どうやらこの計画に積極的に協力してくれる心づもりのようだ。


 それは助かるなと内心で俺が思っていたところ、俺より先にその気持ちを口にする者がいた。


 レイナだ。


「冒険者ギルドの協力があればすごく助かります! 先日も掘削の魔道具を貸し出して頂き本当にありがとうございました!」


「ああ、そういえば不死鳥(フェニックス)のヤツらに頼まれたな」


「それ、温泉を作るのに使わせてもらったんです。おかげさまで領主館に温泉の第一号が完成したわけですが、先程ご説明したようにこれからは領地内に様々な温泉を作っていきますので、力仕事が出来る方がいると心強いです。ぜひ今後ともよろしくお願いします!」


 レイナは初対面であるサイゴンの歴戦の猛者たる見た目に、最初はやや萎縮している様子だったものの、その気後れはどこへやら。


 今では共通の知り合いの話を皮切りに、会話で相手の自尊心をくすぐりつつ、ちゃっかり魔道具の貸し出しと今後の協力を取り付けていた。


 こうして、俺とオリバーが長らく頭を抱えていた冒険者ギルドの撤退回避という難題は達成された。


 それだけでなく予想外にもサイゴンを味方に付けることにも成功。アールデルス領のリゾート化計画はレイナ主導のもと本格的に動き出すことになるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ