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15. 思いつきの案

 温泉を気に入ってくれたらしい領主様から同じものが欲しいと言われたわけだが、そう簡単に引き受けられるものではない。


 作ってくれと軽く言われても困る。なにしろあれは私だけで作ったものではない。


 だから私はいくら相手が領主様であろうと安請け合いするつもりはなかった。


「えーっと……領主様、あの温泉は作るのにそれなりに時間がかかります。あと、私だけでは無理で協力者が必要なんです。あれを作った時には知り合いの冒険者パーティーの方々にご厚意でお力添え頂きました。次も協力が得られる保証がありません」


 とりあえず、そんな簡単なことじゃないんですよとやんわり伝えてみる。


 今回は不死鳥(フェニックス)のメンバーが手伝ってくれたが、あれはあくまで面白そうと皆さんが興味津々で乗り気だったからだ。


 いわば娯楽の一環に近い。

 報酬もなしで手伝ってくれるなんてイレギュラーケースであり、次はそうはいかないと思う。


 となると、人手が足りないし、加えて不死鳥(フェニックス)の皆さんが手配してくれていた掘削の魔道具やその他諸々も手に入らない。


 今回と同じようにというのは無理な話である。だからこそどう考えても同じものを領主館に作るのは無理だ。


「なるほど。つまり人手が足りないんだろ? それなら領主館にいる使用人に手伝わせるよう手配する」


「それはありがたいんですが、誰でもいいってわけでもないんです。掘削の魔道具が使いこなせることや、力仕事ができることなどが最低限の条件になります。そのあたり大丈夫なんですか?」


「………確かにその条件だと使用人では厳しいかもな。領内騎士団の騎士は力仕事もできるだろうが、守りが手薄になるのは避けたいところだ」


 領主様は私が提示した条件を聞いて難しい顔をする。


 使用人は領主一族の身の回りの世話や領主館の管理、執務の手伝いなどが主たる業務のため、力仕事には不向きなようだ。


 ……そりゃそうだよね。普段デスクワークの人がいきなり工事現場に駆り出されるみたいな感じで畑違いな仕事だろうし。それに、仮に人手の件がクリアだったとしても、そもそも領主館に温泉をもう一つ作る必要はないと思うんだよねぇ。


 それは個人的な考えではあるが、案外領主様がまともに受け応えしてくれるので、私はつい思ったことをそのまま続けて口にした。


「あとですね、個人的には領主館の敷地内に二つも温泉はいらないと思います」


「なぜだ?」


「だって領主館とこの屋敷ってそんなに距離離れてないじゃないですか。なので、この温泉をみんなで使えばいいと思います。領主館の敷地内に二つ作るくらいなら、もっと他の場所に作った方が有意義です」


「他の場所の方が有意義、だと……?」


 何を言いたいのか分からないと言わんばかりに領主様は眉を寄せる。


 ジロリと鋭い目を向けられ、視線で話の先を促された。


「私のいた国では温泉は様々な種類があるんです。例えば浴槽ですが、ここにあるのは木の浴槽ですけど、他にも石の浴槽やタイルの浴槽もあります。それに木だって、木材の種類が違えば雰囲気も変わります」


 以前、温泉地のPRを担当していた私は実は温泉にそこそこ詳しい。PRするにあたり、色んなタイプの温泉を見たし、体験もさせてもらったからだ。


 その経験を思い出しながら、見たことがない相手にも伝わるように噛み砕いて私は説明をしていく。


「浴槽だけではありません。場所も大切です。それによって温泉に浸かりながら眺める景色も変わってきます。例えば、海が目の前に広がる露天風呂、山の雄大さを感じる露天風呂、川のせせらぎに癒される露天風呂、雪景色を愉しむ露天風呂などという感じです」


 ……真っ白な世界に染まる雪景色を眺めながらの温泉は格別だったなぁ。あれ、絶景なんだよねぇ……!


 言葉を紡ぎながら脳裏にはかつて体験した温泉が思い浮かび、あれをもう一度体験したいなぁという気持ちになってくる。


 そこで私ははたと気づく。


 そういえばここアールデルス領も冬は雪が降る寒い土地だ。それに山と海に囲まれたのどかな田舎である。


 ……あれ? もしかしてここでなら、雪景色も海も山も川も、すべての景色を眺められる温泉が作れちゃうんじゃない?


 何もないと言われるアールデルス領の土地は広く、たぶん場所は余っていそうだ。


 王都のような都会では難しくても、ここでは可能なのではないだろうか。


「つまり、ここにあるオンセンとは違ったものを違った場所で作る方がいいと言いたいのか?」


「そうです! 特にアールデルス領ってとても広いですし、使われていない土地もたぶんいっぱいありますよね? せっかく海、山、川もあって景色も綺麗なんですから色んなタイプの温泉を作ってみてもいいと思います!」


 そうなればいいなぁという願望も込めて口にしてみる。


 なにしろ今目の前にいるのはこの領地の領主、すなわち意思決定権のある最高責任者だ。


 領主様が話に乗ってくれれば、この領地で様々な温泉を楽しめるようになるのも夢じゃない。


 そうなれば、ますます私の異世界ライフの質も上がるというものだ。


「なんだったら、色んな温泉を取り揃えて、アールデルス領を温泉リゾートとしてブランディングしたらいいのに」


 PR会社で働いていた頃の思考回路で、ついポロッとそんな思いつきが口から漏れた。


「……ブランディング? なんだそれは?」


 口に出したつもりじゃなかったのに、反応が返ってきてしまい、私は目を瞬く。


 領主様の耳が私の独り言を拾ったようで、また訳がわからないというような目で私を見ていた。


 ……しまった。つい思ったことを口に出しちゃってた。最近仕事脳になってたから、日本にいた頃の感覚で考えちゃってるなぁ。


 なんでもないと誤魔化そうかとも思ったが、チラリと領主様を盗み見ると思いのほか真剣な眼差しをしていてドキリとする。


 気のせいかもしれないけど、なんとなく私の考えを聞きたいと言われている気がした。


 ……まあ、とりあえず言うだけで言ってみようかな? なんだか自治体から依頼を受けて地域活性化のPRを担当した時のことを思い出すなぁ。


 東京から遠く離れた田舎の自治体では、外から人が来ない悩みを抱えていて、うちの会社へ相談をしてきた。


 そこでその土地の人にとっては当たり前なものだが、外の人にとっては魅力を感じるものを見つけ出して、そこを打ち出してPRしたのだ。


 たぶんここアールデルス領も二年前の流行病によって外から人が来なくなっていて、似たような状況に陥っているのではないかと思う。


 そういう点を踏まえて、私はPR会社で働いていた時の感覚で口を開く。


「ブランディングというのは、ブランドのイメージや価値を顧客に認知してもらう取り組みのことです。もっと噛み砕いて言えば、ブランドをアールデルス領とした場合、アールデルス領のイメージや価値を周囲に知ってもらうってことです」


「それで、そのブランディングがオンセンとどう関係があるんだ?」


「温泉はこの国にはないものだと聞きました。そんな中、この土地に色んなタイプの温泉を作ったとしますよね。すると、この領地は『温泉の領地』として周囲に知られることになると思います。私の国でもそうだったんですが、温泉地はリゾート地として人気なんです」


「リゾート地というのは?」


「えーっと、休暇や余暇を過ごす場所のことです。行楽地、保養地とも言いますね。つまり日常から離れてゆっくりするところという感じです」


「なるほど。それで?」


「アールデルス領は王都から離れた辺境地ですよね。だからこそリゾート地にぴったりだと思うんです。自然に囲まれて、温泉につかりながらのんびりゆったり休暇を過ごすって最高じゃないですか? そこを価値として強調すれば、外から人が来ると思うんです」


 そこまで話すと領主様はなにやら手を顎にあてて「ふむ」というように思考を巡らせ始めた。


 一考の価値がありといったところだろうか。


 ちなみに先程から私と領主様ばかりが言葉を交わしているが、この場にはエミリアやセナート、アンネ、ヴィム、オリバーさんもいる。


 難しい話をし始めたと感じ取ったらしいエミリアとセナートは随分前から少し離れたところでヴィムに見守られて二人で遊んでるようだった。


 なので、実質は私の後ろに控えるアンネと、領主様の傍に控えるオリバーさんだけが私達の話に耳を傾けている状態である。


 だが、二人は一切口を挟んでこないので、結局私と領主様の会話になってしまっているというのが現状だった。


「雪はどう思う? アールデルス領は雪深い土地で冬は人の足が遠のきがちだ。仮にリゾート地とやらになっても冬は人が来ないんじゃないか?」


 目つきが鋭く無愛想ではあるが、領主様は頭の回転は早いらしい。


 ここまでの私の話を正しく咀嚼しているようで、まともな質問が返ってきた。


「それも心配ないと思います。雪が降る場所だから来たいと思わせればいいんです。例えば先程言った雪景色が愉しめる温泉を用意するとか、その他にも雪があるから楽しめる娯楽を準備しておけば冬でも人が来ると思います」


 日本でも北海道のような雪景色と雪遊びを満喫できる冬のリゾート地は人気だった。


 そんなことを思い浮かべながら、解決策を述べたところ、領主様は「なるほど」と頷く。


 そして何を思ったのか突然その場に立ち上がると、私に向かってこう告げた。


「よし、今決めた。アールデルス領をオンセンリゾートとしてブランディングするという件、レイナ、お前に任せる。金や人は準備するからやってみろ」


「………………えっ?」


 あまりにも予期せぬ言葉に私は酷くマヌケな声を上げた。


 真意が分からず、背の高い領主様を思わず真顔で見上げる。


 領主様はそんな私を見下ろすと、ニヤリと口を歪めた。


「当面の労働は不要で客人として預かり生活を保証すると言っていたが、ちょうどいい。明日から働いてもらうことにする。お前には色々知恵があるようだしな?」


 どうやらここまでの会話で目を付けられてしまったらしい。


 ……どうしよう。困った。ただ思いつきを口にしただけで、大した知恵なんてないのに!


「あの、誤解されてるかもですが、私に知恵なんてないですよ? ただ私のいた国の話をしただけっていうか……」


「別にそれで構わない。俺は使えそうなものはとことん有効活用する主義なんだ。お前には利用価値がありそうだからこのまま遊ばせておくのは勿体無いと判断した」


「ですが……」


「一年間の客人予定だったが、この件を引き受けるなら期間を延長してやろう。どうだ、お前にも利のある話だろ?」


 確かに生活を保証してもらえる期間が延びるのは助かる。やっと徐々にこの世界での生活に馴染んできたところだし、できれば今後のことはゆっくりじっくり考えたい。


 ……でも任せるってことは、手伝うってレベルじゃなく、主導する感じだよね? 私にできる……?


 しばらく無言で逡巡していた私は、結論を出しかねて、そろりと領主様の様子を窺った。


 すると、黙って返答を待っていた領主様は、私を見て唇の端をくいっと上げる。


 なんとも嫌な感じのする薄ら笑いに、不吉な予感をひしひしと感じてしまう。普段無愛想な人が笑った時ほど不気味なものはない。


 そう思って身構えていると、案の定な事態が起こった。


「そういえばもう一つ付け加えておくことがあるな。……お前、俺の裸をさっき盗み見ただろ? その分の対価は労働で返してもらわなければな」


 もう過ぎ去ったことだと思っていたのに、なんと今になって先程の一件を領主様は持ち出して来た。


 ……ちょっと! 裸を見たっていっても上半身だけなんだけど……! しかも事故だし! その言い方だとあらぬ誤解を生みそうじゃないっ……!


「えーー? レイナ、お兄さまの裸を見たの? いくらお兄さまが素晴らしいからってそれは淑女として良くないわよ?」


「に、兄様の言うとおり、見てしまったなら対価を返した方がいいとぼくも思う……!」


 タイミングの悪いことに、エミリアとセナートがちょうどこっちに近寄ってきて、話を聞いてしまったらしい。


 やはり誤解を招いたようで双子の姉弟は変態を見るような目を私に向けてきた。


 その視線にグサリと胸を貫かれ、結局領主様の言葉を受け入れた私は、がっくりと項垂れたのだった。


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