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13. 念願のものが完成

 不死鳥(フェニックス)の皆さんは早々に冒険者ギルドのギルドマスターと話をつけてくれたようで、無事に掘削の魔道具を借りられることが決定した。


 私も頭の中で妄想していた温泉計画をより具体化していく。


 それを手伝ってくれる皆さんにも説明して、さっそく翌週から作業に着手することになった。


 作業が始まってからというものの、掘削の魔道具のグオ~ンという作業音や不死鳥(フェニックス)の面々と私の話し声が辺りに響き渡り、屋敷の庭はにわかに賑やかな状態になっている。


 とても活気のある雰囲気だ。日本でイベント実施に向けてクライアントや同僚と力を合わせながら準備をしていた時のことを思い出してなんだか懐かしい。


 ……こういうのやっぱり好きだなぁ。ワクワクする!


 仕事に忙殺されて「もう嫌だ」と思いつつも、なんだかんだで会社を辞めずに続けていたのは、仕事にこういう楽しさとやりがいがあったからだ。


 この世界に来て念願のスローライフを手に入れたものの、のんびりするだけに耐え切れず、ラジオ体操やヨガで身体を動かし始めて満足していたけれど、やっぱりそれだけじゃ物足りなかったんだなと感じる。


 こうして温泉計画を進めている今が一番心に充足感を覚えているのだ。


 ……薄々思ってたけど、私ってやっぱり働くのが好きなんだなぁ。仕事から離れてみて、初めてその事実に気づかされちゃったかも。


 異世界に来て、全く今までとは違う環境に置かれたからこそ、自分の新たな一面を見つけられたようだ。


「レイナさん、見て見て! なんだか少し湿った土になってきたよ!」


 自己内省に耽っていた私は、ヒルダさんから掛けられた声で意識を戻し、掘削している場所へすぐさま駆け寄る。


 すると、確かに掘り起こしていく土の質が少しづつ変わってきているようだった。


「わぁ、スゴイですね! 順調です!」


「いや~この調子だと本当に地面を掘っていけば湯が出そうだね」


「驚きだな。地面の奥深くに湯が眠ってるなんて思ってもみなかった」


 面白いからという理由だけで信憑性に欠ける私の計画に乗ってくれている不死鳥(フェニックス)の皆さんも、土が湿ってきた光景に興奮を隠しきれないようだ。


 ……それにしてもやっぱり魔道具ってチートぎみなアイテムだよね。こんなに早く作業が進むだなんて。


 日本で温泉掘削をするとなると、大型なボーリングマシンが必要なはずだし、日数もかなりかかるはずだ。


 なのに、ここではドリルが付いた普通の採掘機が信じられないくらいのパワーを発揮する。


 どんどん奥深くに掘り進んでいくから驚きだ。

 

 さすが魔力が組み込まれた魔道具である。科学とは違うチカラをまざまざと感じさせられる。


「私が思っていた以上の作業スピードなので、そろそろ湯を掘り当てた時に向けて次の準備を始めましょうか?」


「そうね。湯を引き上げるポンプと湯船などを用意するのだったわね」


 このあたりは事前に計画を説明した際に擦り合わせ済みだ。


 実のところ、私も温泉の作り方なんて詳しくは知らない。温泉地のPRを担当していたから、その素晴らしさは存分に語れるのだけれど、専門知識はないのだ。


 だから説明の際には、「こういう風にしたい」と完成形を絵にしたり、言葉で説明したりして不死鳥(フェニックス)の皆さんには伝えた。


 そうしたら、「それならあの魔道具が使えるわね」、「こうしたらいいんじゃないか」等々の意見が口々に上がったのだ。


 私の理想を実現するために知恵を出し合ってくれて、異世界風のやり方で工程を組み立ててくれたのは他でもない不死鳥(フェニックス)の面々である。


 冒険者として色んな場所を訪れて来た皆さんは実に博識で、とても頼りになる。たぶん私だけだったら絵空事で終わっていただろう。


 ……話し合いも楽しかったなぁ。私が構想を語って、それに対するアイディアを出し合って、道筋を決めていく感じがワクワクしたんだよね。日本にいた頃に会議の場でブレストしてる時みたいだったなぁ。


 この計画が始動して以降、すっかり仕事脳のスイッチがオンになっているようだ。


 まるでプロジェクトマネージャーにでもなった気分で私は不死鳥(フェニックス)の皆さんと進行を都度確認し、時折アンネに休憩を促されつつ計画に邁進した。


 ちなみに作業の前には毎回必ずラジオ体操とヨガをするようにしている。


 私から不死鳥(フェニックス)のメンバーにレクチャーしたわけだが、例の如く最初は物凄く奇妙な目で見られてしまった。


 でもアンネとヴィムの反応で私はすでにこの状態に慣れっこになっている。そのため、気にせず「とりあえずやってみて」とほぼ強制参加させてみた。


 すると案の定、その効果を実感してくれたようで今では自ら進んでやってくれるようになっている。


 身体が資本の冒険者にとっては、これらの運動がいかに大切か感覚的に感じ取ってくれたようだった。


 奇妙なことといえば、作業の合間になぜかアンネがウェルムさんとヒルダさんに体術の教えを請うている場面を見かけた。


 その時に初めて知ったのだが、どうやらアンネはただのメイドではなかったらしい。私の護衛も兼ねていたそうだ。


 だからいつも私の傍に控えてくれていたのかと合点がいった。


 そういえばアンネがヨガを初めてやった時に「強くなるのには効果的だ」って呟いていたなぁと思い出す。


 アンネにコソッと尋ねてみたところ、なんでも自分を鍛えるのが趣味なのだそうだ。


 Aランクの冒険者と接する機会を得て、強くなる絶好の機会だとウズウズして堪らないと、珍しくいつもの無表情にやる気を漲らせていた。


 休憩時間に実際にアンネと鍛錬をしたウェルムさんとヒルダさんによると、アンネはかなり筋が良いらしくなかなかの戦闘力だという。


 アールデルス領に来てから一番身近な存在だったアンネの思わぬ一面を今更ながらに知った次第だ。


 そんな感じで作業は賑やかに、そして順調に進んでいき、数日後にはついに湯を掘り当てることに成功。その場は歓喜に沸いた。


 ちょうど作業を見学しに来ていて、その瞬間に居合わせた小さなお客様エミリアとセナートも、よく分からないながらもキャッキャっとはしゃいでいた。


 その様子が実に可愛らしくて大人達は思わず頬を緩め、ほっこり和んだものだ。


 湯を掘り当てた後は計画も最終段階に移行し、湯を引き上げるポンプや湯船の設置、排水の整備と進んでいく。


 そしてついに!


 作業開始から約一ヶ月、恋しくてたまらなかった念願の温泉が完成した。


「これがオンセンか」

「本当に出来あがっちゃったわね」

「この湯の中に裸で入るんだよね?」

「気持ち良さそうじゃない」


 完成した温泉を目の前に不死鳥(フェニックス)の面々は満足そうに感想を各々口にする。


 屋敷の庭に出来上がったこの温泉は、浴槽にアールデルス産の天然木材を使用した露天風呂だ。


 せっかく庭は森に面しているのだから、森林浴を楽しめるように露天風呂にしたのだ。


 とはいえ、丸見えなのは困るので、湯船は木造の小屋の中にあり、扉を開け放てば外の景色が眺められる仕様になっている。


 小屋には脱衣所も併設しているので、屋敷からタオル一枚で走ってここまで来なければいけないということもない。


 ……すごい、完璧! 小屋を建てるのも、湯船を作るのも、便利魔道具が大活躍でサクッと出来ちゃうんだもん、さすが異世界!


 不死鳥(フェニックス)の面々が色々手配してくれたおかげだ。


「本当にありがとうございました! こうして完成したのも皆さんの協力あってこそです! どうぞさっそく温泉を体験してみてください!」


 最大の功労者である皆さんに一番風呂を入ってもらわねばと、私は意気揚々と入浴の仕方などを説明しようとしたのだが、不死鳥(フェニックス)の全員が示し合わせたように首を横に振る。


「いや、俺達は作業に協力しただけだ。レイナさんの構想なしには生まれなかったものなのだし、ここはまず発案者のレイナさんが入るべきだ」


「うんうん、リーダーの言う通りだと僕も思うよ」


「あたい達はレイナさんの後に体験させてもらうよ。ほら、ずっとこの瞬間を待ち望んでいたんだろう? 遠慮なく入りなよ」


「私達はレイナさんが入っている間、お屋敷で冷たい飲み物でも頂いているわね」


 あろうことか、口々にこう言って私に一番風呂を譲ってくれたのだ。皆さんの心遣いに胸がじんわり温かくなる。


 ……不死鳥(フェニックス)の皆さんがいい人すぎる!


 この世界で知り合った冒険者パーティーがこの人達だったことに心から感謝したい。


 巻き込まれて召喚された時には今後どうなることかと不安だったけど、国王様には命を救われたし、アールデルス領では客人として自由に過ごさせてもらえてるし、こうして素晴らしい人達とも親交を得られて私は本当に恵まれている。


「じゃあお言葉に甘えて先に入らせてもらいます。本当にありがとうございます!」


 私は深く頭を下げると、ご厚意に甘えてさっそく出来立ての露天風呂に入らせてもらうことにした。


 小屋の中の脱衣所へ一歩足を踏み入れれば、新築の建物特有の匂いが鼻腔をくすぐった。


 心穏やかになるような木の匂いが漂っている。


 そそくさと身に付けている服を脱ぎ去り、いよいよ露天風呂へと足を運ぶ。


 ドキドキと期待で胸が高まった。


 木材で出来た湯船には茶色がかったお湯が溜まっている。その湯船から桶でお湯をすくい、まずは身体全体に浴びて汗を洗い流した。


 そして次こそが湯船に浸かる番だ。


 そっと片脚から中へ入れ、徐々に身体全体を湯の中に沈めていく。


 ……これ、これ! ああ、気持ちいい。最高~!


 お湯の中でゆっくり深呼吸すると、フーッと身体の力が抜けていく。安らぐ木の香りを相まって、心身ともにリラックスできた。


 やはりシャワーだけでは得られない心地良さがある。


 ……生き返る~!って感じだなぁ。やっぱり日本人にはお風呂が欠かせないよねぇ。それにしてもこの景色も最高だわ。


 露天風呂を存分に楽しむため、森に面している扉を今は開け放っている。


 目の前には緑生い茂る木々が広がっていて、視覚的にも癒されるのだ。


 いつもラジオ体操やヨガをする時に眺めているので、もはや見慣れた景色ではあるのだが、やっぱり温泉に浸かりながら見ると一味違う。


 ……このひと仕事やり終えた後のお風呂っていうシチュエーションもきっとこの心地良さに一役買ってるよね。プロジェクト活動みたいで楽しかったなぁ。


 お湯の中で手首からひじ、足首からひざに向けて手でマッサージしながら、私はこの約一ヶ月の出来事を振り返る。


 不死鳥(フェニックス)の皆さんと力を合わせて計画を推進したこの期間は本当に充実した時間だった。


 終わってしまったのが少し寂しいくらいだ。


 こうして私は頼りなる人々の協力のおかげもあって、恋しくてたまらなかったものを手に入れ、ますます異世界でのQOLクオリティーオブライフを向上させることに成功したのだった。


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