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11. 可愛らしい来客

 ……あ~最高! 青空の下でのヨガは開放感がハンパないわ! 心身が整う~!!


 この日も私はラジオ体操を済ませ、芝生の上で“三日月のポーズ”を決める。


 もはやラジオ体操とヨガは、毎日のルーティンとなっていた。


 こうやって適度に身体を動かすようになってから、驚くほど健康状態は良好だ。


 自律神経が整ったおかげか、睡眠の質が著しく向上している。


 それに外でのヨガは、太陽、風、空、大地など自然との調和を感じることができ、都会での慌ただしい毎日で澱んだ私の心を洗い流してくれるようだった。


 ……まさにスローライフ満喫中って感じよね!


 ひたすらのんびりするだけの日々に少し活動的なことがプラスされ、ますます私のスローライフは充実してきていた。


 とはいえ、もう少し活動的に行動したくもある。


 ……となると、次はアレを試みちゃう? できるかな? でも身体を動かすようになってますます恋しくなっちゃったんだよね~。


 そんなことを頭の中でチラリと考えながら、続いてお尻やお腹などの引き締めに効く“三角のポーズ”を繰り出す。


 片方の手を足の方へ下ろしていき、反対の手は上に伸ばし、脇腹を引き上げるような意識で体勢をキープ。


 ウエスト回りに効いているのをしみじみと実感していたら、なにやら背後が騒がしいことにふと気がついた。



「ねぇ、見て見て! きっとあれが噂の儀式だわ!」


「う、うん。そうだね。……あのさ、それよりぼく達ここに勝手に入っても良かったのかな?」


「大丈夫よ! ヴィムが一緒なんだから!」


 居間と繋がるテラスの方から馴染みのない無邪気な声が複数聞こえてくる。


 この屋敷にアンネとヴィム以外の人が訪ねてくるなんて、私がここで暮らし始めて以来初めての出来事だ。


 ……漏れ聞こえる内容から察するに、ヴィムが連れて来たようだけど……誰かな? それに噂の儀式って?


 心当たりはないが、来客なのであればヨガをしている場合ではない。


 私はポーズを一旦中断して息を整えると、応対するためクルリとその場で振り返る。


 テラスの方へ身体を向けると、そこにはアンネとヴィムの他に見慣れぬ二人の人物が佇んでいた。


 その二人を見て私は目を丸くする。


 なんていうか、予想外だったからだ。


 ……えっ、なんでこんなところに子供が??


 そう、二人は小学生低学年くらいのまだ幼さを顔に残す子供だったのだ。


 てっきり来客はヴィムの同僚の執事やメイドなど大人だと思い込んでいたのもあって、ちょっと驚いてしまった。


「えっと、どなた、でしょうか……?」


 私は二人に尋ねつつも、困惑ぎみに視線をヴィムに向ける。


 ヴィムは「すみません」と平謝りするような表情を浮かべており、なんとなく静止しきれずに二人が勝手にここまで入って来てしまったのを察した。


 わんぱく盛りの子供であればそんなこともあるだろう。


「あなたがレイナなんでしょう? はじめまして、わたしはエミリア・アールデルスよ!」


「ぼ、ぼくはセナート・アールデルスです……」


 ちょっとおませな感じで気の強そうな印象の女の子と、人見知りがちなのかモジモジしている男の子がそれぞれ名乗ってくれる。


 性別は違うが、見た目も背丈も非常に良く似ている二人だ。もしかすると双子なのかもしれない。


 ……ん? ていうか今、アールデルスって言わなかった? えっ、ということは……⁉︎


 はたと重要な点に気づいた私は、答えを問うように再びヴィムに素早く視線を向けた。


「お察しの通りです。エミリア様とセナート様は、ご領主であるジェイル様の妹君(いもうとぎみ)弟君(おとうとぎみ)でいらっしゃいます。双子のご姉弟で現在八歳です」


「あ、なんだ妹と弟なんだ」


 てっきりご領主様のお子様かと思ったという言葉は呑み込んだ。


 独身だと聞いていたけど子供がいてもおかしくない年齢ということもあり、「もしや隠し子がいて実はシングルファーザーだったの⁉︎」と勘繰ってしまった。


 ……やっぱり双子だったんだ! よく似てるもんね。それにしてもご領主様にはこんなに歳の離れた弟妹がいたのね。ずいぶんな歳の差じゃない?


 現在八歳なのであれば、十八歳差ということになる。


 日本でも歳の離れた兄弟はいなくはなかったが、これだけの差は割と稀だと思う。


「初めまして。レイナ・オイカワです。お二人のお兄様であるご領主様にはお世話になってます。客人としてここに住まわせてもらってとても助かってます」


 とりあえず挨拶を返していなかったことを思い出し、私はニコリと笑ってまずは名乗りを上げた。


 相手は子供ではあるが、一応丁寧な言葉遣いにしておく。


 研修先の会社社長の親族だと考えれば、この対応で間違いないはずだ。


「別にそんな丁寧な話し方じゃなくって大丈夫よ! もっと普通に話して! ね、セナート?」


「あ、うん。ぼく達のことは、その、呼び捨てでいいです」


「そうそう! セナートの言うとおりよ! わたし達もあなたをレイナって呼んでいい?」


「えっ? うん、それはもちろんいいけど?」


 どうやらこの二人――エミリアとセナートは、私と仲良くしたいらしい。


 砕けた話し方でも良いと本人達から許可も得たことだし、私はせっかくなので二人と少し話をしてみることにした。


 ちょうどアンネが人数分の紅茶を淹れて来てくれたようなので、二人とテラスでティータイムを楽しむとしよう。


「それで、エミリアとセナートは今日はなんでここに来たの? ヴィムと一緒に来たみたいだけど?」


「ええ、そうよ。ヴィムにお願いして連れて来てもらったの!」


「ち、ちゃんと(にい)さまには許可をもらいました」


「わたしたち、レイナがやってるっていう儀式に興味があったの! 見てみたくって!」


「き、奇妙な動きだと執事たちから聞きましたが、さっきのがその儀式ですか?」


 意気揚々と話すエミリアと、モジモジしながらも興味津々な瞳を向けてくるセナートに迫られ、私は目を瞬く。


 というか、さっきから引っ掛かる言葉がチラホラ出てくる。


 ……“儀式”って何のこと? 確かさっきもそんなような台詞を言ってた気が。それに“奇妙な動き”って……? え、もしやラジオ体操やヨガのことを言ってたりする⁉︎


 ピンと来てしまい、私は状況をよく知っていそうなヴィムに三度(みたび)視線を向けた。


 もともと細い目をさらに細めてニコリと人の良い笑みを浮かべ佇むヴィムは、一瞬ギクリと肩を強張らる。私から逃れるようにつーっと視線を横に逸らした。


「……ヴィム?」


「――ッ!」


「今のエミリアやセナートの話はどういうこと? 儀式? 奇妙な動き? ヴィムなら何か心当たりがあるでしょ?」


「………はい、お話します」


 追求から逃れられないと悟ったらしいヴィムは、弱りきった顔で事情を説明してくれた。


 どうやらラジオ体操やヨガを目にしたヴィムとアンネは領主館で働く同僚にポロッとその時の驚きを話したらしい。


 別に機密でもないし、「こんなことがあったよ~」という世間話の一貫だったという。


 それが使用人の間で噂になったそうで、エミリアとセナートは偶然耳にしてしまったのだそうだ。


 ……ということは、ヴィムとアンネが奇妙な儀式だという感想を抱いたって意味よね⁉︎


 微妙な顔をされていることには気がついていたけど、まさかそんな風に思われていたとは。


 チラリとアンネにも視線を向けてみたが、アンネはまるで「我関係なし」と言わんばかりに涼しい顔だ。


 なんていうか面の皮が厚い。


「エミリア、セナート! たぶん二人は勘違いしてるの。あれは別に奇妙な儀式ではないからね! 健康にと~ってもいい運動なのよ!」


「えっ、運動なの? 呪いではなく?」


「で、でもぼくたちが知ってる運動とは違う気が……」


「そりゃあ、異世界の運動だからね! 二人が体験したことがないような新しいものなの。あ、そうだ! せっかくだから一緒にやってみない? やれば変な儀式じゃないって分かるはずだから!」


 このままではラジオ体操とヨガが誤解されてしまう上に私が奇行に走ってるようにも思われかねないと思った私は、エミリアとセナートに真実を説く。


 理解できないと言うようにキョトンとした顔をする二人に、ヴィムとアンネに対してそうしたように、今度も私は誘ってみた。


「体験したことがない新しいもの……面白そうね! わたし、やってみたいわ!」


「エ、エミリアがやるなら、ぼ、ぼくも……!」


 やっぱり幼い子供は好奇心旺盛だ。ヴィムやアンネと違って私の誘いに目を輝かせて飛びついてきた。


 さっそく二人をテラスの前に広がる芝生へと(いざな)い、まずはラジオ体操からスタートする。


「じゃあ最初はラジオ体操からね。これはリズムに合わせて身体全体を動かすの。ダンスみたいなものだと思って私のマネをしながらやってみてね!」


 タンタラタッタッタッタ~♪と口ずさみながら、私は二人に向かって動きをやって見せる。


 エミリアは楽しそうにマネを始め、セナートは少々困惑気味にぎこちなく身体を動かし出した。


 次第に要領を得てきたようで、二人の動きがスムーズになる。


 ……こうしてると、小学生の夏休みに公園でのラジオ体操に毎朝通っていたのを思い出すなぁ。


 ひょこひょこ動く小さな二人の姿を見ていると、在りし日の自分を思い出してなんだか懐かしくなった。


「リズムに合わせるのはいつも練習してる社交ダンスと一緒だけど全然違うわ! これはこれでなんだか楽しいわね!」


「な、なんだか身体がスッキリする感じがする……!」


 どうやらエミリアとセナートはやっているうちにラジオ体操の良さを実感してくれたようだ。


 ……ほらね! やっぱり実際に体験すれば儀式や呪いじゃないって分かるのよ!


 嬉しくなって私は「ふふん」とやや得意げにヴィムとアンネに視線だけを向ける。


 ヴィムとアンネは意外そうな顔をしていて、ちょっとだけザマァな気分になった。


「ラジオ体操は簡単な動きで誰でもできるのが良いところなの。身体の筋肉や関節を伸ばすことができて、準備運動にぴったりなよ!」


「準備運動?」


「そう。例えば、この国だと剣を振るったりするんでしょ? その前に準備運動としてやれば、身体が温まる上に筋肉や関節が伸びて、より身体が動きやすくなると思うわよ!」


「え! それは本当ですかっ!」


 ラジオ体操を終えてエミリアとセナートに向けて説明していたところ、なぜか二人以上に後ろで聞いていたアンネが急に勢いよく食い付いてきた。


 いつも無表情でクールなアンネの豹変ぶりに驚きながら私はコクリと首を縦に振る。


 どこらへんがアンネの心に響いたのか不明だが、そこから二人に加えて妙に意気込み始めたアンネも一緒にやる運びとなった。


 続いてはヨガだ。

 人数分のタオルを芝生に敷いて、私は初心者でもできるポーズをお手本としてやって見せる。


「ヨガは呼吸を意識しながら、疲労回復効果や血行がよくなるポーズをしていくの。ポーズは八千四百万個もあるって言われてるのよ。この“キャット&カウのポーズ”は難易度が低くて初めての人におすすめだから、マネしてやってみて!」


「ふふふっ、本当にネコみたーい!」


「な、なんだか心が落ち着く、感じがする……?」


「なるほど、背骨まわりの緊張や凝りをほぐれる感じがしますね。剣が扱いやすくなりそうです」


 エミリア、セナート、アンネから三者三様の感想が上がる。どうやらヨガも好感触なようだ。


 その後もいくつかのポーズをみんなで一緒にやっていく。最後にはすっかり心が整った状態の三人が出来上がっていた。


「不思議だわ。心がスッキリするわね!」


「うん。と、とっても気持ちが良かった……!」


「身体の柔軟性が良くなった気がします。これは強くなるために効果的です」


 ……ヨガの良さをみんなにも体感してもらえたみたいね。それに私も楽しかった! 


 一人でやるのもいいけど、みんなでやるのも一体感があってとても良かった。


 予想外の可愛らしい来客により、思いがけず私はいつもより賑やかな、楽しいひとときを過ごしたのだった。


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