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ランコは誰とも繋がれない

      ♢


「なあ、サキ。いったい、なにがあったんだ?」


 ランコは眠るサキに問いかける。返事がないのは承知の上だ。月光を浴びたのだから、またしばらくは目覚めないだろう。幾度か短い覚醒を繰り返してはいるが、ぼんやりした状態のまますぐにまた眠りに落ちていく。

 狩りに出た時はあんなにも上機嫌だったのに、別行動をとったわずかな時間になにがあったというのだろう。死にたいと望むほどのなにが。


 この終わりなき日々を断ち切ることができたら、どんなにいいか。

 ランコ自身、武雄と共に考察を進めていた当時は、ランコは永遠に死せる者のままだろうという結論に落ち着いた。永遠は絶望だ。絶望が永遠に続くのだ。



「私が死んだら、噛みつくといい」


 自らの死期を悟った武雄はそんなことを言った。


「だって、そんなことをしたら武雄まで……」


「わかっている。だから言っているんだ。このまま死んだら、私はおそらく還りし者になるだろう。そうしたらヒガンに属するのは四十九日だけだ。お前はまた独りになってしまう」


 当時の平均的な寿命といわれる年齢にはまだ届いていなかったが、武雄に命が穏やかに尽きようとしているのは蘭子にもわかった。

 寿命。

 短くても与えられた命を全うしたら、その者は死せる者になることなく、還りし者となって次の生に備える。武雄はその流れに乗るはずだ。


 還りし者は精神を支える気であるコンだけの存在だ。塵ほどの存在すらない、宙を漂う風や光のようなもの。死せる者であっても、その存在を感知することはできない。

 四十九日間は辺りを漂っているが、ランコにはそれを知るすべはないし、おそらくコンとなった武雄にも命の核のようなものしか備わっておらず、なにかを思考したり、意思をもってなにかを行ったりすることはないだろう。

 それはつまり、永遠の別れを意味する。蘭子が孤独に帰ることを意味する。


「だからって、武雄が私のために死せる者になることはないわ。あなたは知らないのよ、永遠というものの絶望を」


「だからこそ永遠の絶望とやらを分かち合おうと提案しているのだが」


「お断りよ」


 そう一言返すので精いっぱいだった。それ以上口を開いたら、武雄の提案を受け入れてしまいそうだった。

 そうして、武雄のコンは夜明けとともに抜けていった。武雄の最期を看取ったのはランコただひとりだった。それ以来、井口の家には近寄らなかった。



 深く眠るサキを部屋に残してランコは再び外に出た。

 狩りが済んでしまえば、あの熱に浮かされたような感覚は失われる。


 熱、か……。

 体温を失って久しい。ヒガンの者は年月を数えるすべを持たないため、数字で示すことはできないが、シガンの街並みどころか海岸線の形状まで変化するくらいには時が過ぎた。


 その短くはない時の中で、誰かと行動を共にするのは今回が初めてだ。

 サキが独り立ちするまでは面倒をみようと決めたのは、月に薄雲がかかった晩だった。あの晩、ランコは一人の女を救った。


 ――いや、本当は救われたのはサキではない。私だ。私は、私自身を慰めるために、見ず知らずの女をヒガンに引きずり込んだのだ。



 狩りをしていれば、他の死せる者と遭遇することも少なくない。狩りの最中であれば、互いの存在に気付いても特に思うところはないが、満たされた後は言葉を交わすこともある。言葉といってもかつてのような流暢なものではない。発声も言語も記憶から薄れゆく中でかろうじて残っている喃語のような言語だけで意思疎通をはかるのだ。


 死せる者はコミュニティなど作らないのだから、他者と関わる必要もない。それが、狩りの後は誰からともなく集まり、ボソボソと言葉を交わすのだった。


 生ける者の成分を取り込むことで、その性質の一部が発現しているのではないかとランコは考えている。生ける者はなにかと群れたがる。狩り直後の死せる者たちはそれに似ていた。


 狩りの晩の交流でいろいろな情報を得ることができた。一口だけなら生ける者への影響はほとんどないこと。満足するまで食してしまうと、その獲物は死せる者になること。などなど。


 後に、そこで得た情報は残さず武雄に伝えた。既に武雄が知っていたり仮説をたてていたりした事柄もあったが、多くは『ヒガン考』に新たに記載された。


 彼らの変化もまた貴重な情報だった。他者の変化を観察できる者はいないようだった。他者が変化する頃にはまた自らも変化しているからだ。ランコだけが、変化から取り残された。


 何度か顔を合わせるうちに、言葉を失っていく者もあった。忘却の作用が働いているらしい。彼らは忘却し、生ける者であった頃の記憶のみならず、その性質も忘却していった。使わない知識や能力は退化していくようだ。

 そして、やがて還りし者となり、ヒガンを去った。

 その後のことはわからない。還りし者となるという話も伝聞に過ぎず、どこか信仰めいた思考にも思えた。


 幾度となく繰り返される出会いと別れの中で、ランコの脳は機能し続けた。記憶は失われず、知識は蓄積されていく。


 他の死せる者たちとはなにかが違う。早い時期にそう感じた。コミュニティを形成しないとはいえ、特異な存在は排斥されるのではないかとの警戒心が働いた。今思えば、他の者たちにそこまでの思考能力は残されていなかったのだが。当時はまだヒガンについて知らないことばかりだったから、怯えるように過ごしていたのだ。


 違うということを隠さなければ。頑なにそう信じ、ことさらに無感情を装った。それはランコの生前が影響しているのかもしれなかった。





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