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サキは狩りを満喫する

 サキが生ける者を狩れるようになって初めての満月の夜。かつてランコに連れられて狩りを学んだ夜と同じ、雲一つない美しい月夜だ。違うのは、待ちきれなくて浮き立つ心を持て余しているのがランコではなく、サキの方だということだ。


「ああ、ゾクゾクする!」


 窓辺で大きな満月を見上げながら、サキは両腕で我が身を抱いていた。

 今なら満月の夜にそわそわしていたランコの気分がよくわかる。


「サキ、もっとフードを深くかぶれ」


 ランコは笑いを含んだ声でいましめながら背伸びをして、サキのローブの乱れを直した。


「サキはなかなか狩りができなかったから、一時はどうなることかと思ったけど、取り越し苦労だったみたいだな。こんなに食いしん坊になるとはな」


 ついに声を立てて笑い出したランコのことをサキはキッと睨みつけた。


「私は、あの初めて狩った獲物の味が忘れられないだけよ。そのあとに口にした獲物は、以前ほど拒絶反応が出ないというだけで、特においしいと感じるわけではないわ」


「それは、初めて知った味だからおいしく感じただけだろう。いずれにせよ、昔から異界のものを口にしたらその世界に馴染むというし、サキもそういうことなんだろうな。一度、生ける者を狩れたことでようやくヒガンの者になったってことだ」


 ランコの言葉に、サキは誇らしさに頬を緩ませた。

 死せる者でありながら月光に弱く、生ける者を獲物とすることを躰が受け付けず、血気不足でただ衰弱していくだけの苦しみと虚しさから逃れる術を求めていた頃が嘘のようだ。相変わらず陽であれ月であれ、天からの光には適応できないが、狩りができるようになったことで、そんな体質をも受け入れられつつある。


「行くぞ」


 声が聞こえた時には既にランコの姿はなかった。サキも慌てて後を追う。

 獣のように俊敏な二つの人影が、国道に向かって疾走した。



 コンビニの駐車場脇にある雑木林を抜けると、茂みに身を潜めるランコの小さな影が見えた。コンビニのガラスには無数の死せる者たちが張り付いて中を窺っている。

 サキはそっと隣に身を伏せた。


「ちっ、邪魔だな」


 舌打ちと共にランコが忌々しそうに吐き捨てるのが聞こえた。

 たしかにあれでは争奪戦が激しそうだ。実際に、生ける者が出入りするたびに死せる者たちが一斉に群がり奪い合っていた。


 ふと気づけば、ランコの姿がない。さすがの素早さだ。独り占めできる獲物を追ううちに住宅地へと入っていったのかもしれない。

 ランコが行くとするならばより暗い方だろう。サキは茂みを抜け出すと、路地を折れ、比較的夜の色が濃い道を進んだ。

 だが、他の死せる者どころか、ランコの姿も獲物となる生ける者の姿もない。何者の気配もない道は、硬質な空気に満たされている。


 いくつめかの角を曲がった瞬間、突如、思考が明晰になった。


 ――私、この道を知っている。


 初めての獲物が去って行った道だ。でも、それだけではない。もっと前から知っている気がする。馴染んだ道だと感じる。

 胸に蠢くものの正体を見極めることのできないままに、サキは歩を進めた。引き寄せられる。気持ちは焦るが、とても大切なことのような気がして、引き寄せられる力の強さに抗いながら、一歩一歩丁寧に踏み出す。


 道の先には一棟のマンションがあった。


 匂いがする。


 なんだろう、この匂いは?


 これといって、断定できるものが浮かばない。あらゆるものが絶妙の配合で入り混じった、極上の香り。身の内が熱くなる。


 これは、食欲?


 食欲がどのような感覚だったのか、既に思い出せなくなっている。

 だが、この匂いは初めての獲物と同じ匂いだ。他の生ける者とは決定的に異なる匂い。ランコのいうような初めて知った味だからおいしく感じたなんてものではない。

 今はっきりとわかった。この獲物は特別なのだ。極上なのだ。


 もう一度、あの獲物を……!


 自らの内面に起きている変化がなにを意味するのかわからないが、強い欲求であることは間違いない。どうしようもなく引き寄せられる。


 もっと、もっと――。


 全身で獲物の気配を感じたい。

 もう欲求に抗うことはできなかった。

 サキはフードを剥いだ。遮るものがなくなり、匂いが濃くなる。

 満月の光の粒子が降り注ぎ、サキの感覚を一層鋭敏にしていく。


 ――ああ、ようやく見つけた!


 心が叫んだ。

 これはまるで、ずっと探していた匂い。

 やっと辿り着いた匂い。


 遥か以前から求めていたものに出会えたことに、サキは指先まで痺れた。

 サキは抗いがたい欲求に素直に従った。それは心地よい感情への服従だった。

 唾液が溢れる。身の内から計り知れない欲求がじゅわりと広がり、全身に行き渡る。とてもよく似た感情を知っているような気がしたが、すぐにそんな思考は本能に侵食されて埋もれた。


 見上げると、マンションにはいくつもの窓が並んでいる。暗い窓、昼白色の窓、電球色の窓。

 くん、と嗅ぐ。

 その中の暗い窓のひとつから漂う匂いに意識を向ける。

 サキは身をかがめ充分に力を溜めると、マンションの五階を目指してひと思いに飛び上がった。





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