ランコは出会いを思い出す
あれから何年経ったのだろう。先の戦争が終わり、世の中が貧しくも平穏な日々が訪れた頃だった。
町中に子供が溢れていた。後に聞いたところによると、町だけではなく、全国的に子供が増えた時代だったようだ。
ともかく子供が多かった。そのおかげで獲物には困らなかった。幼い血気はまださらりと淡白で、おいしいとは言えないが、豊富にあるのはよかった。
ただ、子供には死せる者の姿が視えることがあるらしい。ほとんどの者は成長と共に視えなくなり、記憶からも薄れていくようだ。覚えていても、現実だとは思わないらしい。
しかし、武雄はいつまでも視えていた。
武雄と出会ったのは、彼が小学生の頃だ。
だが、その最初の出会いをランコは覚えていない。幼い獲物の一体としか認識していなかったせいだろう。
ところが、武雄の方ではランコを覚えていた。特徴的な装いが印象に残ったらしい。
多くの死せる者は身なりなど構わず、ヒガンに属した時から変わらぬ衣類を着たままだ。当然服は汚れ、破れ、擦り切れ、ぼろ布をまとっているような姿になる。それならまだいい方で、ほとんど裸体のような者が大半だ。
その中でランコだけが西洋人形のミニドレスみたいなワンピースを着ていた。それが目を引いたらしい。
互いに認識したのは昭和の半ばのことだった。
当時は夜間に出歩く人などなかった。街灯は既にあったが現在のような煌々とした明るさではなく、丸太でできた電柱に笠をかぶった裸電球がくっついているものだった。当然ながらコンビニなどというものはないばかりか、夜間に営業している店舗すらなかった。自家用車も裕福な家庭だけのものだった時代だ。
夜は死せる者のためだけにある世界だった。
狩りは待ち伏せするものではなく、獲物の巣穴を襲うものだった。忍び込む手間はあるものの、獲物は眠っているため狩りやすかった。
ある満月の晩、ランコが狩場に選んだのはこの一帯だった。ほかの死せる者との縄張り争いを避けられると思ったからだ。
この辺りは当時から狭く入り組んだ路地で、猪突猛進の死せる者にとっては自在に動き回れない窮屈で魅力のない狩場だったのだと思う。それに、あいつらには、同類間での奪い合いを避けようという発想はまるでなく、むしろ死せる者が群れているところに引き寄せられていく。その習性はランコにとって都合がよかった。
夜間に出歩く生ける者はいないせいもあって、狩りをする死せる者もいなかった。ほかの死せる者たちは来たものを襲うという発想しかないが、ランコは違う。棲み処に入り込んだ。
施錠されている建物の中に入るのはそれなりに骨が折れた。音を立てたところでこちらの姿は見えないし、万が一気づかれたところで身体能力では死せる者が勝っている。だが気づかれれば面倒であることには変わりない。しかも狭い住居は動きが制限される。狩場として条件がいいとはいえない。
だが、それでも、このあたり一帯がランコの狩り放題だということは魅力だった。
獲物にありつくまで多少手間はかかるが、無秩序な死せる者どもと争いながら狩るよりはずっと気楽で気分もよかった。そのおかげでランコの食欲は早くも満たされた。
狩りへの昂りが静まりつつある中、次で今夜の食べ納めにしようと、最も近い家に立ち寄った。それが井口家だった。
母屋の雨戸はぴしりと閉められ庭先も整然とし、木造ながら堅牢な印象を受けた。勝手口ならばもしやと思い、裏に回ったところで、離れを見つけた。こちらは非常に簡易な造りだった。掃き出し窓に戸袋がついているにもかかわらず雨戸を立ててもいない。硝子障子に手をかけると抵抗なく横に滑った。
ランコはするりと忍び込む。その刹那、とっさに半歩後退った。
暗闇に青年がいたのだ。
生ける者はみな寝静まっている刻限のはずなのに、寝巻の浴衣を着た青年が畳に敷いた布団の上に正座をし、こちらを見ていた。その視線は、ランコの視線をとらえていた。
そのことにたじろいでいると、青年はかすかな笑みを浮かべ、口を開いた。
「やっときてくれたね」
それが、武雄青年だった。




