ランコは書斎に忍び入る
気付けば小さな数寄屋門の前に立っていた。風雨にさらされ消えかけた木製の表札の文字はかろうじて「井口」と読める。
「そうだ。ここだ」
ひとまず家があったことに安堵すると、ランコは身を引き絞るように腰を落とし、それから軽々と飛び上がる。数寄屋門の屋根をトンと蹴って庭に降り立った。
問題は、故人の書斎が生前のまま残されているかどうかだ。
広い日本家屋の裏へと回り込むと、母屋と短い渡り廊下で繋がる離れが目に入った。
見覚えのある外観で、建て替えた様子はない。だとすれば、あの頃と変わらず、六畳間と次の間、それから和式のお手洗いがあるだけのこぢんまりとした間取りのはずだ。渡り廊下からの戸口は次の間と繋がっている。
ランコは裏に回り込み、障子硝子の框に手をかけ、小刻みに戸を揺らした。ガラスがカタカタと鳴るが、たとえ誰かに聞かれたとしても風で揺れたと思うだけだろう。様子を見に来たところで、ランコの姿は見えない。
しばらく揺らしていると、カタッと小さな振動があった。この掃き出し窓は捻締り錠が緩んでいて、揺らすなどして振動を与えると捩じらなくてもはずれるのだった。
以前よりも建付けが悪くなっている。戸を敷居から浮かせるように持ち上げて、開いた。
室内を見て、ランコは面食らった。記憶にある部屋と違いすぎて、思わず庭に戻って離れの外観を確認したほどだ。だが、間違いなく目指す場所だった。
ランコが入ってきたのは、六畳間の掃き出し窓だ。たしかにこの部屋は六畳ほどの広さに見える。間取りはそのままに、内装を変えたということなのだろう。
死せる者は夜目がきく。部屋の明かりをつけずとも充分に観察することができる。
次の間とを隔てる襖はすり硝子の引き戸になり、畳は板張りになり、文机は椅子と机の組み合わせになり、ベッドまで置かれている。なにより大きな違いは、大量の書き付けが見当たらないことだった。部屋は整然としており、殺風景といってもいいほど物がない。目当てのものがないのは一目瞭然だった。
「あるわけないか」
考えてみれば、いや、考えるまでもなく、故人の書き付けの束など残っているわけがないのだ。しかも中身は、知らない人にとっては妄想か小説の構想でも練っているかのような奇妙な世界なのだから。
武雄も遺すつもりはなかったのではないだろうか。それに、用紙のサイズもバラバラだったし、隅を紐で綴じただけの簡易的な書き付けだった。誰かの目に触れることを意識したものではなく、ただ自分の考えを整理するための覚書だったのだと思う。
あれに価値を見出すのはランコくらいだ。部屋の主が変われば処分されて当然だろう。
ランコは、武雄の生前に譲り受けておかなかったことを悔やんだ。
しかし、あの頃は、改めて武雄の考察を見直す日が来るとは思いもしなかったのだ。ずっと独りだと思っていたから。世界がどうなっているのか知ったところでどうにもならない。何も考えず、何も感じず、粛々と日々を過ごすしかない。永遠を生きるとはそういうことだ。
ずっと独りだった。武雄と出会うまでは。そして武雄と別れてからもまた。
武雄は特別だった。
武雄は、視える人だった。




