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ランコは懐かしき路地を辿る

 ランコは路地を行く。数十年の時の流れに取り残されたような町並み。道幅は狭い。車が通れないどころか人がすれ違うのも肩を引かなければならないほどだ。区画整理がされる以前からの町並みらしく、細い路地がくねくねと這う。道なりに歩んでいてはたちまち方角を見失いそうだ。道の両側には大人の背丈ほどの板塀や竹垣が並び、一帯に木造の日本家屋がひしめき合っている。


「たしかこの辺りだったか」


 最後に訪れてからどれほどの時が経ったのだろう。部屋の主がいなくなってからもしばらくは忍び込んでいたが、それでもかなりの時が流れているはずだ。あの頃はまだ国道沿いにコンビニなんてものもなかったし、夜はもっと深かった。それほどの時を経ているにもかかわらず、この地域は大きく変わることなく残っていた。


 町並みは変わっていないのに、目指す部屋へ至る道筋はランコの記憶に蘇ってこない。


 永遠に変わらない身体を持ちながらも記憶だけは時の流れの影響を受ける。


 記憶を呼び覚ますものがないかと路地を見渡していると、正面から歩いてきた猫と目が合った。猫はランコを認めた瞬間、びくりと身をすくめ、足を止めた。


 そのまましばし硬直していたが、我に返ると突然弾き飛ばされたように身を捻った。一瞬でランコの脇をすり抜けられるか目算したが、水平方向には逃げ道がないと判断したらしい。猫はひどく慌てた様子で板塀を飛び越えていった。


「そうか。視えるのか」


 動物は人より勘がいいようだが、それでも死せる者を視覚で認識するものは多くない。たとえ相手が猫であっても、自分の存在を認められると気持ちが綻ぶ。


 死せる者同士は互いの存在は認識できてはいるが、猫ほどにも意識を払うことはない。彼らにとって己以外はただの障害物でしかない。たとえそれが自らの意思で動くものであっても。


 他の死せる者のことを自分と同類だと理解しているのかどうかも怪しい。サキに説明する際に死せる者を獣にたとえるのだが、実のところ獣以下だろうと思っている。あれらは互いのことも走行する車や風に転がされるごみと区別できていないのではないだろうか。あるいは区別する必要もないのかもしれない。


「それはそれで幸せかもな」


 そう呟いてはみたものの、彼らに幸せの概念すらないことに気づいて苦笑した。


 夜は静まり返っている。


 サキと出会った頃には名も知らぬ虫たちの鳴き声がいくつも重なり合っていたのに、いつしかなにも聞こえなくなっている。木々は葉を落とし始め、夜風は濁りなく澄んでいる。


 冬が近い。生ける者なら肌寒さを感じる頃だろう。


 ランコも気温の変化は感じるが、暑さや寒さで服装を変えることはない。どれほど暑くても、どれほど寒くても、ただそうとわかるだけで、身体への負担は感じないのだ。もはや汗をかくとか凍えるとかがどのような感覚であったのか思い出せない。知識として残るのみだ。


 知識。知っているということは心に安定をもたらす。


 他の死せる者のように思考を手放しているのなら、不安もないだろうから目の前のことだけわかればいい。日中は暗闇に身を潜め、満月の夜に狩りをする。それだけでいい。この先どうなるのかなんて考えもしないだろうし。


 だが、思考能力が残った死せる者は世の中を知りたくなる。自分が世のどこに在るのか知りたくなる。わからないままでいるのは、ずぶずぶとぬかるんだ地面の上に立っているようなものだ。足元の悪い場所からは抜け出したい。しっかりと踏みしめられる道に立ちたい。それが叶えられたのがあの部屋だ。


 狩りの途中、偶然立ち寄ったあの書斎でランコはこの世の仕組みを知った。いや、知ったつもりの仕組みが正しいという確証はない。真実を調べようがないのだ。生と死で隔たれたこの世界を俯瞰する存在でもない限り、正誤は不明だ。


 だからランコが知っているヒガンとシガンの関係も、すべては推測であり、仮定だ。武雄と共に見つけ出した仮定だ。


 仮定だが、ランコは信じている。この仮定があるから、ランコはこの地に立っていられる。


 そして今また新たな異端者について考察しなければならない。


 まだ武雄がいたなら一緒に調べ、考えてくれただろう。それはもう叶わない。だけど、せめて武雄の書き残した資料を見たい。なにかの助けになるかどうかわからないが、ヒガンで頼れるものはほかになにもない。


 あの部屋は、武雄の書斎はまだ残されているだろうか。故人の部屋など片付けられてしまっただろうか。


 ランコは長い間変わらない町並みにわずかな望みを抱く。変わらない場所もきっとある。





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