其ノ四
そこで一気にツケが回ってきたような気持ちがして、僕の体の中が恥辱にもよく似た後悔に熱せられていくのを感じた。でも今更もう遅い。虚栄を張った時点で僕は崖から飛び降りているのだ。そんな僕に何かを恐れるべき理由はあるのか。死に向かう我が命。恥じらいも、悔やみも骸には残らない。ここまできてはもうただ死にきるのみである。
「これは、詩さ」と言った。落ちゆく自分の体に、無限の向かい風が僕に向かってくる。
「”し”?君は”死”をノートに綴るのかい?遺書でも書いているのか」当たらずとも遠からず。しかし、彼女は間違って解釈している。身を投げた今の僕にはこの”し”を定義するほどの度胸がある。
「そっちの”し”じゃないよ。ポエムの方さ」と言うと、彼女は簡単に納得したように「あぁね」と言った。
「君は詩を書くのか」彼女の手には冷たそうに輝くビールの缶がある。そこに他人事のように、燦々と光を浴びせる太陽がだんだん憎らしく思えてきた。
「あぁ。まぁ一応」もう言葉はただ僕から勢いよく落ちていくだけだった。あとは地面に打ち付けられるだけ。それで終われるはずだった。しかし彼女はその腕をしっかりと掴んでしまう。いつの間にか僕のノートはひったくられていて、僕の横で彼女の手の中で体を広げている。
風が吹いた。麦と彼女の髪の匂いが混ざって、眩暈がする。「おい」と僕が言って、取り戻そうとしても彼女の左腕に遮られる。結局僕は彼女が返してくれるまで、とうとう取り返すことができなった。でも、本当は大して返してほしいとも思っていなかったのかもしれない。彼女なら僕の描いたことが分かるような気がしていたのだ。そしてわかってくれれば、詩人として、いやあの頃は青年として、それほど嬉しいことはないはずだった。
「へぇ」と言って彼女は僕にそっとノートを返すと、隣のベンチに置き忘れた缶を手に取って、それを体と一直線になるまで傾けた。そして空になった缶を地面に捨て、力いっぱいにそれを踏み潰した。無慈悲にも美しく、缶はぺたんこになった。
そして今度はギターを引っ掴むと、片足をベンチの上に乗せ、上がった膝に置いて、指で弦を弾いた。酒が入っているとは思えないほど、妙な手つきでギターを弾いた。振動する弦が、まだ寒い昼間の黄色い太陽を熱らせて、尚早な陽炎を作らせた。霞がかる声に耳を傾けると、それはさっき僕が書いた詩だった。僕はそれに聴き入りながら、自分が書いた不出来な言葉に居場所が与えられたような気がして、嬉しい気持ちになった。