其ノ一
机上に広がる現実を僕は見つめていた。大学のパンフレット、企業のキャリア案内、教科書と参考書。そして隅に押しやられた詩作のノート…。すこぶる座り心地の悪いリクライニングチェアに座って、天井を見る。これからのことを空に描き出そうとする。ペンを取るのもめんどくさい。でもそろそろ何かを描かなくてはいけない。
まずは輪郭線を引く。霞むキャンヴァスにインクはなかなか馴染まない。何を書いていいのか分からない。そこで僕は大人たちから教わった楽園を模写してみる。線の歪んだ、抽象画みたいなものができる。もう少し何か書いてみようと思う。花や木々のざわめきを描き足す。しかし、それらはあまりに不釣り合いだったのですぐに消した。
諦めてそこに色を塗ろうとパレットを取り出してみる。灰色で下地を広げる。黒で影を作る。次に色を足そうとする。しかし肝心の絵の具が足りない。僕にはたったこれだけの絵を塗るための色がない。結局僕の描いた、煙の塊に覆われた楽園は、朧な電気の中にぼやけて消えていってしまう。それは僕が芸術と名づければ立派な芸術になるだろう。言葉で肉付けすれば、現代アートと呼べる程の可能性でさえ帯びている。ただ、高く売れない。誰もこんなものを見て、部屋に飾ろうだなんて思いやしないだろう。
僕はペンを放った。何もやる気が起きない。その一方で、詩の便りの風が僕に吹く。言葉とイメージは満潮を迎えようとしている。ペンをとり、現実に流されてしまっていたノートを広げる。創造の風を受け、言葉の波にのって、世界を航海する。この瞬間だけ僕は解放される。成績も、進路のことも、就職のことも。ただ僕は夢中になって、旅をするだけだ。
しかしその旅も時が経てば終わる。気がつくとまた僕はゴミがたくさん打ち上げられた浜辺の上に立っている。そして僕はそれを拾い集めなければならない。
死んでしまえ。もういっそのこと、航海中に船が沈んでしまえば。いや、あるいはそのまま海に飛び込んでやろうか。セイレーンの歌声に誘われて、水の中で息絶えてしまえば…。そんな気持ちになる。そんな気持ちになるだけなのだ。