其ノ四
彼女は口元を拭いながら、洗面所から出てくると、ベッドの上に胡座をかいた。首元に手を押さえて、いまだに起きた実感が持てずに、夢遊の延長線にいるのではないかと疑っているようだった。
「少年。創作は進んでいるのかい」彼女は首を鳴らしながら、僕に言った。「まぁそれなりに」と僕が短く答えると、「そうかそうか」と言って、立ち上がった。「それは結構なこった」そう呟きながら、ガラクタの上に突き刺さったギターを引き抜いた。
それを見て「アーサー王かよ」と僕がいうと
「まぁ、今の私にゃこれがエクスカリバーよ」と言って、窓から差し込んでくる太陽の横顔に向かって掲げた。口元でちらりと見せた白い八重歯が光った。そして彼女はベランダの窓を開けると、その縁に腰を下ろした。
「タバコとって」と言われた僕は丸テーブルに打ち捨てられた、アメリカンスピリットの箱から一本とって、翳された唇に持っていった。
「そうなると君は円卓の騎士かな」と言って、火のいないタバコを咥えたままギターのチューニングを始めた。
黄色に滲んだキャンパスに描かれる美人画。顔を斜めに覆う、縛られていない髪は、長閑な夏の風を通し、僕の方までやってくる。僕はこの光景を眺めるのが好きだった。もし僕に絵描きの才能があったなら、詩なんか書かずに、何枚もこの絵を描いていたと思う。
「うし」と言ってチューニングが終わると、首元まで伸びた髪を掻き上げて、それをタバコで耳に留めた。それから彼女は適当なコードに合わせて、軽くハミングを始めた。
声の調子の確認が終わると、僕に向かって今度は手を差し出してくる。僕は鞄から一冊の大学ノートを出して、彼女に渡した。彼女は受け取ると、「どれどれ」と言って耳に挟んでいたタバコを咥え直した。相変わらずまだ火はつけなかった。
ノートをパラパラとめくる。やがてその手が止まると、彼女はノートを自分の横に置いて、ギターを弾き始めた。それと一緒に手探りでメロディを探す。判然としなかった声が次第に大きくなっていき、そこに僕の詩が音階に乗せられていく。そして気がつくと、曲の一節が出来上がってしまう。彼女はいつもこうして曲を作った。しかもそれを5分と経たないうちにやってしまうのだ。
そしてある程度形ができると、彼女はギターを弾くのをやめて、どこから取り出したのか、手の中のライターでタバコに火をつけた。