其ノ三
四畳半のベッドの上で彼女はまるで胎児のように体を丸めていた。薄っぺらいタオルケットが腰に巻き付いていて、そこから肌色の長い足が出ている。足先から太腿へ遡っていくと、白い下着を履いているのが見えた。
青臭い僕はここで一つ咳払いをする。僕が来たという挨拶でもあり、自分の中で汗ばみ始める情欲を冷ますための一息でもある。彼女はゴソゴソとシーツの中で胎動し、かすかに喉で唸りながら、「ケンジ?なんだまだいたの」と言った。
僕はこれに「違う」と返す。彼女はその声を聴いて、うっすらと片目を開け、微睡の中に僕を捉えると、「あぁ、君か」と言って、タオルケットを被った。
こうして彼女はしばらくの間起きない。ベッドで芋虫のように身をよじらせているだけで、立ちあがろうとしなかった。僕はその間、雑誌やら、CDやらレコードやらが散らかった部屋になんとかスペースをこじ開け、腰を下ろした。
白い丸テーブルの上にはポーチから転がった化粧品や空の缶が散乱している。足を伸ばそうとすると、何冊もの本が向こう側に押しやられていく。窮屈だが、今ではもうすっかり慣れた。僕はParadise Lostと表紙に書かれた分厚い本をめくってみたが、英語がびっしりと並んでいて頭痛がしたので、すぐに閉じた。
手持ち無沙汰の僕はテーブルの上の鏡の中に、両頬でニキビを芽吹かせている青年を見た。しばらく眺めていると、その裏に彼女の香水の瓶を見つけた。僕はそれを手に取って、手首に吹きかけた。香水の匂いが鼻の中を彷徨う。でも、これは彼女の香水の匂いであって、彼女の匂いではないことを思い知る。でも僕は手首の他に、自分の服にも少しかけて瓶に蓋をした。
その横でようやく彼女は足を天井に伸ばし、思いっきり振り下ろすと、その反動で勢いよくベッドの上に立ち上がった。そして洗面所までいくとドアを閉めずに用を足した。
にわか雨の日に、張り出す木の葉より、止めどなく滴る、潺湲の響き
そんな詩想に僕が耽っていると、今度は雨蛙が喉を鳴らすのが聞こえてくる。僕も小林一茶みたいに見事な蛙の句を読んでみたいものだなと思ってみたが、僕には俳句の知識もセンスも全くなかった。