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其の三

「君はアイツがバンドやってたこと知ってるよね」彼はジーンズに手を突っ込むとポケットから携帯灰皿を出して、タバコを指で叩いた。僕は口を閉ざしたまま首を縦にふる。

「アイツとバンドをまたやろう思ってるんだ。それを君に手伝ってほしい」

「それは難しい頼みだね」僕は彼のことを滑稽に思った。

「わかってるよ。君以上にわかってるつもりさ」彼は咳混じりに笑った。乾いた声が湿潤な空気に溶けていく。僕はなんだか椅子の座り心地が急に悪くなったように感じて、一度姿勢を整えた。

「アイツとは大学時代からの付き合いなんだ。学部も同じでよく一緒に講義を受けたりサボったりしてたんだよ」彼は半分も残ったタバコを潰して灰皿に入れてしまう。

「あん時の俺はさ、勉強なんてクッソつまんねぇと思いながら、それでいて周りで騒いでる奴らとか、派手に着飾ってる奴らの輪にも入れなくて、ただ講義室で座ってるだけって感じだった。サークルにすら入ってなくてさ」煙草の箱を振って新しい一本を取り出した。

「そんな中途半端な俺に、アイツはよく絡んできたんだ。ちゃんと勉強しろって。今思えば珍しいよな。大した学校でもないのに、アイツは勉強熱心だった。よく俺にイギリス文学の面白さを話してたな。特にアイツはロマン派詩人が好きでね、ブレイクとか、ワーズワスとかよく読んでたっけな」彼はアイスコーヒーを一口啜ると、僕に一礼して、テーブルに置いてあったライターで新しいタバコに火をつけた。

「俺をバンドに誘ったのもアイツだった。ある日突然、まだ間に合う!とか言い出してさ。こっちはなんのことやら」彼は目の前に過去を開いて、それを大事に眺めていた。僕も一緒にそれを見ることができたらなと思う。 

「どっかからドラマーを探してきてさ、俺は楽器なんかやったことのないのに、これ弾けっていきなりベース渡されて、流石にビビったよ」

「でもあの時は本当に楽しかったんだ。俺はあの時ほど何かに夢中になったことはない。初めてライブした時のことは今でも覚えてる。終わったあと、夜中にラーメン食ったことも」

「なんで解散しちゃったの?」この時にはもう恐怖は僕のそばにいなかった。

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