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其ノ一

 その男は突然僕のところにやってきた。まるで運命からの使者とでもいうように、彼もまた僕のクロスロードに介入してきたのである。

 彼と最初に会ったのは始業式が終わって、家に帰る時だった。まだ明るいうちに家に帰れるとは言っても、制服で日中を歩くのとティシャツとサンダルで歩くのでは訳が違う。早く学生生活に感覚を戻さなければという健全な魂と、夏休みで液状化した不健全な肉体は、互いに違う方向を向いていて、真ん中に立たされた僕は飄然と時が二人を引き合わすのを待つしかなかった。

 

 僕が自宅の最寄りの駅の改札を出た時、いきなり後ろから肩を叩かれた。振り向くと知らない長身の若い男が立っている。短く切られた短髪を赤く染めていて、鎖骨が全部見えるくらい首元にゆとりのあるTシャツに、抜け殻のようなカーディガンを羽織り、色の褪せたジーンズを履いていた。そして背中にはギターケースを背負っている。「ちょっといい?」彼はものすごく優しい声でそう言った。

「なんですか」記憶のどこにも存在しない人物に対して、人間が持つものはそこ知れぬ恐怖と警戒、そして興奮と虚勢である。

「少し話があるんだ」

「僕何かしました?」肩でもぶつけたか、あるいは何か気に触るような顔をしていたのか、わからなかった。

「いいや」

「どこかであったことあります?」何か過去に因縁でもつけられたのだろうか。

「いいや、ないね。君は俺のことを知らない。でも俺は君のことを知っている」そのセリフで僕の中の虚勢は姿を消す。

「なんで?」

「だって君はあそこに入り浸っているだろう?」次第に興奮も僕の元を離れていった。

「あそこ?」違法な賭博場か、裏路地の闇市か、はたまたはヤバい事務所か。この狭くて密度の高い街には思い当たりそうなところがいくつもあった。もし彼の答えがその中のどれかなら僕は相手の勘違いを正さなければいけないい。それが果たして通用するかどうかは怪しかったが。

「ぐびじん荘だよ」彼はため息をつくように言った。これで僕はもう側にいる恐怖の腕にすがるしかなくなったわけだ。

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