其ノ二
車の騒々しいエンジン音で僕は意識を現実に戻した。車が駐車場に停まるとドアが閉まって、足音が向かってくる。ジャラジャラと金属か何かが擦れる音と共に、靴が籠った音を立てる。それはだんだんと近づいてくる。聞き覚えのある歩調だ。僕のすぐ横まで来ると、音は鳴り止む。
「家出か少年」見上げると、また見覚えのある顔がそこにあった。僕は何も答えずに彼女の顔をじっと見ていた。立ち上がって、何もかもを忘れて彼女に飛び込みたいと思った。でも僕の体が自分で立つことはなかった。
詩人に肝なし
詩人は口先だけで、何もできやしない。僕を表すのにぴったりの言葉だ。そんな僕を彼女は「まぁ、いいさ」といって腕を引っ張って立たせた。
「ならその家出とやらに付き合ってやるよ」そういって僕の尻を叩くと、そのまま手を引かれて、階段を降りた。彼女はグレーの2ドアの軽自動車の前に来ると、「いいでしょ。もらったんだ」といって、猫のストラップのついたキーを顔の横で揺らすと、鈴の音が鳴った。
「じゃ。乗って」と言って、彼女は車に乗り込んだ。それに続いて僕はやはり黙ったまま、ドアを開けシートに体を収めた。中は思っていたよりも広く、快適だった。彼女はシートベルトをつけるように僕を促すと
「そんじゃあ、君を誘拐しちゃいますかねぇ」と言って、エンジンをかけると、あの聞き飽きたアルバムの一曲がソロの途中から始まった。彼女はわざわざ一番最初の曲まで巻き戻して、車のギアを入れた。クリーンなギターのカッティング。ドラムが入ってギターのディストーションがかかる。この聞き飽きた曲が僕たちのドライブの始まりにはぴったりだった。
始めに近くのマクドナルドに寄った。時短営業が終わってからはこんな遅くにマックに来るのは初めてだった。ドライブスルーで彼女はビッグマックとコーラを頼んで、僕はチーズバーガーとスプライトを頼んだ。彼女が支払いを済ませると、紙袋の入ったビニール袋を一度僕の膝元に置いて車は店を後にした。次の信号待ちで、トレーになっているインパネの上に買ったものを乗せると、彼女はフライドポテトを咥えて右手でステアリング、左手でシフトレバーを握って車を走らせた。 僕の知る限り彼女はとても運転の上手い人だった。
その後は一度コンビニに寄って、彼女のタバコの買い足しが終わると、街中を適当に走って、そして適当に高速道路に乗った。車内ではヴォーカルの陰鬱としたAメロと、深淵に落ちていくBメロ、そしてためていた激情を解放するサビが僕たちの隙間を埋めていた。
僕は何も言わなかったし、言えなかった。また、彼女も何も言わなかったし、言おうともしなかった。まるで僕に書かれたすべての事柄を彼女がすでに読破しているみたいだった。
でも僕はそれでよかった。ハイウェイのライブハウス。そこで演奏するかつてアングラだったバンド。この世界でたった二人だけのオーディエンス。こんなにも詩的な光景を見たのは初めてだった。




