其ノ一
夏休みの間、僕は”ぐびじん荘”によく通った。その日も僕は自分と彼女の分の夕飯をコンビニで買い、手にビニール袋をぶら下げたまま階段を登った。そしていつも通り、ドアを勝手に開けて、中に入るとまた彼女の匂いが僕を包んだ。
でも、彼女の姿はそこにはなかった。僕は散らかった丸テーブルまでなんとか辿り着くと、袋を置いた。部屋に入って彼女がいないことは珍しい。大体いつもベッドにうずくまっているか、ベランダでタバコをふかしているかだ。僕は部屋が閉め切られていることに気がついて、ベランダの窓を開けた。木やガス、シャンプーにアスファルトの匂いがそよぐ風に運ばれてくる。僕はこの1日に残されたわずかな風を浴びながら、一息ついた。
僕は疲れていた。受験のことと、親のこと。将来のこと。詩と彼女の行方。最近物事は絡まりあって、思うように僕を前に進ませてくれない。もう足を持ち上げようと努力するのが嫌になってきている。何もかもがめんどくさい。僕のクロスロードに立つたくさんの野次馬を焼き払ってしまいたかった。しかし、その中の一人が分岐の前に立って、僕にこう言う。
君は詩人じゃないか
僕は詩人になんかなりたくなかった。詩でどうやって食っていけというのだ。詩人を歓迎する大学がどこにある。詩人を喜ぶ親なんてどこにいる。詩人を雇う会社なんてどこにある。詩人を愛す女なんてどこにいる。そう、いつもそうだ。
世界にとって必要なのは”詩”であって、”詩人”ではない
でも、青年は契約を結んだ。所在のわからない一人の女に詩人にされてしまったのだ。それはニキビをつけた未熟な青年を、詩人に縛るには充分すぎる理由だった。しかし、詩人を青年から解放するにはあまりに不十分だった。




